トランキライザー












こんなふうに出逢えて こんなふうに愛して


遠い場所に 別の場所に





いても ホントの









心はつながる























降りしきる雨を避けて滑り込んだ、崖下の洞穴。
出入り口よりも僅かに上向きに高低差があるお陰で、幸い土砂降りの雨水が洞穴内に流れ込んでくることはなかった。
けれども、冷え切った温度は替えようがなく、悟空は寒さで震える体を抱き込んで誤魔化した。

雨に濡れたぐらい、いつもならなんともないと笑い飛ばせるのだが、今日は本当にタイミングが悪い。
それでもラッキーだったと思うのは、この場に自分以外の存在が誰もいないことだ。



珍しく朝から調子が悪くて、移動中のジープの上で寝通しだった。
最近は強行軍が続いたから、そんな悟空の異変に気付いた者はいなかった。
悟浄も同じように後部座席で寝ていたし、ちゃんと見ていないが三蔵も同じだろう。
運転手である八戒だけが休めないという、よくよくある光景だった。

そんな一行を、相変わらず妖怪達が襲ってきた。
寝ていても気配に聡いのは皆同じだし、悟空も調子が悪いとは言えそれ程酷くはなかったから、直ぐに飛び起きた。


しかし、戦闘ともなると調子の悪さは思いの他顕著に出てしまった。
いつもなら気付ける気配に気付けずに隙が多くなるし、悟浄に助けられた場面も多い。
訝しげに「何やってんだ」と言う悟浄には「寝起きだから」とだけ咄嗟に答えた。

足元も覚束無かった気がするし、ひょっとしたら思った以上に体調を崩しているのかとも思った。
でも比較的意識はクリアだったから、今さえ乗り越えれば大丈夫だとも思っていた。


ところが、そのお陰でいつも以上に周りが見えなくて、気付けば三人と逸れて森の中。
迷子は動くな、でもじっとしていたら置いて行かれる───…せめて道に出よう、と悟空は森の中を歩き出した。

その内雨が降り出して、最悪、と呟いている間に雨脚は強くなった。
森だというのに雨宿り出来そうな大きな木はなくて、悟空はずぶ濡れになって森を歩き回った。
早く合流できれば良し、でなければ雨宿り出来そうな洞を探して。



そして半刻も歩き回って、切り立った崖下に出た時、今いる洞穴を見つけたのである。



びしょ濡れになった服は一先ず絞ってみたけれど、乾いていないからやはり冷たく、体温を奪う一方。
火を起こそうにも薪もないし燃やせるような紙もない、というか先ず火種になるようなものがない。
森に出れば薪ぐらいは拾って来れるが、土砂降りの中をまた歩こうとは思えなかった。

何より散々歩いて濡れた所為だろう、体調の悪さが輪をかけて悪化していた。
無理もないが、だからと言って雨の中で茫然と座って彼らを待つ訳にもいかなかっただろう。
どっちにしても悪化するんじゃないか、と悟空はぼんやりと思った。



(っつーか…ホント、寒ぃ……)



頭がぼうっとしてくる。
熱が出ているのかも知れないと思って、悟空は盛大な溜息を吐いた。

服を脱げば冷たい気温が肌を刺すし、着ていればべたつく濡れた服が重くて体力を奪う。
にっちもさっちもいかない状態だった。


ちらりと穴の外へ目をやれば、益々雨脚が強くなったように見える。
これは自分を探すどころではなさそうだ。



「うーっ……」



ぶる、と震える体を抱き締めて、手で腕を擦ってみる。
気休めにもならなかった。



(…頭痛くなってきた)



こんな時に、こんな状況で。
いや、だからこそ、なのだろうか。

……どっちでもいい、自分の状態が悪くなっている事に変わりはないのだから。


誰もいないから自分の醜態を隠さずにいられる、それは楽だった。
隠すと神経を使うし、意識を飛ばせない───…それがただの意地張りだとしても。
休めないのは正直辛いから、誰もいないのは本当に楽と言えば楽だったのだ。

けれども病気になると弱気になるという言葉の通り──認めたくはないけれど──、誰も傍にいないのが不安になった。
置いて行かれるんじゃないかとか、そういう事ではなくて、ただ無性に。



「……さんぞ……」



だから、会いたくなる。
一緒にいたくなる。

手が届く距離に。


一人が、嫌で。



自分で逸れたのに、都合のいい話だとは思うけれど。





「さんぞぉ………」





ずるずる、まどろみに引き摺られながら。






呼んだのは、やっぱり大好きなひかりの名前だった。




























僅かに浮上しかかった意識の中で、嗅ぎ慣れた匂いを感じた。
それは日向の匂いではないけれど、自分にはもうずっと傍にあって当たり前になった匂い。

それから少し強い力で自分を包む温もり。


時折通り抜けていく肌寒さに身を震わせると、温もりはまた一層強く抱き締めてくる。
それが酷く居心地が良くて猫のような声が漏れると、今度は唇を塞がれた。
最初は少し冷たく感じたそれは、何度か繰り返されるうちに熱くなってきて、離れ難くなった。

唇を塞がれる都度、頬を擽る細い糸があった。
それも段々気にならなくなって、気持ちよくなってそのままにした。


ふわふわとした雲の上にいるような、浮かれた気分に似た感覚。
それでも気だるさはあったから、自分が体調不良であったことは思い出せた。
同時に、この掴めそうで掴めない感覚も、その熱の所為なんだと。

けれど熱がある時に同時にありがちな寒気は、少しも感じられなかった。
自分を包み込んでいる温もりが、それから守ってくれているんだと、そう思ったら嬉しくなった。



このまま、もう一度寝ても良いかも知れない。
この心地良さに身を委ねたまま。



けれども意識の奥で忘れかけていた雨音が鼓膜に届いて、その後に小さな舌打ちが聞こえて。
その舌打ちの仕方が酷く馴染みのあるものだったから、意識は眠りから覚醒へと方向を変えた。

寝ても良かったのだろうとは思う。
でも、温かい温もりの正体を──判ってはいたけれど──確かめたいと思った。
そうするともう一度寝てしまうのが勿体無いと。

眠ってしまったら次に目覚める時はきっと、もう温もりに包まれてはいないような気がしたから。



そろそろと目を開ければ、少し汚れ気味の白が飛び込んできた。
汚れているのは殆どが泥や土の類だった。

次に背中を抱いているしっかりとした腕に気付く。
頭はまだぼんやりとしていたが、やはり其処から伝わる温もりは変わらず心地良い。
身動ぎするとぴくっとそれが反応したが、離れる事はなかった。


ひゅうっと水を差すように冷たい風が吹いて、それが肩を撫でて寒さというものを思い出させた。
大仰にも思える程に震えれば、抱く腕はそれから隠すように悟空を包み込む。
少し痛いくらいなのが、気持ちよかった。

全身を包み込んでくれる温もりに甘えながら、やっぱり寝ても良かったかな、と思う。
行ったり来たりで纏まりのない思考に心だけで苦笑しながら、そっと頭を持ち上げてみる。


────……そうしたら、熱い熱に呼吸を塞がれて。






「やっと起きたか、この寝坊猿」





解放されて一番に、そんな台詞だ。
らしいと言えばらしい言葉に、悟空は小さく笑った。


真っ先に飛び込んできた金糸は、思ったとおり、不機嫌な太陽の光。
見下ろす紫闇は苛立ちと呆れを半々含んでいた。

そのくせ落ちてくる唇は熱くて、悟空はそれに翻弄される。



「ん…ぅん……」



漏れる吐息の合間で目を閉じれば、舌が侵入してくる。
足掻いたところで無駄なのは判っているから大人しくしていれば、遠慮なく舌を絡ませられた。



「ふ…う……ぁ……」



ぴちゃ、という音が鼓膜に届いて、悟空は頬を朱色に染める。


解放されれば悟空の体に力は入らない状態になっていて、見上げた先の紫闇は満足そうに笑む。
サドエロボーズ、なんて言おうとしたが、言えば余計に苛められる。
結局自分が反抗するなんて無駄な話なんだと、悟空はぼんやり頭の隅で考えた。

それから辺りを見渡して、此処が自分が見つけた洞穴内だとようやく気付く。
首を巡らせて出入り口の穴の方を見遣れば、雨は変わらず降っていた。



「ったく、この雨ン中歩き回らせやがって……」



ブツブツと文句を言いながら、三蔵は悟空を抱き締める腕に力を強めた。
少し苦しくて苦情を言ってみたが、歩き回らせた仕返しだと言われてしまった。



「煩く呼ぶから探して見つけてみりゃ、この様だ」



三蔵が悟空を見つけた時、悟空は完全に意識を失っていた。
剥き出しの岩肌の上に横になって、発熱して荒い呼吸をしていた。

そんなに自分の体調が悪かったのか、と悟空は今になって他人事のように思う。
意識を飛ばした事は辛うじて思い出せたが、其処まで悪化していたとは思わなかった。
調子が悪いというのにズブ濡れになったのだから、当たり前の事ではあったが。


服もびしょ濡れ、絞っても乾きはしない。
火も起こせなかったから、体温は奪われていく一方。

その状態で、悟空はただ、三蔵の名前を呼び続けていた。



「マジで面倒臭ぇ」
「……ごめん……」
「そう思うなら、一々隠すな」



もう一度小さく謝れば、あやすような触れるだけのキス。



「余計に手がかかるだけだからな」
「……うん」



それでも手放さないでいてくれる三蔵に、悟空は小さく笑んで頷く。



───不意に、パチパチと爆ぜる音が聞こえた。
それが焚火の音だと気付くのには然程時間はかからなかった。

気紛れにその火の方向へと首を巡らせて、それから目を剥いた。


火は、三蔵が手持ちのライターと何か燃やせるもので起こしたのだろう。
それはいい、火がなかったから悟空は寒い思いをして、余計に体調を悪化させたのだし。

問題はその傍に干されている、見慣れた自分の服。
上着、ズボン、マントは当たり前だが、並んでシャツ───果てにはパンツ。
それを見つけた瞬間、悟空は自分が今どんな格好でいるのか悟った。



「さ、三蔵っ!!!」
「なんだ」
「なんだ、って…ちょ、離して!!」



何故背中の温もりがこんなにもはっきり伝わるのか。
背中をあやすように叩く手の形も、体に当たる布地の感触も、何もかも。
判り過ぎるほどに判る感触の理由、は。

………自分が、裸だから。



「離して! やだ!!」
「なんだ、今更恥ずかしがってんのか」
「………!!」



しれっと言う三蔵に、悟空は耳の先端まで真っ赤になっていく。

間近で見下ろしてくる三蔵の紫闇に囚われて、悟空は抗う術を全て奪われる。
否、最初からこの腕から逃れる術なんてなかったのだ。


悟空の服はびしょ濡れだったから、火に当てて乾かすのは当然の事だ。
着せたままでは体力は奪われていく一方だから、三蔵の行動が間違いだとは悟空だって言う気はない。

裸であるにも寒さを殆ど感じなかったのは、三蔵がずっと腕の中に閉じ込め、法衣を被せていたから。
法衣も幾らか濡れていたが、悟空の服程ではなかったし、悟空の目覚めを待つ間に十分乾いた。
そしてその法衣は毛布代わりに使われて。


布一枚と三蔵の体に庇われた悟空は、上から下まで一糸纏わぬ格好で。



「さんぞ、や…ん………!」



羞恥心から逃げようとする悟空をしっかり掴まえ、三蔵は悟空に口付ける。
呼吸さえ奪うような口付けに、悟空はしばらく悶えていたが、やがて抵抗を止めた。
力の抜けた体がくったりと三蔵に凭れかかるようになって、ようやく解放される。

つぅっと引いた糸がプツリと切れて、二人の唇を濡らしていた。
間近で見る三蔵のそれに、悟空は別の意味で顔を赤くして俯く。


頭がふらふらしかかっているのが、熱の所為なのか、三蔵の所為なのか判らない。



「さんぞ……」
「どのみち雨が止むまでは出れねぇからな。大人しくしてろ」



悟空の頭を自分の胸に押し付けて、法衣をかけ直して言う。
しっかり捉えられて、逃げられない状態に、悟空も抵抗を諦めた。

それに、なんだかんだ言って嬉しいのは嘘じゃない。
この土砂降りの中を探してくれて、見つけてくれて、こうして抱き締めていてくれる。
裸で抱き締められているのは確かに恥ずかしいのだけど、触れる温もりは心地良い。


アンダーを握り締めて胸板に頬を摺り寄せると、くしゃりと頭を撫でられる。


「……三蔵」
「あ?」


胸に顔を埋めたまま呼べば、返事があった。




「……三蔵、すぐオレのいるとこ判った……?」




今更、なことを聞いてみる。



煩いから、呼ぶから────……だから仕方がないから、迎えに来てくれる。
行かなかったらいつまでも呼ぶから、だから迎えに来てくれる。

呼ぶ声が届く限り、絶対に。


自惚れかも知れない、けれど。









「煩いからな」








そう言って降ってくるキスを、拒む理由はなかった。








迎えに来てくれるから、呼び続ける。
他の何も望まずに、他の誰にも何もあげずに。



ただ、あなただけを待っている。






























僕にとって できること すべて捧げたい


君といる 未来 描いて



いつの日か いつの日か 叶えたい


どうかこの願い 届けて







揺るぎない いとしさに 愛を込め





あふれだす想いを 抱き締めて …… ───────
















FIN.