Important duty




自室にいるか、仕事部屋にいるとばかり思っていた上司は、其処にはいなかった。
何かとあちこち歩き回っている大将はともかく、元帥の方は自室にいるとばかり思っていたので、どうしたものかと途方に暮れる。

擦れ違う文官や別隊の者を捕まえて、見てはいないかと確認したが、異口同音に「知らない」とばかり。
どうやら明朝の第一小隊収集の後から、この館には戻って来ていないらしい。


元帥への当てが外れたので、洋閏はターゲットを大将へと切り替えた。
何処にいるのか予想は立っていないのだが、彼は桜を見るのが好きだった。
特に舞い散る花弁を眺めて杯を傾けるのを好むので、見栄えの良い所にいるだろうと思ったのだ。

洋閏自身が幾らか知っている彼のお気に入りスポットを見に行ったが、これもまた空振り。
なら燃料でも買いに行ったかと酒蔵の方に向かったが、此処にもいなかった。


今朝は「色々やる事がある」と言っていたが、その“やる事”とは何だろうか。
恐らくそれに関わる事に精を出していると思うのだが。



このまま何も情報なし、手ぶらのままで戻る訳には行かない。

洋閏の脳裏に、小さな子供の背中が過ぎる。
待ち続けているその気持ちを、無碍にするような真似は出来ない。


とは言ってもこれ以上の当ては─────




(………そう言えば、金蝉殿は何をしているんだ?)




上司ばかりを当てにしていて、すっかり忘れていた。
子供に最も近い存在である保護者の事を。


悟空が何よりも待っていたのは、保護者の迎えだ。
そして彼は、上司二名とも仲が良い。

金蝉童子も忙しい身ではあるが、上司二名はあまりそれを気にしていないようで、しょっちゅう部屋に行っている。
その理由の殆どは悟空を構いつける為であろうが、ついでに保護者も何事かに巻き込んでいるようだった。


悟空を預けに来る位だから、恐らく忙しいのだろうが、上司の行方を聞く位は許されるだろう。
聞くのは必要最低限、聞いたら直ぐに退室すれば良い。

その際、悟空の事は伝えるべきだろうか。
しかし仕事の真っ最中ならどうしたって迎えには来れないだろうし、余計な事を言ったと思われるかも知れない。
上司二名は彼と親しくとも、自分は単なるその部下であって、決して懇意ではないのだから。




(部屋に入れなくとも、誰かいれば聞ける。それで十分だな。大将と元帥もいるなら判るだろう、何せ目立つし)




そう思い至ってから、洋閏は真っ直ぐに観世音菩薩の館を目指す。
彼女(と読んで正しいのかはさて置いて)の甥である彼の部屋は其処にあるのだ。



上司のいる館とは少しばかり作りの違う道を進む。


あまり立ち入る事のない空間だからだろうか。
出来るだけ粗相をしないように気を配りつつ、廊下を歩く。

しかし洋閏の緊張など何処吹く風で、時折擦れ違う文官達は、此方の事など殆ど気にしていない。
第一小隊の制服は、大将の出入りが多いので見慣れているのだろう。


擦れ違う文官の一人を捉まえて、金蝉童子の執務室を聞き出す。
真っ直ぐ行って突き当たりを曲がれば直ぐだと教わり、短い礼を述べて其方へ向おうと踵を返す。

─────その時。




「あーもう!お前ら要領悪過ぎんだろ!」




響いた声は自分のよく知る上司の片割れであった。
それに続いて、もう一人の上司の声がする。




「そうですか?でもほら、綺麗になりましたよ、此処」
「いや、もうちょっと配色考えろよ。目痛えだろ」
「みみっちい事言ってないで、次行きましょう、次。あ、これお願いします」
「ちょっ、待てコラ押し付けんな!」




何をしているのかは全く謎だが、此処に子供の保護者は勿論、上司二名もいる事は判った。


しかし、見つけたら見つけたで、洋閏は途方に暮れてしまう。

同僚に頼まれたのは“様子を見に行く”事までで、例えば連れてきてくれと言われた訳でもないのだ。
「命令なくば自己責任」がモットーとは言え、勝手の違う場所であるし、洋閏はどうしたものかと立ち尽くす。


そうしている間に、角向こうからは何やら賑やかな音が響いていた。




「待て待て待て金蝉。それはないだろ」
「…………」
「凄いですね、折り紙の飾り切り。提灯ですか?それ」
「……いや……」
「普通に細長く切れば良いのに、なんでそうなるんだよ?」




一体何をしているのか。
第一、其処は金蝉童子の執務室ではないのか。

聞こえている限りでは、金蝉童子も仕事をしている様子もないし、上司二名もそうだ。
今日は忙しいから子供の相手が出来なくて、第一小隊が狩り出されたのではなかったか。


角の壁に張り付いて、そっと向こうの様子を伺う。
あるのは騒がしい空間を仕切る扉で、やはりその向こうは騒がしい。




「天蓬、飾るの飽きたなら、金蝉と変わってくれ。金蝉にやらせてたら進まねえ」
「いいですけど」
「金蝉、お前こっちな。テープで止めるだけだから簡単だろ」
「あ、ダメですよ、金蝉に脚立登らせちゃ。極度の運動音痴なんですから」
「………煩い!」




間を置いての金蝉童子の怒鳴り声に、洋閏の方が驚いてしまった。
しかし部屋の向こうは相変わらずで、大将と元帥はマイペースにしている。




「あー、そうか。んじゃ下の方でいいや。上は俺がやるから」
「それもいいんですけどね。貴方、他にやる事あるでしょう。そっちはどうしたんです?」
「そりゃ朝の内に終わらせた」




朝の内。
先ず間違いなく、明朝の第一小隊収集の後だろう。




「お前の方こそ、午前中に揃えとけって言ったじゃねーか。なんでこうなってんだよ」
「色々起きたんですよ、事件が」
「…大方、本の下に埋まって取り出せなくなったんだろうが」
「いやいや。そんな事は」
「……だからお前に任せたくなかったんだよ!」
「って言いますけど、全員でやろうって言い出した上に役割分担したのは貴方でしょ?」




一体何をしているのか。

どうにも邪魔をするのは憚られそうなので、洋閏はこっそりと部屋の扉を開ける。
出来るだけ中の人々に気付かれないように。



ドアの隙間から見えたのは、無機質な執務室ではなかった。


連なる、色とりどりの紙の輪。
それらは白い壁を覆うようにぐるりと空間を飾る。
いつもはきっと埃もないだろう床には、それらを作った残骸らしき小さな紙屑が散乱している。

本来なら堅苦しい書類が詰まれているだろう執務机の上には、大きなダンボール。
何かが頭を出しているようだが、それが何であるのか、洋閏には確認出来なかった。


暇を持て余した名残だろうか、何故か紙飛行機が落ちている。
それは昨日、子供が飛ばしたまま放置されたものだったのだが、洋閏がそれを知る由はない。


凡そ、生真面目な男が仕事をする場所とは思えない。
なんだかお遊戯会でも始まりそうな雰囲気だった。




「夕方までに終わんのか?これ……」
「その“夕方まで”だって、大分遅めの想定なんですけどね」
「お前が部屋の掃除さえしていれば、こんな無駄な手間はかけずに済んだんだろう」
「だそうですよ、捲簾」
「なんで俺の所為になるんだよ!お前だろ、お前」
「貴方が僕の部屋の掃除をしていれば」
「手前でやれよ!」




金蝉童子に続いて大将にまで怒鳴られたのに、元帥は全く気にしていない。
つくづく神経の太い人だと思う。

……いや、それよりも。


彼らが何かの準備をしているのは察したが、一体何の準備しているのだろうか。

見た感じではやはりお遊戯会を彷彿とさせる。
こういうものなら、あの子供も一緒で良いと思うのだが。
わざわざ第一小隊を借り出してまで追い出さなくても良いだろうに。




「しかし、ちょっと可哀想な事したかも知れませんね」
「ん?悟空のことか?」




丁度良く聞こえて来た名前に、洋閏は耳を澄ます。




「まあな。確かに、仲間はずれみたいになっちまってるし」
「今日の事は知らないんですよね?」
「ああ」
「知ってても気付いてないかも知れませんけど」
「ってか、今日がそうだって…つーかそういう日があるって、悟空は知ってんのか?」
「さあな」




金蝉童子の素っ気無い言葉に、大将がおいおい、と声をあげる。




「知らなかったら意味なくねえか?コレ」
「良いじゃないですか。初体験って事で、意味も一緒に教えてあげれば」




のんびりと言いながら、元帥は色紙に鋏を入れる。
シャキシャキと小気味の良い音が鳴る中で、まあそういう考えもあるか、と大将が呟いた。

しゃらりと音がして伺えば、金蝉童子が連なった輪を持って窓辺に立った所だった。
セロハンテープで輪を窓に貼り付ける手付きは、大将や元帥に比べ、随分不慣れだ。
彼がこう言った類の作業に馴染みがないのは、見ていれば直ぐに判る。




「なあ天蓬、其処の窓にメッセージ貼っとくか?此処は金蝉がやったって」
「ああ、いいですねえ。喜びますよ、きっと。金蝉が自分の為にしてくれたんだって」
「やめろ」
「マジックペンって何処にあります?」
「ダンボールの中」
「やめろ!」




金蝉童子が止めるのも聞かず、元帥がダンボール箱の中を漁り始める。
まだ貼り終えていなかった輪を放り投げて、金蝉童子が憤怒して元帥を止める。
それを脚立の上から見下ろす大将は、ゲラゲラと笑っていて。






「いいじゃねーか、お父さん。子供の誕生日ぐらい、素直になってやれって」






─────ああ、どうりで。



思わぬ言葉に、洋閏は納得した。


進んで構いつけている子供を、追い出すように自分達に預けたのも。
待ち侘びる子供をそのままに、大人三人が揃って賑やかにしているのも。

全ては、あの子供に喜んで欲しいから。




「捲簾、こんなの出来ましたけど」
「頼んでねーもん作るなよ!」
「……もういいだろう、使えるならなんでも」
「お前も最近大雑把になってきたな」
「何処かの喧しい奴の所為でな」




憎まれ口のようで、苦笑しているようでもあって。
偏屈で無愛想と評判の男にこんな一面があるとは、少々驚いた。

けれど、きっとあの子供にとっては普通なのだろう。
ぶっきら棒で冷たいようで、でもあの子供は大人が思う以上に察しが良いから、知っている筈だ。
自分に向けられた確かな愛情に。


此処まで来て、洋閏は自分達の考えや心配が余計なお世話である事を察した。




「輪っかばっかりじゃ悟空も詰まらないでしょう。さっき金蝉が作った奴も使いましょうよ」
「……いい。捨てろ」
「よし、飾ろうぜ。目立つとこ」




部屋の主の制止など、最早上司二名には聞こえていない。
金蝉童子も諦めてきているようで、溜息を吐いて二人を放置する事にした。




(俺が入れる場所じゃないな)




洋閏はドアを閉めて、踵を返す。




(それにしても、楽しそうなのは結構だけど)




部下の気配にも気付かないというのは、どうなのだろう。
少し浮かれ過ぎてはいないだろうか。

いや、若しかしたら気付いていて、無視していたのかも知れない。
夕方までには終わらせる筈だった準備が、一向に終了の目処が立たないから、此方には構っていられないとか。




(自分達だけで盛り上がってるのは、ちょっとなあ)




洋閏の脳裏に過ぎるのは、やはり、小さな子供の小さな背中。
空を見上げて迎えを待ち侘びる子供は、確かに元気で無邪気だけれど、そろそろ限界なんじゃないだろうか。



今日の任務は、『観世音菩薩及び金蝉童子の庇護・監視下にある異端の子供を、金蝉童子に代わって監視』。
それ以上の命令はなく、どのように監視をするのかまで定められてはいない。
だからこそ、あんな風に鬼ごっこなんて遊びに興じていられたのだが。


それと同時に洋閏は、今更ながらに知る。
今日の任務はもう一つあると言う事を。

監視と言う名の遊び相手を任された自分達には、子供を楽しませる義務がある。
寂しい思いや悲しい思いなんて以ての外だ。


─────それに、なんでも今日は、あの子供の誕生日だと言うし。





(別にこれは、命令違反じゃないよな)





仮に命令違反だったとしても、気にするような隊じゃない。
一瞬、脳裏を過ぎったいつかの罰ゲームに一瞬背筋が凍ったが、それは今は忘れていよう。





張り切っている保護者たちには悪いけど。


彼らが一番するべきは、あの子供に寂しい思いをさせない事だ。


























気合が入るのは良い事だし

楽しそうなのも良い事だけど



其処に一番あるべきものがない事に、意外と当事者たちは気付かない


どうか早く気付いて欲しい



綺麗な折り紙も

美味しいお菓子も

確かにとても嬉しいだろうけど



あなたたちが一緒にいるだけで、望む世界は完成すると



















FIN.



後書き