しあわせをさがして










緑の生い茂る広い場所で、二人で地面をじっと眺めて。
一箇所に留まっていたと思ったら、二人でふらふらと歩き回ったりもして。

探しているのは、幸せの葉。



「ないねー…」
「…そうだなぁ」



小さな葉は思っていたよりも沢山あって、じっと見ていると目が痛くなってしまう。
二人で時折目を擦りながら、また地面と睨めっこする。

地面を掘るまではしないけれども、葉を掻き分けたりして、二人の手は緑が付着している。



「悟空、鼻擦るなよ。緑になっちまうぞ」
「那托だってほっぺた緑だよ」



那托は捲くっていた袖を下ろして、其処で手を拭いた。
悟空の方は最初から袖などないので、汚れていない腕の部分に擦り付けている。



「あんまりやるなよ、そういう事」
「那托の方が後で怒られるよ。オレは水で洗えば落ちるけど」
「お前ぐらいに怒ってくるような奴いないもん」



言いながら、那托は袖で悟空の顔も拭いてやる。



「むー……ほら、緑ついた」
「いいよ、今更だし。っつーか、もうズボンも汚れまくってるし」
「あ、オレもだ」



改めて自分たちの格好を見て、二人は吹き出した。

此処まで汚れてしまったら、もう何処まで汚してしまったって同じ事だ。
後で怒られるのも変わらないだろうし。


顔についたのは、帰りに川でも探して洗えばいい。
服も洗って、落ちる限りは落として行こう。
落ちきらなかったら、諦めて大人しく怒られる。

それでいい。



「でも、何処にあるんだろうな、四葉のクローバー」
「オレ見たことないもんなぁ……」



再び袖を巻くり上げながら呟くと、悟空も項垂れる。

太陽は少しずつ、まだ高い位置ではあるけれど、西に傾き始めている。
空が橙に覆われる前に帰らなければ、館に戻るのは夜になってしまう。
そうすると、服を汚したこと以上に怒られるだろう。


だけど、見つけたい。



見つけてそれをどうするだとか、そういう事は考えていない。
四葉を探そうと言い出したのは那托だったけれど、それは悟空が退屈そうだったから。
遊びにするには難儀なものであるが、悟空と一緒だったら、とも思った。

四葉のクローバーの本物は、那托も見た事がない。
話だけは、いつ何処であったか忘れたが、聞いた事があった。
それだけの事。


見付からなかった時の事は考えていない。

きっとまた探しに行こう、なんて言い出すのだろうし、お互いそれを約束するだろう。
また一緒に遊ぼう、とそんな約束と一緒に。




「…那托」
「ん?」




お互いに別々の場所を探して、背中を向けている今。
声をかけられても、相手がどんな顔をしているのか、見る事は出来ない。
那托は地面をじっと見ていて、それはきっと悟空も同じ事だろう。

だけれど、何故だかそれを不満に思う事はないのだ。
きっと、思っている事が同じだと感じるから。



「四葉のクローバーで冠とか作れないかな」
「……難しいだろうなぁ。こんなに一杯あるのに、見付からないんだから」
「むー………」



ぽす、と座る音。
那托もそれに釣られたように、沢山のクローバーの上に座った。

なんとなく、じりじりと場所を移動してみる。
すると間もなく、背中に熱い塊が当たった。



「冠作るとなると、結構一杯いるだろ?」
「うー」
「そーだな…どうしても作りたいんなら……」



お互いの背中に体重を預けて、肩口の頭を乗せて空を見上げる。



「一本だけ四葉にして、あとは三葉で作るって感じかなぁ」



全部四葉は無理だろう、と。
付け足して言えば、悟空の口から短い吐息が漏れたのが聞こえた。

沢山見つけようと言っていたのに、これだけ探して一つもないとは。
これには、那托も少なからずショックを覚えている。
折角、悟空の笑顔が見れると思ったのに、これでは意味がない。



「まぁ、もうちょっと探してみようぜ」
「うん」
「一本ぐらい、やっぱり見つけたいもんな」
「うん」



互いの肩口に頭を乗せたままで、那托は悟空の頭を軽く叩いてやった。

同じ年頃なのに、何故か悟空は、自分よりも年下のような気がしてしまう。
那托に比べてずっと世間知らずで、垢抜けたところがないからだろうか。



「でもさぁ」
「ん?」
「あんまり時間ないね」



言われて改めで空を、見る。
確かに、陽は西へ西へと動いている。

こうなると不思議なもので、沈んでいくまでの時間にさしたる時間はかからない。
高い場所にある時と動く速さは変わっていないと思うのに、何故だろう。



「あー……そうだなぁ……」



早く帰らないと、こっぴどく怒られる。
帰る前に身体と服についた緑を落とさないといけないから、早目に切り上げなければ。
でも、まだ幸せの四葉を見つけていない。



「ギリギリまで粘る?」
「そだな」



どっちにしても、二人とも諦め切れないのだ。

同時に背中を離して、また地面と睨めっこを始める。
探したところももう一度、念入りに。


探して、探して。

探して。









「………悟空」
「え?」
「……そこ!」























小さな幸せは、意外とすぐ近くにあるものだ。









































「起きろってば!」


「いってぇ!!」






目覚めと同時に、腹に衝撃。
其処を抱え込みながら起き上がると、片足が宙ぶらりんになっていた。

寝惚けた頭で前を見ると、不満そうに頬を膨らませている子供がいる。
自分と対して歳は変わらない筈なのだが、どうしてだが年下に思ってしまう。
前にふと口を滑らせたら、シンガイだと拗ねられた。

どうやら腹部の痛みは、この子供の仕業らしい。



「何すんだよ、悟空」
「何じゃない! オレ、暇だったんだぞ!」
「……んな事言ったって、先に寝てたの悟空じゃん」
「う…でもオレすぐ起きたぞ!」
「嘘吐け、俺すげー待ってたんだぞ!」



太い木の枝の上で悟空が眠ってしまったのは、随分前のことだ。
那托が眠っていた時間を差し引いても、その事は揺るがないと思う。



「しかも俺の腹の上で寝やがって。重いったらなかったんだからな」
「う……だ、だって気持ち良いんだもん……」



尻すぼみになりながら、悟空は言う。

これは最早悟空の癖のようなので、きっと何度言っても無駄なんだと諦めてもいる。
けれど二人で昼寝する度にこれでは、いつか内臓まで圧迫されそうな気がするのだ。
何せ、悟空の両手両足には合わせて80キロ近い枷がある。
上に乗られて、重くない筈がないのだ。


ばつが悪そうに俯いてしまった悟空に、今度は那托の方が居心地の悪さを覚えてしまう。
何故怒った方がこんな気分になるんだ、と思いつつ、ちらりと悟空を見遣る。

悟空に悪気はない。
それは十分判っているし、那托だって嫌ではないのだ。
ただ、ちょっと息苦しいぐらいで。



「……頼むから、圧死させないでくれよな」



ぽんぽんと大地色の髪を撫でながら言うと、悟空は小さく頷いた。


悟空と一緒に寝るのは好きだ。
一人で寝る時と違って、もっと色んな夢が見れそうだから。

どんな夢を見たのかは、大抵覚えていないのだけど。




「……昼寝も飽きたな」
「ってか、もう眠くなんないよ」
「そりゃあれだけ寝ればなぁ」




太い木の幹に片手を突いて、那托は枝の上で立ち上がる。
悟空は枝上に腰掛ける姿勢になって、両足をぶらぶらさせていた。



「…何して遊ぶ?」
「悟空、やりたい事あるか?」
「思いつかない」



遊べる遊びは、一通りやった。
だから今は思いつかないんだと、悟空は退屈そうに言う。

那托は、悟空の話を聞いているだけでも良かった。
けれど、それだと悟空の方が飽きてしまう。
じっとしているのは二人ともあまり好きではないし。



「…じゃあさ、悟空」
「ん?」



悟空を見下ろしながら、那托は笑う。
釣られたように、悟空の口元にも浮かぶ笑み。












四葉のクローバーって知ってるか?





























幸せは

探さなくてもすぐ傍に




キミとなら

それだけで僕は幸せで










あんまり傍にあるから皆気付いてないんだよ

















いつだって隣にいる幸せに
























FIN.




後書き