innocents the feel in love







準備が良いと言おうか、なんと言おうか。




焔はしっかり、泊まる宿まで用意してくれていた。
紫鳶に案内された其処は、此の街一番の宿だと評判で、となれば当然それなりの値も張る。
適当にくつろいで下さいと紫鳶は言ったが、これでは逆にくつろげない悟空と悟浄だ。

食事もルームサービスになっており、やはりこれも高値がつく。
しかし全額こちらで負担するから、と紫鳶は言っていた。



何から何まで、全て悟空の為に用意されたものなのだ。
感謝して良いのか、けれどあまりの豪華さになんだか申し訳ない気分になってしまう悟空である。



加えて、悟空のみに個室が用意されていた。
勿論三蔵達の出入りは自由だが、悟空の許可がなければ入れない。
今は全員が悟空の部屋にいるので問題ないが、一度部屋を出ると、悟空でなければ開けられないのは面倒だ。


何を思って此処までしてくれたのか、悟空にはいまいち判らない。
しかし、それを疑問にして口に出すと、三蔵の機嫌が急降下したので、それ以上は考えない事にした。




室内は高級だと言う割には、シックな作りになっている。
天井の電球は豪奢で見ていられないが、それでも部屋の雰囲気を損なう事はなかった。

そんな中、悟空はキングサイズのベッドの上に座っていた。
悟浄は4人がけのソファに寝転がり、三蔵と八戒はテーブル横の椅子に腰を落ち着けている。
かなり広い部屋なので、圧迫感はないが、やはり慣れない所為で違和感は拭えない。





「……おい、猿」






ソファに寝転がったままで、悟浄が呼んだ。
猿じゃない、と言いながら、視線を悟浄の方へと向ける。



「なに?」
「此処ってさ、焔が用意したんだよな?」
「…紫鳶はそう言ってたけど」
「部屋決めまであいつがしたのか?」
「そんな事まで聞いてないよ」



起き上がって煙草を取り出した悟浄だが、部屋を見渡してからすぐ懐に戻した。
悟空の為に用意したからか、この部屋には灰皿がない。
三蔵もこの部屋に入ってから吸っていなかった。

後で持って来てもらおう。
そう決めた。


悟浄の方はと言えば、悟空をちらりと見遣って、それから三蔵達に目を向ける。




「おーい三蔵、ヤバくねえか?」
「? なにが??」




自分と会話していたのではないのかと思いつつ、悟空は問う。

けれども、悟浄は応えるつもりはないらしい。
ヤバいよな、と八戒にも向かって言っている。


偶にある事だが、三蔵達は悟空に判らない会話をする事がある。
そういう時は教えてくれと幾ら言っても、お前は知らなくて良い、と言われるばかりである。
仲間外れな気分であまり宜しくないのだが、流石にもう慣れた。
教えてくれないと判ったら、悟空ももう気にしないようにしている。


三蔵は呼んでいた新聞をテーブルに放り投げて、銃を取り出した。
調節するつもりらしいが、悟浄の話は聞こえているらしい。
時折、視線だけを寄越している。



「絶対一人にしたらヤバいよな」
「やっぱり悟浄もそう思います?」
「思うなってのが無理な話だろ、この場合」



ですよね、と呟く八戒の視線が悟空へと向かう。
けれども悟空はベッドに突っ伏してしまっていたので、それに気付く事はなかった。



「まあ、これだけ広い部屋ですし、皆で寝ても問題ないですから」
「やっぱそう思うよな。大体、扱いに差がありすぎだっつーの、あいつ」
「悟空しか見えないストーカーさんですからね……」



八戒が立ち上がって、ベッドへと歩み寄る。
足音に気付いて、悟空は突っ伏していた頭を持ち上げた。






……いつも笑顔の八戒。
それは今も変わっていない。

変わっていない、筈なのに。
何故だか妙に逆らい難い空気を感じて、悟空は一瞬硬直した。



けれど別に怒っているような様子はない。

……多分。








「………どうかした?」




問うてみれば、にこりと笑う八戒。




「いえ、僕らも今日はこの部屋に泊まろうかなと思いまして」
「へ? 皆?」
「ええ。広いでしょ? 問題ないと思うんですけど」




旅を始めて随分慣れたとは言え、悟空はやはり一人寝が好きではない。
ましてこれだけ広い部屋だと、一人になった時に余計に落ち着かない。

夜の事は今まで考えていなかった悟空だったが、それを思うと、やはり皆で一緒に寝る方が良い。
のんびり出来るようにと気配ってくれた焔には悪いとは思ったけれど。
あまりにも広過ぎる部屋というのも困るものなんだな、と思う悟空だった。



「いいよ、皆と一緒で。その方がオレも嬉しいし」
「ベッドも大きいですからね」



一人はどうしてもソファになるだろうが、それだって苦にはならないだろう。


期せずして皆一緒なのが嬉しかったのだろう。
悟空は再びベッドに顔を埋めると、ぱたぱたと足を動かしている。

そんな悟空に微笑ましさを覚えつつ、八戒はもといた椅子へと戻る。


三蔵は終始黙ったままで、銃の調整を続けていた。
けれど決して聞こえていない訳ではないし、その上で何も言わなかったのであれば、それはOKと取って良い所だ。
彼も悟浄や八戒と同じ事を考えているという事は、他二名にもよく判ったし。

ただ悟空だけが、やっぱり暢気に気付かないだけ。




椅子に腰を下ろした八戒に、ソファから移動してきた悟浄が小さな声で言った。






「……絶対、夜になったら来るよな、あの野郎」
「…あいつの考えそうな事だな」
「今晩は徹夜になりそうですねぇ、僕ら」






ひそひそと話をしている保護者達は、もう悟空は気にならないらしい。




「で、この際ですから、此処で悟空の誕生日のお祝いしませんか?」
「あの野郎に先手を取られたのは腹立つけどな……」
「ですから、これに負けないぐらい……いえ、これを忘れるぐらいのお祝いにしましょう」



良いですよね、と八戒が視線を向けるのは、三蔵。






「……勝手にしろ」








─────そういう事が、三蔵にとっては誕生祝。





















































その頃、牛魔王サイド。






「だからお兄ちゃん、早く行った方が良いってば!」
「紅咳児様………」





妹と部下に急かされつつ、二の足を踏んでいる好青年が一人。
もうかれこれ二時間ほど、この状態が続いている。



「三蔵さんたちは私たちでお引き受けしますから、早く……」
「いや、しかしだな…やはり敵同士なのだし……」
「カンケーないって。もー、さっきからそればっかりじゃん!」



煮え切らない様子の兄に憤慨する妹。
後押しするのは八百鼡だったが、紅咳児は中々それに乗らない。

それに我慢の限界が来たのは、独角児だった。




「あーっ!! それなら俺が代わりに渡して来る! お前からだってな!」
「それは駄目ですよ、独角児! ご本人からというのが、一番想いが伝わるんだから!」
「だからってこれじゃあキリがないだろ。寧ろ日付が変わっちまうぞ!」




うんうん唸っている紅咳児の周りで、あーだこーだと騒ぐ部下二人。


彼等の傍には既に出発体勢に入っている飛竜が一頭。
呼び出されたのに一向に出番が無いこの竜は、すっかり暇を持て余して欠伸までしている。
李厘はもうちょっと我慢してな、と言いながら竜を宥めてやっていた。

其処までしているのだから、紅咳児だって行かない訳にはいかないだろう。
それでもいまいち気持ちが進まないのは、彼の生来の生真面目さの所為。
今日ばかりは忘れてしまっていいじゃないか、と李厘は思っていた。




「もー……今日は襲撃もなしって指示まで出したんだからさぁ」
「……それは………」
「朝一番にそんな指示出したんだから、今更躊躇う必要はないだろ」
「あとは紅咳児様が行くだけなんですよ」




……三蔵一行が平和な理由は、こちらにもあったようだ。
それも焔達と同じような理由で。

勿論、それは誰も知る事はないが。





「さぁ紅咳児様!」
「お前、今日って言う日を逃したら次はないようなもんだぞ!?」
「邪魔はオイラ達で引き受けるから! お兄ちゃん!」





詰め寄る三人からは、逆らい難い空気。


それに容易く頷けないながらも。
手に持った綺麗にラッピングされたプレゼントは、手放せない紅咳児なのだった。






























生まれてきてくれてありがとう





キミの大好きなもの全てにありがとう









僕らと出会ってくれてありがとう













キミがいなきゃ、こんな気持ちになる事もなかった





















FIN.




後書き