絆の種は僕ら自身が持っている




空が夕暮れの朱色に染まり、西に沈む太陽は鮮やかな橙色を帯びて。
腹も減ったし、と悟空は帰路についた。



右手には、八戒の店のケーキとクッキー。
左手には、三蔵と光明から貰った饅頭。

今日はやけに一杯貰い物を貰ったような気がする。
いいから、と言うから受け取ったけど、本当に良かったのかと今更ながら考えてしまう。
特に花喃には自分の方がお祝いで何かあげなきゃいけないのに、と。


それにしても、三蔵が『天竺』と『崑崙』の饅頭を持っていた事が正直言って驚いた。
確かに三蔵は饅頭は好きだが、買い溜めする程でもない。
あったら食べるし、買う機会があったら買うだけの事で、二品も持っている事は少なかったと思う。

それを持っていた上に、幾ら光明が言い出した事とは言え、悟空に譲るなんて。



本当に、今日は皆どうしたんだろう。



考えて、やっぱり答えは判らない。
ただ受け取った時に嬉しそうに笑っていたから、これで良かったんだろうなとは思った


蹴り出されて始まった一日だったが、確かに部屋の虫になっているよりはずっと良かった。
大好きな食べ物も貰えたし、気分転換にもなった。
やはり、延々ぐるぐると考え込むのは自分には向いていなかったのだ。

いつまでも考え込んでいると、その内、浮かんでくるのはネガティブなものばかりになってしまう。
考え込んでいる事に加えて、それも更に自分らしくないと思う。
どうせなら、楽しい事について悩みたいものだ。


大体、自分が考え事が苦手な性分だ。


那托と李厘の事は気になるけれど、もう直ぐ春休みが終わって、また毎日顔を合わせるようになるのだ。
何も一緒にいる事を厭われている訳ではないのだから、気長に待つ事にしよう。


家に帰りつくと、全ての窓のカーテンが閉まっていた。
これから暗くなると言うのに、どの部屋も電気が点いている様子がなくて、悟空は首を傾げる。

金蝉は出掛けたのだろうか。
それならば、カーテンが閉まって電気が点いていないのも納得が行く。


しかし、無用心な事に、玄関の鍵はかけられていなかった。
几帳面な父親にしては珍しいと思いつつ、悟空は家の中に入る。


毎日を過ごす家の中は、しんと静まり返っていた。
玄関の電気を点けて、悟空は靴を脱いだ。

誰もいない家に帰るという経験が、悟空は実は少ない。
帰ればいつだって父親がいて、幼い頃、たまに父が仕事が長引いて帰れない時は、その友人二人が留守を預かっていた。
中々一人で留守番が出来ない悟空の為に、金蝉が考慮した結果だ。
流石に、もう大分慣れたけれど。


取り敢えずテレビでも見て暇を潰そう、と悟空の足はリビングへと向けられた。



なんの番組をしていたかなと考えつつ、リビングのドアを開けて。









「「悟空、誕生日おめでと─────っ!!!」」








パン、パン、と鳴り響いた音、高らかな声に、悟空の肩がびくっと跳ねた。


パッと電気が点く。

金色の瞳を零れんばかりに見開いて、其処にあったのは、舞い落ちる紙吹雪と色テープ。
その向こうに、悪戯成功の笑顔を浮かべる幼馴染二人と、呆れたように此方を見ている父親。



「悟空、スッゲー間抜け顔になってる」
「な、びっくりした? びっくりしたろ!」



クラッカーを放り出して、那托と李厘が悟空に言う。
悟空はぽかんとして、全く現状が掴めていない状態だった。



「え……っと……な、何……?」



二人の顔を交互に見て、悟空は茫然自失に問い掛ける。
その言葉を聞いて、那托と李厘が同時に噴出した。



「ホラ見ろ、やっぱり!」
「もー毎年なのにさー……」



腹を抱えて笑う李厘と、那托も同じく笑いが堪えきれない様子で言う。


毎年。
今、毎年と言ったか。

数瞬遅れて、悟空はその単語を理解する。


なんの話だと言い掛けて、様子を見ていた金蝉が口を開いた。



「悟空……お前、今日が何月何日か言ってみろ」
「何月……って」



リビングの壁にかけられたカレンダーに目を向ける。


カレンダーに描かれた季節の絵は、鮮やかに舞い散る桜。
隅にはランドセルを背負ったリスが描かれていて、小学生の入学式を彷彿とさせる。

高校の入学式ももう直ぐ、それが過ぎたら悟空も晴れて高校三年生だ。
那托の手助けも借りて、李厘と一緒に勉強して、無事に三人一緒に高校生活最後の一年を迎える事になる。
見事な桜が咲き誇る日を、皆で迎える事が出来る。


そんな日々が近付く、今日は。




4月5日。




「……………あ」






自分自身の、誕生日。






ようやく思い出して、悟空は幼馴染二人の顔を見た。
安宅と李厘は、歯を見せて笑う。

それから、手に持ったケーキと、饅頭。
彼らは何も教えてくれなかったけれど、きっと皆覚えていたのだ。
だからいきなり奢ってくれたり、あげると言ってくれたり────……


金蝉も恐らく覚えていたのだろう。
覚えていながら、朝から祝いの言葉もなければ、今日と言う日の話もしないで、外に放り出した。

理由は恐らく、このリビング中に散りばめられた、飾り付けの為だ。
それから、テーブルの上にあるケーキが、いつもと違って少し歪なのも。
二人からほんのり甘い匂いがするのも、多分。



そうだ、毎年の事だった。
何故か那托と李厘は、毎年悟空の誕生日をやけに張り切って盛り上げるのだ。

誰より一番に「おめでとう」と言う為に、朝一番に家に来たり。
いかにも覚えていない、知らないと言う振りをして、本当はちゃんと準備していたり。


聞けば、どうも一ヶ月前から計画を練っている事もあったと言う。
どうやらその様子は、商店街でも有名らしい。
あれやこれやと準備したり、プレゼントを選んでいる所をよく目撃されている。

だから、八戒達や三蔵達は、幼馴染二人が一番に祝いたいと知っているから、面と向かって「おめでとう」を言わなかった。
後で気付いてくれればそれで良くて、言葉は仲良しの二人に譲ったのだ。


春休みの前から、二人だけで話をしていたのも、きっとこれだ。
悟空が何の話をしているのかと聞いてはぐらかしたのも、これなら判る。
驚かせたいから、二人は今の今まで内緒にしていた。

────内緒にしているのも、よくよく考えれば、毎年の事だったのだ。
悟空がそれに気付いたのが、今年初めての話だったというだけの事で。



(…………バカみてぇ)


変に勘繰った自分がバカみたいで。
でも、それ以上に嬉しい。



「毎年やってるのに、毎年忘れてんだもんな」
「オイラ達、この日は絶対忘れないんだぞ」
「本人が忘れるなよなぁ〜」



子供の頃は指折り数えた、自分の誕生日。
お互いに驚かせたりするのが楽しくて、驚かされるのも嬉しくて。

悟空も二人の誕生日は覚えているけれど、自分の事はいつしか気にしなくなっていた。
実を言えば、李厘と那托も同じようなもので、他の二人や家族が言い出さなかったら忘れている事も多い。
プレゼントを貰って、嬉しいやら恥ずかしいやら、驚くやら────そのどれもが楽しくて仕方ない。



那托と李厘が、悟空の手にあったケーキと饅頭を取る。
テーブルに置いて、早く来いよと手招きしたから、悟空も二人のいるソファに駆け寄った。

歪なケーキに二人が蝋燭を立てて、金蝉がライターで火を点けた。
部屋の電気を消すと、小さな灯火達がふわりと部屋を照らす。


息を吸って、思い切り吹いた。
18本の蝋燭の火は、見事に消えて、拍手が鳴る。
くしゃくしゃと、頭を撫でる父の手がくすぐったい。

電気が点いて、切り分けるからと金蝉がケーキをキッチンに持って行った。



「なぁ」
「ん?」
「あのケーキ、作ったの?」



悟空の問いに、李厘が得意げに胸を張る。



「そーだよ。八百鼡ちゃんに教わったんだ!」
「偉そうにするなよ。教わったのはお前だけど、殆どオレがやったんじゃんか」
「オイラがやるって言うのに、勝手に取ったんじゃんか」
「効率が悪い上に、周りに生クリーム飛び散らしまくるからだろ」



始まった口ゲンカに挟まれて、悟空はいつもの光景だなぁと思う。
こうして何某か小さな事で張り合う二人の真ん中に、いつも自分がいるのだ。

そして時々自分も参加して、三人でどんぐりの背比べ。


やいのやいのと賑やかなのが、この幼馴染三人の当たり前の光景。
小さな頃から変わらない、大好きな関係。




まだ張り合っている二人の腕を引き寄せて。
思いっきり抱き締めて、悟空は思う。







やっぱり、皆一緒が一番いいや。























僕らと出会ってくれてありがとう



僕らと笑ってくれてありがとう





僕らと、友達になってくれて、ありがとう







大好きな友達、これからもずっとずっと一緒に─────……





















FIN.




後書き