satya
















何が、誰の為になるとか。

何が、誰の為にならないとか。



良いとか。

悪いとか。




そういうのは正直、よく判らない。




判らないけれど。
やっぱり良くないのだと言われると、そうなのかと思ってしまう。

何がどう良くなくて、何がどう悪いのかなんて、欠片も判らない。
だって自分は彼の傍でなければ息が出来ない。
“あそこ”にいた頃よりも、ひょっとしたらずっとずっと臆病になっているのかも知れない。
だって彼がいないだけで息が出来ない。


彼は自分が傍にいる事を良くない事だと言ったことはなかったと思う。
確かに仕事中に纏わりついていれば鬱陶しいと言われるけれど、それだけだ。
邪魔だからいらない、なんて言われた事はなかった。

喧嘩をしても、彼は最後はちゃんと迎えに来てくれて、この手を握ってくれた。
それだけが自分が此処にいる理由。




だから、彼の為になるとか。

彼の為にならないとか。



良いとか。

悪いとか。




やっぱりそういうのは判らない。




大好きな人と一緒にいたいと思うのは、ごく自然なことだと思う。
大好きな人の傍にいて幸せを感じるのは、ごく当たり前のことだと思う。

大好きな人と一緒にいられないと淋しいのは、ごく自然なことだと思う。
大好きな人の傍にいられないと悲しいのは、ごく当たり前のことだと思う。





だから。

彼の為になるとか、ならないとかじゃなくて。




身勝手でも何でも。









一緒じゃないと、やっぱり息が出来ないから。
























しつこく話を続ける参拝者をどうにか切り上げさせて、ようやく部屋に戻った三蔵。
戻ってきて最初に目に付いた机の上の書類に、頭痛を覚えた。
あれだけ働かせて置きながら、まだやらせるのかと。

書類の一番上を手にとって文面を読んでみれば、やはり誰が見ても大差のないものだ。
これならもっと暇な連中に押し付けても良いだろうに、全く最高僧と言う肩書きは面倒ばかりだ。


だがそれらが目に付いたのはその時だけ。


部屋を出て行く時、悟空は椅子のすぐ傍に座り込んでいた。
けれども、今その場所に子供の姿は確認できない。
窓は閉まったままだから、外に出たとは思わなかった。

書類があると言う事は、それを運んできた僧侶がいたと言う事だ。
三蔵がいない時に──しかもあんな状態の──悟空を見つけたら、彼等は何を言い出すか。



気配を探るまでもない。
椅子を片付ける机の凹みに、悟空はすっぽり収まっていた。



「……何やってんだ、猿」



呆れ混じりに言えば、悟空はのろのろと顔を上げた。
金色の瞳が涙に緩んでいる。

此処に収まっていたのなら、見付かった訳ではないだろう。
と言う事は、部屋主が誰もいないと思い込んだ僧侶たちの陰口をまた聞いたのか。
下らないから放っておけと言うのに。



「おら、出て来い」



其処に居座られたら、仕事が出来ない。
其処までは言わなかったが、悟空は素直に机下から這い出てきた。

それから。



「………おい」



何を言うでもなく、悟空は三蔵に抱きついた。
部屋を出る前と同じように、腰に。
しがみ付く手は先刻よりも僅かに力が増しているような気がする。

薄い肩が小さく震えていたのが判って、三蔵は其処に手を置いた。
すると益々強く抱き着いてきて、今日はもう解放される様子はない。


適当に聞き流せと何度も言った。
言ったけれど、悟空はどうしても出来ない。

それが、悟空の悟空たる所以なのかも知れないが。




「……ったく……」



小さな身体を抱き上げれば、見た目同様に軽かった。
腰に巻きついていた腕はそれと同時に外れて、今度は首に回される。
肩口に頭を押し付けられて、癖っ毛の髪が時折三蔵の頬を掠める。

ふと、机の上の紙で出来た摩天楼が目に付いた。
が、さして興味をひくような代物でもない、すぐに見なかったことにする。


いつになったら、この子供はもう少し成長してくれるのだろう。

何かにつけて保護者の温もりを求める子供は、拾ってこの方、やはり何も変わっていなかった。
少しは落ち着いたかと思ったが、表現される形が変わっただけで、根本の変化はない。



「お前はもう寝てろ」
「……さんぞ…」
「あ?」



無視しても良かったが、一応返事をしてやった。
すると、悟空は顔を上げて三蔵と目を合わせる。



「……いいよね」



主語も何もかもすっ飛ばした台詞は、此処数年間で何度も聞いた。
だから推測を立てるのにも随分慣れたし、大体の事は把握できる。


良いよね。
何が。
何が良いのか。

簡単だ。



「……良くなきゃ拾うか」



この台詞も一体何度目だろうか。
呆れ帰るほど言ったのに、二度も同じ事を言うつもりはない筈なのに。
それでも子供は言葉を欲しがる。

きっと他の誰が同じ言葉を言っても、悟空にとってそれらは価値を持たないのだろう。
今自分を抱いている存在でなければ、きっとなんの意味もない。








子供の世界(真実)は、其処にしかないから。




















真実は

誰の目にも見えなくて


嘘だけは

誰の口からも語られて







それでも、たった一つだけ
















あなただけが真実だと信じてる























FIN.




後書き