始まりの日




寒い木枯らしの吹く季節は、山の中も静かなものであった。

実りの秋の間にたっぷり胃袋を満たした動物達は、巣に篭って丸くなり、春風を待って眠る。
虫達もその多くは命を小さな灯にさせ、殻の中に閉じ籠り、目覚めの時を待つ。
冷えた水の中もそれは同じで、季節毎の繁殖の巡りや、命の攻防はあれど、多くは只管に穏やかな春を待ち侘び、密やかに命を繋ぎ続けて行く。


秋に赤色に色付いた葉が落ちると、山の中の景色は、とても物悲しいものになる。
更に雪が降って、景色が全て白に覆われると、しんとした静けさもあって、悲しさは寂しさになり、世界を切り取って孤立させる。

けれども、それは次に芽吹く命の為のもの。
雪が溶けて大地に沁み渡り、それを飲んで、植物達は重い雪の下でじっと時間が過ぎるのを堪えている。
冬に山が雪で覆われるから、春になって川水になり、夏の日差しの間の水田を潤してくれるのだ。


だから春になって、息を潜めていた山の住人達が目覚める時、一気に賑やかになる空気が、悟空は好きだった。




「────よっ、と」




確りとした太い幹に足をかけて、揺れない枝の根本を掴んで、体を上に持ち上げる。

その動きはとても身軽で、大人達から猿猿と揶揄されるのも、無理もない事のように見えた。
が、今現在、それを口にして悟空を怒らせる者は、いない。



月初めの仕事の忙しさで不機嫌になっている保護者の邪魔をするまいと、悟空は朝食を済ませた後、早々に山に逃げ込んだ。

慌ただしい寺院内にいれば、漏れなく修行僧の嫌味な台詞を聞く事になる。
特別、気になるものではないけれど、耳に届くとどうしても聞こえてしまうもので、そうなると頭の隅に影を残してしまう。
もやもやとしたモノを抱えるのは嫌だったから、そんなものが聞こえない場所に逃げたのは、防衛本能としては当然の選択であった。


ばたばたと忙しない寺院内に比べると、同じ賑やかさでも、やはり山の中の方が居心地が良い。
この賑やかさは、冬の間眠っていた動物達が目覚め、活動を始めた事によるものだった。

生命の鼓動がもたらす賑やかさは、悟空にとって、とても耳に嬉しいものだ。
もう一人で遊ぶ寂しさを感じる事もないし、飽きて時間を持て余す事もない。
枯れ木も山の賑わいとは言うが、やはり葉が生い茂り、呼吸をしているのを見ると、「こっちの方が好き」と悟空は思う。




「お、あった」




高い木の中腹まで登った悟空は、ぽっかりと空いた洞を覗き込んだ。
中は暗くてよく見えなかったのだが、洞の住人は、光の取り込み口が陰った事に気付いたらしい。
もぞもぞと中で動く気配があった後、ひょこり、と住人が顔を出す。




「へへ。おはよー」




顔を出した野リスに挨拶すると、野リスはことりと首を傾げて悟空を見上げる。

動物達が悟空を見て逃げ出す事は殆どない。
悟空に害意がないこと、可惜に手を伸ばして来ない事を、彼らは理解していた。


野リスは、秋に見た時のように、頬袋をぷくぷくと膨らませてはいなかった。
彼らは今、自分の腹を満たす事よりも、次の世代を育てる事に忙しい。

ノリスは、クルッ、クルッ、と喉で鳴いた後、いそいそと巣の中に戻って行く。
もう一度悟空が巣の中を覗き込むと、沢山の丸い眼が此方を見上げていた。
小さな毛玉がころころと固まって丸まっていて、その傍らに親が佇んでいる。




「兄弟、一杯いるんだなあ。良かったな、寂しくないぞー」




悟空の声に、毛玉達が揃って首を傾げている。
その光景に微笑ましくなって笑みを零し、悟空は洞から顔を放した。


枝を蹴って宙に跳び出し、地面まで一息に落下し、すとん、と軽く着地。
足元の地面には草が茂り、クッションの役割になって柔らかなものであった。

そのまま腰を落として座り、ぱたん、と上半身も倒す。
茂る枝葉の隙間から、太陽の日差しが零れて差し込んで、悟空を包み込んだ。
斑に落ちる木漏れ日の眩しさに目を細める。




「んーっ……」




やはり、春の日差しは気持ち良い。
ぽかぽかとして、柔らかい光と温もりに、ふわりと眠気もやって来る。

ちちち、と鳥のさえずりが聞こえて来る。
冬の空でもその声は聞こえていたが、目を閉じれば判る、聞こえて来る数が違っていた。
茂みの中を駆け回る動物の気配もあるし、川のせせらぎの音もする。


どうしようかな、寝ようかな。
でも遊びたい気もするし。

そんな事を考えながら、悟空は大の字でぼうと空を眺めた。



─────茂みを分ける、動物の足音とは違う音を聞いたのは、そんな時。




「お、いたいた。やっと見付けたぜ」




聞こえた声に悟空が目を開けると、木漏れ日を遮る緋色があった。

悟浄、だ。




「……なんで?」




なんで悟浄が此処にいるの、と言う問いかけに、彼は応えなかった。

火のついていない煙草を咥えたまま、悟浄は寝転ぶ悟空の足を掴んで引っ張り上げる。
当然、悟空は重力と逆さまの格好を強いられる羽目になり、慌てて両腕をばたつかせた。




「ちょっ、なんだよ!?」
「なんだじゃねーよ、散々探し回らせやがって。しかもこんな林の中で昼寝かよ。優雅なもんだな、オイ」




悟浄は悟空の両足を掴んで、あろうことか、立ち上がった。

背の低い悟空と、上背のある悟浄と言う組み合わせである。
悟空は上下逆さまで宙ぶらりんにされてしまった。




「下ろせよ、バカ!カッパ!ハゲ!」
「ハゲは三蔵だろ!」
「カッパってハゲじゃん!頭の皿とか────いてっ!」




足を掴んでいた手がパッと放され、悟空は頭から地面に落ちた。
ガンガンと痛む頭を押さえながら、起き上がって蹲る。




「いってー……なんなんだよ、もう」




恨めし気に悟浄を睨めば、にやにやと、揶揄っていると判る表情。
ムッとして、仕返しに目の前にあった右足を蹴飛ばしてやった。




「ってーな、なんだよ急に」
「こっちの台詞だ!」




折角のんびり、昼寝でもしようかと思っていた所に、この仕打ち。
悟空が憤るのは当然の事だ。

悟浄は、睨む悟空に「悪かったよ」とおざなりな詫びをした後、くるりと背を向けた。




「そんじゃ、さっさと帰ろうぜ」
「帰る?なんで?」




思ってもいなかった悟浄の言葉に、悟空はきょとんとして首を傾げた。
なんでって、と此方を振り返った悟浄が言いかけたが、其処から止まる。




「?」




腕を組んで何かを思案する悟浄に、悟空はことんと反対側に首を傾げた。

それからしばし、悟浄は動きを止めていたのだが、組んでいた腕を解くとまた背中を向けた。
そのまま歩き出した悟浄に、悟空は訳も判らないまま、後を追い駆ける。




「なあ、ひょっとしてオレを呼びに来たの?」
「ま、そんなトコだな」
「なんで?どうして?」




悟浄に呼ばれるような用事など、今日はなかった筈。
ひょっとして三蔵が呼んでいるのか、とも思ったが、今朝の忙しさを見れば、悟空に構っていられるような余裕はあるまい。
坊主達が何某かケチをつけてきて、悟空に関する事で苦情を言っているなら考えられる話でもあるが、一々仕事の手を休めて、悟空を呼んでまで説教をする事はないだろう。

益々、悟浄が自分を呼びに来たと言う理由が判らず、悟空は困惑する。
そんな子供の様子が判らない悟浄ではなかったが、彼はもう何も言わず、帰路への道を黙々と歩いたのだった。




















悟空が悟浄に引っ張って行かれたのは、三蔵がいるであろう、執務室ではなかった。

その隣になる寝室の前で悟浄は足を止め、執務室に入ろうとする悟空を呼び止める。
こっちだ、と言って寝室のドアを指差す悟浄に、悟空は首を傾げた。



三蔵の寝室と言うのは、基本的にその部屋は他者には不可侵の領域だ。
執務室も坊主は用がなければ立ち入らないが、寝室には尚の事入って来ない。
精々、早朝の執務の呼び付けと、食事を運んでくる時のものだった。

数日に一度、寺院にやって来る悟浄と八戒も、寝室には殆ど入った事がなかった。
彼らの要件は執務室で済ませられる場合が多く、寝室と言う、完全なプライベート空間に立ち入る必要はないからだ。


とは言え、三蔵の寝室は、悟空の寝所でもある。
だからその部屋に入る事には、特別、抵抗のようなものは感じない筈なのだが、




「……こっち?」
「こっち」




指差して確かめるように問う悟空に、悟浄が同じ言葉を返して頷いた。


今朝、山に行く為に出て以来、今日は夕刻までは帰らないだろうと思っていた、寝室。
入る予定がないと思っていたから、こんなに抵抗を感じるのだろうか。

ドアの前で、固まったように動かない悟空。
悟浄はその後ろでのんびりとしていて、火のついていない煙草を遊ばせている。
いっそのこと、押してくれれば良いのに、と思いつつ、悟空はドアノブを握った。


─────ギ、と微かに軋んだ音を立てて、ドアが開かれた、途端。




パン、パン、パン、と大きな破裂音が鳴り響く。




何が起きたのか、俄かには理解できず、悟空はびくっ!と肩を跳ねさせた。
そんな子供とは裏腹に、にこやかな声が降ってくる。




「ハッピーバースディ、悟空。誕生日おめでとうございます」




はい、拍手、と言いながら、パチパチと手を叩く八戒。
それに倣うように後ろからも手を叩く音がして、振り返ってみれば、悟浄が仕方のなさそうな表情で手を打っている。


…………これは、何。


ぱちぱちと、悟空の眼が瞬きを繰り返す。
そんな金瞳の視界の中には、ひらひらと紙吹雪が舞い散り、ふわふわとカラーテープが揺れて床へと落ちて行く。

手を叩く八戒の向こうには、ベッドに腰掛けた三蔵が面倒臭そうな表情をしていた。
が、そんな彼の手に、パステルカラーの三角錐が握られていて、表情との不釣り合いさがなんとも可笑しさを匂わせる。



くしゃ、と後ろから、頭を掴むようにして大きな手に撫でられた。
そのまま押されるようにして部屋に入ると、どうぞ此方へ、とまるでエスコートされるように八戒に促される。

悟空は、まだ何が何だか判らない。
取り敢えず、部屋の主である筈の保護者の名を呼んでみたが、彼は此方を見る事もしなかった。
頬杖をついて顰め面をしている様は、不貞腐れているように見えなくもない。




「さあ、悟空。お待ちかねのものですよ」




八戒のその言葉に、お待ちかねって何が?と問おうとしたが、出来なかった。
目の前に出て来たそれに、完全に心を奪われて。




「ケーキ!」




丸い大きなワンホールケーキ。
十本の火のついたキャンドルを立てて、飾られた苺の数も多くて、真ん中にはチョコレートプレートが乗っている。
サイドにも搾り出された生クリームが品よくデコレートされ、銀色のパールショコラが光っていた。

八戒がよくケーキやパイを作るので、悟空は寺院と言う質実剛健を絵にかいたような───現実がどうかはともかくとして───場所で住んでいる割には、洋菓子は舌に馴染んでいる方だった。
また、凝っていればいる程(美味い事は当然の前提なので)悟空が喜ぶので、八戒も手のかかるものをせっせと作っては持って来る。
だから舌と同時に目も肥えている悟空であったが、それでも、目の前にあるケーキは豪勢だった。
何せ白生クリームのスポンジケーキと言えば、シンプル故に、作り主の力量とセンス次第で華やかに彩れるものだから、八戒が此処ぞばかりに腕を振るえば、そんじょそこらのパティシエなんて目じゃない程の豪華なケーキが完成するのも当然だ。


きらきらと目を輝かせた悟空に、八戒がくすぐったそうに笑みを零す。




「腕によりをかけて作ったので、美味しく出来てると思いますよ」




八戒の言葉に、悟空がこくこくと首を縦に振る。
元より、悟空が八戒が作った料理の味を疑う訳がなかった。




「早く!早く食おう!」
「はいはい。今切り分けますから。じゃあ、その間に……」
「へーい。ほれ、悟空」




ケーキナイフを取り出す八戒に促され、悟浄が悟空を呼ぶ。

早くケーキを食べたい悟空だったが、八戒が切り分けるまでは我慢せねばなるまい。
名残惜しく思いつつ、悟浄の下へ急ぐと、




「ほらよ」
「わっ」




放られたものを反射的にキャッチする。

両腕で抱える程度の大きさのそれは、硬い箱のようだったが、外観はとても華やかな包装紙でラッピングされていた。
そんなものを生れて初めて手渡された悟空は、「何これ?」と首を傾げる。
箱を掲げたり、覗き込んだりして眺めていると、ラッピングのリボンの端に文字を見付けた。




「…これ、なんて書いてあんの?」




英字で書かれたそれを、悟空は読めない。
煙草の銘柄であるハイライトやセブンスターは、三蔵と悟浄がそれで呼ぶので覚えたが、それ以外はからきしだ。

しょうがねえな、と悟浄が覗き込み、




「ハッピーバースディ、誕生日おめでとう、だとよ」
「……たんじょーび?」




悟浄の言葉に、悟空はぱちりと瞬きして、顔を上げた。
きょとんとしたその表情を見て、三蔵が呆れたように溜息を吐く。




「手前、自分が決めた自分の誕生日も覚えられねえのか」
「え、いや……えーと……?」




誕生日、誕生日……頭の中でぐるぐると考えてから、そう言えば決めたような、と思い出す。
遅い反応を見た保護者は、三割増しに眉間に皺を刻んだ。




「俺にも祝えっつって、この日に決めたんだろうが」
「あ、そーだっけ……?」
「………この馬鹿猿!」




景気の良いハリセンの音が響いて、悟空が頭を押さえる。




「いってー!何すんだよ、三蔵!」
「何じゃねえよ。お前の我儘のお陰で、俺がどれだけ苦労したと思ってやがる」
「ンな事言われたって……オレ、今日は大人しくしてたじゃん。邪魔してないよ」




────月初めの忙しさの事だけで言えば、三蔵の今日のスケジュールは、常と然程変わってはいなかった。
しかし正午を過ぎた頃、ケーキを持って悟浄と八戒が来訪してから、事情は変わった。


数か月前の悟空との誕生日に関する遣り取りを覚えていた彼らは、三蔵の大方の予想通り、彼を祝う為に寺院へやって来た。
しかし当の本人は不在で、保護者は仕事に追われており、養い子の誕生日の事など構っている暇はなかった。
悟空が忘れている事や、常と同じ調子で外に遊びに行っている事は、悟浄たちにとって予想の範囲内の事。
そして三蔵が仕事を優先しているのも予想している事だったので、これを強引に誕生祝に参加させる為、残っていた仕事をとにかく早く済ませるように約束させた。

三蔵からしてみれば、今日一日をかけて、運が良ければ明日に持ち越さないで済んだ程度の仕事量を、強引に片付ける羽目になったので、一時の仕事量が倍以上に増えたのと同じ事だ。
お陰で午後からは時間が開けられたが、疲労感も倍増ししたような気がする。
だから決めるならもっと遅い日にしろと言ったのに、とにかく四月の早い時期!と臨んだ子供は、意地でもこれ以上誕生日を伸ばそうとはしなかった。

………それで祝われる当の本人が忘れていたとなれば、三蔵の不機嫌が尚一層酷くなるのも、無理はないか。



青筋を浮かべる程の不機嫌を露わにする三蔵に、悟空は慌てて八戒の影に隠れる。
切り分けたケーキをデザート皿に乗せていた八戒は、その振動でケーキを横倒しにしてしまった。
あ、と八戒が声を漏らすも、しがみついた悟空は小さな事件には気付いていない。

取り敢えず、倒れたケーキは悟浄か三蔵に食べて貰う事にして。
八戒は、一つ大きく切ったケーキを取り分けて、一緒にチョコレートプレートも並べた。




「さあ、もう食べても良いですよ、悟空」




八戒の言葉に、悟空がぱっと顔を上げる。
一つ大きなケーキを差し出せば、悟空は喜び一杯の顔でそれを受け取り、フォークを刺した。

大きく口を開けて、ぱく、と一口。




「んまーい!」




口一杯に広がる上品な甘さに、幸せの絶頂に達したように、悟空は頬を赤らめた。

嬉しそうな悟空の表情に、八戒も頬が綻ぶ。
それから八戒は、悟空の脇に抱えられた箱を見て、




「悟空、プレゼントの中は見たんですか?」
「……ぷぇぜんふぉ?」




フォークを咥えたまま、何それ?と首を傾げる悟空。
それを見た八戒は、悟浄と顔を見合わせ、




「……そういや、ケーキの話はしたが、プレゼントの事は言い忘れてたな」




数か月前の会話内容を頭の中で再生して、悟浄が言った。
そう言われれば、と八戒も、ぼんやりと思い出す。

もごもごとケーキを食べて首を傾げる悟空に、八戒は一つ咳払いをする。




「ケーキもそうなんですが、誕生日プレゼントと言うものがありまして。お祝いですからね。記念品と言うか、そういうものを贈るんですよ」
「…じゃあこれ、貰っていいの?」




抱えていた綺麗な箱を見て訊ねる悟空に、八戒は頷いた。
ぱあ、と金色が嬉しそうに輝く。




「ね、ね。開けていい?」
「ええ、どうぞ」




悟空はベッドの縁────三蔵の隣に腰を下ろして、箱を絡めていたリボンを取り、包装紙を剥がす。
剥がす手が急くように慌てて、所々ビリビリと音を立てたが、気にする者はいない。

包装紙を退けて、出て来た箱の蓋を開ける。
すると其処には、綺麗な発色をしたクリーム色の靴が入っていた。




「今履いている靴、大分草臥れてますからね」
「そろそろ新しくしねえと、みっともねえだろ」
「……どうせ直ぐ同じだけ汚れると思うがな」




確かに、悟空が履いている靴は、毎日の外遊びですっかり汚れ、見様によっては不格好に思うだろう。
悟空自身は見た目についてはあまり気にした事はなかったが、そろそろ靴底が剥がれそう、とは思っていた。
けれども、まだまだ履く事に問題はないから、新しい靴は必要ないと考えていた。

しかし、こうして新しい靴を前にすると、やはり嬉しくなる。
生まれて初めての誕生日プレゼントと言うから、尚更。


三蔵は素っ気ない事を言ったけれど、それは暗に「無理に綺麗に使わなくていい」と言う事とも受け取れる。

山の中で遊び回ったり、三蔵の仕事についていって妖怪退治をしていれば、彼の言う通り、新品の靴でも直ぐに汚れるだろう。
それを気にせず、思い切り使えば良い、と言う事だ。




「ね、履いてもいい?」




確かめる傍から、悟空は既に靴を脱いでいる。
待ちきれない様子の子供にくすくすと笑いながら、八戒が頷いた。




「サイズ合わなきゃ言えよ。三蔵様が買い換えてくれっから」
「…買ったのはお前らだろうが。なんで俺が仕替えなきゃならねえんだ」
「お前、折角の小猿ちゃんの初めての誕生日よ?何もしてやんねえつもり?」
「お前らが勝手にやるやるって突っ走ったんじゃねえか。俺は関係ない」
「クラッカー持ったままで言われても、説得力ありませんよ」




八戒の言う通り、三蔵の手には、未だにパステルカラーのクラッカーが収まっている。
捨てるタイミングがなかっただけだが、確かにこれで「祝う気はない」と言っても、説得力はない。

苛立ちをぶつけるように、三蔵はクラッカーを悟浄に投げつけた。
紙で作られたそれに如何ほどの攻撃力があろうかと言うものだが、悟浄はわざとらしく避けてやる。
その様がまた三蔵の苛立ちを煽る。


が、そんな大人達の遣り取りは、子供には興味のないもので、悟空は靴を履き返ると、立ち上がって足元を確かめるようにステップを踏む。




「うん、いー感じ!」




見下ろせば、綺麗な発色があって、靴裏もしっかりとした厚みがあって。
今直ぐこれで山を駆け回りたい、と思う程、悟空は嬉しくなっていた。

でも今はこっちが先、とテーブルに置いていたケーキをもう一度取って、フォークを刺す。




「んー、ふへへ」
「ニヤニヤすんな、気色悪い」
「だってうれひーもん」




甘い幸せを堪能しながら、悟空は言った。


生まれて初めての誕生日。
三蔵に拾われてから、時間が動き始めてから、初めての。

これで嬉しくないなんて、言える訳がない。




「誕生日って、楽しいのな」




毎日こうならいいな、と思いつつ。
それだときっと、面倒臭がりな保護者は祝ってくれなくなるだろうし、二人の友人もいつか飽きてしまうだろうから、やっぱり年に一度が丁度良いのだろうなと思い直す。







こんな楽しさを、こんな幸せを、いつか。


いつか返す事が出来ればいいと、思う。































それは誰もが持っている、始まりの日



芽を吹いて、呼吸をして、目を開けて

最初に刻まれる、始まりの記憶






だから一番最初の記憶は、溢れる位の幸せで一杯にして


いつか思い返す時、君が笑ってくれている事を願ってる





















FIN.



後書き