比翼の連理






翌朝になれば案の定、いつも静観としている筈の寺院内は酷く荒れていた。
一番広い本堂に集められた僧侶たちの殆どはやはり昨日の騒ぎについてあれこれと喚き、
それは当然其処に面倒ながらに収集された三蔵の鼓膜にも届いていた。
と言うよりも、それらは全て三蔵に───ひいてはその背に隠された子供へと向けられていた。

無論、三蔵の養い子はこの場にはいない。
けれどもこれだけやいやいと喚けば、如何に離れていようと厭が応にも伝わるものもあるだろう。


どれもこれも似たような顔つきで喚く僧侶達を、三蔵は白い目で眺めていた。



「あんな事が二度も起こったら、この寺院の威信にも関わります!」
「だから此処に妖怪を置くなど…私は反対したというのに!!」



この言葉も、今までに一体何度聞いたことか知れない。
他に言う台詞はないのか、と思うのも今更の話だ。

そんな風に聞いているのか、というような三蔵の様子に、僧侶達はまた喚き出す。



「三蔵様!」
「今直ぐにでも、あの妖怪は追い出すべきです!」
「いや、それじゃ生温い! 報復に戻ってくるに決まってる!!」
「あの妖怪が生きている限り、我々はまたいつ殺されるか」
「ですから!」
「────三蔵様!!!」



紡がれる言葉は、いつであったか自分も言われたようなものだった気がした。

まだ師が生きていた頃に、自分がどれだけちっぽけな存在だったか思い知らされるよりも前に、
やはり拾われ子である三蔵に対しての視線は、今の悟空に向けられるものと大差なかった。
そうして浴びせられた罵倒の中に、存在そのものの否定さえあったと、覚えている。


だけれど、それがなんだと言うのだ。
己の保身のみに躍起になっている連中の喚く言葉の、なんと薄っぺらいことか。



「今回の件で死傷者も出ました!」
「これでなんのお咎めもなしだと言うのですか!?」
「三蔵様の養子とは言え、これは」



いつまでこの莫迦騒ぎが続くのだろうか。
全く、無駄にボキャブラリーが多いのもの問題かもな、と三蔵は胸中で呟いた。

無駄に喚く言葉を知っているから、いつまで経っても静かにならない。
一つ黙れと睨めば黙るかも知れないが、今はそれをするのも面倒臭い。
声高に叫ぶ連中が疲れ果てるまで、三蔵は放って置くつもりだった。


「三蔵様もご覧になったでしょう、あの者の本性を!」
「思い出すだけでもおぞましい……!」
「子供の形をして、我らの隙を伺っておるのです!」

「奴は恐ろしい、強暴な化け物でございます!!」



化け物だと、許容すべき存在ではないと、排除すべきものだと。
喚く彼らにとって、そういう対象は一体どれだけあるのだろうか。
随分幅広くなりそうだと、関係のないことを想像しながら三蔵は思った。




彼らの望みは、ただただ自分たちが安全でいられる保障。
それに少しでも歪を招く可能性のあるものは、きっとそれが何であったとしても、こうして喚き出すのだ。



化け物を追い出せ、という言葉が連なる。
大僧正からもそろそろ何か言ってはどうだと目が向けられた。

この大僧正は、随分と年老いているが、悟空の事をそれなりに気に入っている変わり者であったと覚えている。
三蔵が着任したばかりの頃に大僧正を努めていた男の後釜であるが、それに劣らぬ人格者と言っていいだろう。
孫か曾孫の世代に当たるだろう幼い悟空を、人目に付かぬ場所でこっそり可愛がったりしていた。
悟空もこの老人には最初こそ警戒したものの、今では懐き、三蔵もそれなりに信頼を置いている。


そんな彼のこと、三蔵が何を考えているかなどお見通しだったのだろう。



面倒臭ぇな、と一つ小さく呟いてみれば、思いの他それは大きな声になっていたらしい。
あれだけ喚いた僧侶達は、途端に水を打ったようにしん、と静まり返った。



「─────言いたい事は済んだな」



問い掛けではなく言い切る形の三蔵に、否やの声を上げる度胸者はいない。



「今回の件で、確かに死傷者は出た。が、それはそいつらの自業自得ってものだ」
「ですが、現にあの妖怪が!」
「その前に、奴らは奴らの手で悟空の妖力制御装置を外した。外せばどうなるかぐらい、予想がつく筈だが?」
「あれは妖怪が自らの手で外したのです! 我らにそんな、恐ろしいことなど」
「………出来る訳がねぇ、ってか?」



続く言葉を先に告げれば、僧侶達は揃って是の声。
三蔵はそれにはっ、と莫迦にしたように息を吐き出して。



「あいつが自分で外した? それこそねぇな。あれは絶対に外すなと、俺から重々言い含めてある」



そして、悟空が自ら、なんの理由もなく三蔵の言い付けを破ることのそ有り得ない。



「どうせあいつの暴走した姿を見たら俺が考え直すとでも思ってたんだろうが、宛が外れてるな。
大体、金鈷を外した姿ってのは、俺があいつを此処に連れてきて間もない頃に一度仕出かしたじゃねえか。

それに─────貴様らの言うあいつの“本性”ってのは、どれのことだ?」



“本性”とは、そのものが持つ本来の性質や、正気である事を示す。


普段表に出ている悟空の無邪気さや純粋さは、悟空の“本性”ではないと言うのか。
金鈷で封じられている斉天大聖と言う姿が本来の姿であると確かに他者は言うだろうが、
ならば悟空のあの人格や純粋さというものは、一体なんであると言うのか。

悟空は確かに一個の人格であり、“悟空”という存在だ。
そしてあの子供の無邪気な笑顔こそ、悟空が本来持つ性質がもたらすものだ。



「俺にしてみりゃ、貴様らの本性の方が底が知れんな」



小さな子供を複数の大人の力で持って押さえ付け、騒ぎを起こし、挙句その責任を全て子供に押し付けて。

何も知らぬ子供の方が、よっぽどマシじゃないか。
自分が仕出かした罪の重さも、それによる罰の意味も、ちゃんと理解して受け止めようとするのだから。



「────これ以上貴様らと喋ったところで、何も変わらん」



それは悟空への処置についてでもあるし、僧侶達の傷の深さについてでもあるし、
何より小さな子供を傍に置く事を赦すという三蔵が決めた理についてでもあった。



これ以上の論議は時間の無駄。
三蔵はそう言うよりも先に、本堂を後にした。




























寺院の敷地内でも外れにある、小さな堂とも言える離れに悟空はいた。


三蔵の寝室は血に塗れてまるで使える状態ではないし、何よりあそこは人の気配が多い。
騒動が納まった直後、以前のように眠ってしまった悟空を、そんな場所に一人置く気にはならなかった。
だからあれこれと言及したがる僧侶達を無視して、悟空を此処へつれてきた。

目覚めぬ悟空を一人にして収集に応じるのは癪だったが、放っておけば後々更にややこしくなることは明白。
不在の間に目覚めなければ、と思いつつ収集に応じ、戻ってみれば未だに悟空は夢の中。


この離れには、極力人を近付けないようにしてある。
大僧正からもそれは伝えられ、良くても食事を運ぶ僧侶が出入り口に近付くまで。
置いてある棚の上に置いて、それ以上中へ入って行く事は赦さなかった。

だから今、この離れは三蔵と悟空二人だけの世界と言ってもいい。
時折大僧正が様子を伺いに来るが、それも外から気配を伺うだけで、顔を出す事はなかった。


いつもの寝相の悪さが嘘のように、悟空は動くこともせず眠っている。
時折魘されたように何事か呟くが、それはまともな形を成さないまま、三蔵に届く事もなかった。

ただ呟く時の表情が泣いているようにも見えて、三蔵はくしゃりと大地色の髪を撫でた。
するとほんの僅か、ひょっとしたら見間違いかも知れないが、悟空の表情が和らぐように見えた。
まろい頬に手を添えれば、動かぬ身体を無理に動かすかのように、ぎこちなくその手に擦り寄ろうとしていた。


そうして、ただ何をするでもない時間が過ぎていく。
三蔵は眠る悟空の傍から離れることはなく、時折悟空の身体に触れて、赤子をあやすように撫でてやる。
そうすると、普段から悟空は安心したように笑むから、同じように。


触れていることが、届いていることが、何よりも悟空にとって大切なのだ。
それから、気紛れでも良いから名前を呼んでやる事。

いつだって悟空は呼べば返事をして、拾ったばかりの頃からそれは変わらない。
そして意趣返しのように、一つ覚えじゃないかと思うぐらいに繰り返して三蔵の名を呼ぶ。
呼ぶ相手がいる事が、呼べる名前がある事が、悟空の要でもあった。



だから、呼んでやる。
いつだって、煩く呼び続けているから。


(……けどな)


元来、自分は忍耐強い方ではない。
なのに頭の中で、音を伴わない聲でいつまでも呼ばれていては堪ったのもではない。

悟空の無意識から発せられる聲だから、眠ったままの悟空に幾ら止めろと言った所で収まる訳もない。
いや、どうせ意識のある間に止めろといっても無理な話ではあるのだけれど。
悟空にとって三蔵の名前を呼ぶのは最早癖のようなものだから。


だから、呼ぶことは赦すから。


「……声に出して、呼ぶんじゃなかったのか」


名前を教えてくれと言った時、一緒にそう言った。
聲にならない聲で、“誰か”と呼び続けていた日々から、一歩前に進む為に。

声に出して呼ぶから、と。






「──────悟空」





何度だって呼んでやる、何度だって呼ばせてやる。
呼ぶ度にお前が振り返ると言うのなら、面倒だけど振り返ってやるから。

他の誰に呼ばれても意味がない。
呼ぶのがこの子供だから、其処に確かな意味がある。


だから、呼ぶことは赦すから。










「─────────  …  … …  さんぞ  」










聞こえた声に首を巡らせれば、ぼんやりと見上げてくる金色の光。

拾った時から真っ直ぐに向けられて、なのに鬱陶しいと思うことはなかった。
今では何故か心地よささえ感じて────否、愛しささえも感じて。



まだはっきりと意識が覚醒した訳ではないからなのか、頬を撫でればやはり猫のように擦り寄った。
それから添えた三蔵の手に小さな手が重なって、子供特有の温もりが其処から伝わる。

けれど、それと同時に冷たい雫が三蔵の手に触れた。


驚くことは、なかった。


三蔵の手に自分の手を重ね、悟空は泣いていた。
小さな身体を震わせて、いつものように大声を上げて泣く訳でもなく、しゃくり上げるばかりで。
目尻からは次から次へと大きな雫が溢れ零れ、頭を預けたままの枕にも染みを作っていった。

もう片方の手が三蔵へと伸ばされて、三蔵はそれを掴んで引き寄せた。
これから成長を始めようと言う小さな身体は、すっぽりと三蔵の腕の中に収まる。



「……どうした」



短く、それだけを聞く。
けれど優しい檻に閉じ込められた子供は泣きじゃくるばかりで、まともな言葉など発すことが出来ない。

それでも、言わなければいけないのだと思ったのか。
しゃくり上げて引き攣る喉からどうにか言葉を搾り出そうと、口を開閉させる。


三蔵は急かすでもなく、止めるでもなく、泣きじゃくる子供の頭を撫でてやる。
言いたいのなら言えばいいし、言えないのなら無理に言う必要もない。
ただ言おうとする意志があるのならば、言えばいい。

頭に響いてくる聲は相変わらずで、それが少しだけ頭痛を招いているような気がする。
いつもなら此処で煩いと言ってやる所だけれど、好きにさせてやった。


「………ぉ……」
「……ああ」



名を呼ぶ小さな声も、三蔵にははっきりと聞き取れた。


溢れ零れる雫は、三蔵の法衣も濡らしていく。
明日になれば確実に悟空の目元は赤く腫れ上がっているだろう。

だけれどそれ以上に、子供はまず吐き出さなければならないから。



「さんぞ…さんぞ……さんぞぉ……」
「……悟空」
「…さんぞぉ……!」



届いているのだと答えるように名を呼べば、また溢れ零れる涙の雫。
それから、届いてきた言葉は。





「さんぞぉ…ごめんなさい……!」





告げられた言葉に、三蔵ははっきりと眉を顰めた。
けれども三蔵の胸に顔を埋めてたままの悟空には、それが判らない。



悟空がそんな言葉を告げなければならない理由が何処にあるというのか。

金鈷を外すなと言う言い付けを破ったからか、それだって決して悟空の所為ではないだろう。
人を傷付け、殺したからか、それも今回の事件を引き起こした連中の自業自得ではないか。


時折、悟空は必要以上に自分が悪いのだと思い込む事がある。
何も全ての原因が自分に繋がる事もないだろうに、それでも自分が此処にいた所為なのだと言い出す。
自分が此処にいなければ、何も起こる事はなかったのだからと。

三蔵にとってそれはただの仮説でしかなく、仮に悟空が此処にいなかったとしても、何も起きない保障はないのだ。
寧ろ今回のことについては、悟空は自分の意志に関係なく引きずり込まれた、云わば被害者と言う立場だ。



「さんぞ…ごめ……ごめんなさい…さんぞぉ……!」
「何がだ。お前が謝るような理由なんかねぇだろうが」
「…だってぇ………!」



半ば呆れたように言えば、やはり漏れてくるのは“自分が悪い”という言葉。



「オレが…オレ……またっ…また、めーわく、かけ…っ」



言葉を出そうとすればするだけ、邪魔をする涙。
けれど止める事も出来なくて、悟空はまた泣きじゃくる。



「……バカ猿…」



呟いた三蔵の声は、普段と違って酷く穏やかな音を伴っていた。





何もかも自分が悪い、なんて。

何も悪くないのにそう言って自分を責める子供を、誰が責め立てられようものか。
誰の所為だと責任を押し付ける事もせず、誰にされたと言うでもなく、ただ自分が悪いのだと。



少しは誰かに押し付けることを覚えてもいいのに、悟空はいつまで経っても変わらない。
押し付けられた責任も甘んじて受け入れて、押し潰されそうな癖にそれでもまた背負おうとする。

その小さな背中に幾らの重みを乗せて耐えられるというのか、自分でも判らないまま。



本当に悟空の責任だと言われるような事など、露ほどしかないだろう。
特に今回の件は、悟空がした事は半ば正当防衛と言っても成り立つのではないかと三蔵は思う。

普段から面倒ごとばかりになるから、悟空は自分から僧侶達に近付くことはしない。
いつだって先に手を出すのは向こうの方で、悟空はいつも黙って耐えるだけ。
知られないところで泣いて泣いて泣き止んだら、もう次の瞬間には笑えるように。




そうして押し付けられた罪も、冤罪も、何もかもひっくるめて抱き込んで生きて行く。
そんな不器用な生き方しか出来ない子供に、これ以上何を背負わせられるものか。






昨日、暗雲の中で振らなかった雨が、今降り出すような気がした。
外の空は昨日の昼までと同じく晴れ渡っているけれど、狐雨が降るような湿気が少し纏わりつく。

それが子供の心から溢れ出した大漁の涙のようで、三蔵は一度、目を閉じる。


ぎゅ、と法衣を握る手に力が篭ったのが判った。



「さんぞ…さんぞぉ……どうしよおぉ……」
「何がだ」



突然の悟空の言葉に問い返せば、ひく、と一度喉を引き攣らせてから、悟空は顔を上げた。





「オレ……オレ、三蔵と一緒にいらんないよぉ………!」




涙でくしゃくしゃになった顔で告げられた言葉は、本人が一番嫌いなもの。
別れを覗かせるような、言葉。

何故そんな言葉が出てくるのか問おうとして、止めた。
きっと言われたからだと、なんとなく予想がついて。


先ほどの収集の時に僧侶達が喚いていた、悟空の“本性”。
制御装置を外した姿が真の姿だとか、確かに一般的に言われているのはそうだろう。
けれども、制御装置と言うのは何もそれを歪めて別人格を作り出す為のものではないのだ。
単に人間の中に紛れて暮らす妖怪達が、その力の差を少し抑制する足がかりにするだけのもので。

けれども悟空はそんな事まで頭は廻らないだろうし、言われてしまえば確かにそうかも知れないと三蔵も思う事がある。
今目の前で泣きじゃくっている子供と背中合わせにしている、もう一人の存在が在るのが判るから。



「どうしよ…ねぇ……オレ、なんかしたんでしょ…? 誰か…誰かに、酷いことしたんだろ……?」



記憶になくても、薄ぼんやりと感覚が残っているのだろうか。
その小さな手が紅に塗れた感触を、この小さな手が三蔵の肩を貫いた、その肉の感触を。

曖昧でありながら何処か確信を持った言葉に、三蔵は小さく嘆息した。



「…誰がそんなことを言った?」
「言ってない…でも……でも、そうなんだろ? ……三蔵だって、ケガしてる……!」
「仕事先でヘマしただけだ。お前は関係ない」
「だって! だって、なんか判るもん!!」



声の限りに叫んだ悟空の声は、懺悔なのか、慟哭なのか。



「オレ、が、オレがやったんだ! オレが…オレが三蔵にケガさせたんだ!!」



それは、悟空にとって一番の禁忌。
三蔵が傷を負うこと───それによって、三蔵の命が絶たれること。

まして、その禁忌を自分で犯したとなれば。




「も……やだぁ…………」



離れるのも嫌で。
その所為で三蔵が大変な目にあうのも嫌で。

どちらがいいのかと言われても、悟空はきっと選べない。
だから悟空の呟いた言葉がどれに対してのものなのか、きっと悟空自身も判っていない。
ただ漏れた言の葉が、ぐちゃぐちゃにされた悟空の心の何よりの本音である事だけが確か。



「やだ…やだよぉ……」
「……そうか」
「うえっ…っひ………うぁあ……」



絶えず零れる涙の所為で、体中の水分が全部出尽くしてしまうんじゃないか。
痛々しいまでに泣きじゃくる子供の顔をまた胸に押し付けて、見えないようにして三蔵はこの場にいない者達を睨んだ。


あの時周りで喚いていた連中の顔は、まだ覚えている。
先ほどの収集だけで事が収まったと思っているなら、それは随分とめでたい頭をしている事になる。
あの時は喚く連中の相手よりも優先すべきものがあるから、後回しにしただけのこと。

この泣き顔を見ても、きっと彼らはまた演技だのなんだの言い出すのだろう。
悟空の“本性”をいつまで経っても見抜けないままで。


腕の中の子供の何処に嘘偽りがあるというのか。
こうして泣く子供の言葉は、いつだって真実を告げているのに。



「……やだよ…やだ……もうやだぁ……」



だから、繰り返す言葉の中で、一番に望むものはなんなのか。
それも、きっと心の中でちゃんと答えは出ている。



「だったら、俺から離れるか」
「やだぁっ!!!」



莫迦莫迦しい問いかけをしてみれば、今までの何よりも強い声で告げられる、本音。

それでも漏らすつもりはなかったのだろうか、自分の言葉に目を見開いて「しまった」という顔。
条件反射のように叫んだ言葉は何よりの本音で、でもきっと言い出したら迷惑になると言えなかった言葉で。


自分を誤魔化すなんて芸当はないくせに。



「なら答えは簡単だろうが」
「でも…だって、オレ……オレ……」
「今回のことに関して、お前は完全な被害者だ。お前が謝る理由は何処にもない」
「だって、さんぞ…の……ケガ……」



尚も募ろうとする言葉を、口付けて塞いだ。
閉じることなど知らないように、金色の瞳が驚くように見開かれる。

そっと離せば、また涙が溢れ出した。
指先でそれを拭ってやっても、止まることはない。
それどころか、余計に溢れて零れていく。



「お前は、怖かっただけだろう」



沢山の大人に押さえつけられて。
自分の意志でもないのに言い付けを破る結果になって。
意識のないまま人を傷付け、殺して、そんな自分が自分の“本性”だと勝手に決め付けられて。

そうして待つのは、きっと大好きでずっとずっと一緒にいたいと願う三蔵との別離。
それがどんな形であったとて、悟空が一番恐れていたもので。


けれど。
怪我なんて生きていればするもので、そしていつかは治るもので。
大体別離なんて三蔵は赦してやるつもりはないのだから。











「此処に、いろ」









“本性”なんてどうでも良かった。
“本来の性質”なんて、どうせ知る者が感じた事そのものなのだから。

どちらが本物? なんて聞く方が間違いだ。




“悟空”が“悟空”であるからこそ、傍にいる事を赦しているのだから。






























「あなたに逢えて良かった」と


いつかあなたに話せる日は来てくれますか




「あなたに愛されて良かった」と


いつかあなたに知ってもらえる日は来てくれますか








“紛い物”の僕も



“本物”の僕だと




赦してくれるあなたに逢えて幸せなんだと言える日は、きっとすぐそこに













FIN.



後書き