学校
悟浄×悟空






何処で買ってきたのか、同居人が渡した教科書と問題集。
それと睨めっこしている子供が、一人。

行き詰ったか、それとも単純にもうやりたくないのか。
恐らくは後者であろうと悟浄は勝手に予想をつけていた。







手に持った鉛筆が動かなくなってから、かれこれ三十分は経つ。
やる気がなくても、投げ出そうとしないのは、ご褒美の約束があるからだ。
買い物の為に町に出た八戒が帰ってくるまでに、指定された問題を全部解く事が出来たら、ご褒美のおやつが貰える。
今日のおやつはシュークリーム、しかもホイップクリームとカスタードクリームの二層にすると言っていた。
甘いものが大好きな子供にとって、それは何よりも甘美な誘惑。

帰ってくるまでに問題が解けなくても、きっと八戒はご褒美のおやつを差し出すだろう。
ちょっとランクは下がってホイップとカスタードと別々のシュークリームを。
二つとも出すので、食べる分には何も変化はないだろうと悟浄は思っている。

しかし単純で素直な子供は、問題が解けなかったら、ご褒美もナシだと思っているらしく、
一向に進まない問題集をじっと睨みつけ、うんうん唸っていた。



いつまでこうしていられるだろうかと、悟浄が眺めるようになってから、十分が経つ。
意外に悟空は辛抱強く問題集と向き合っている。
これもおやつの成せるワザか。


────だが、それもとうとう限界になったらしい。








「あーっ! ダメ、全っ然判んねぇ!」








持っていた鉛筆や教科書を放り投げる事は、辛うじて押し留められたらしく。
けれども勢いはそんなもので、悟空は椅子の背凭れにバタッとその背を押し付けた。







「なんだ? 遂にご褒美も諦めたか?」
「んな訳ねーじゃん! でも判んないもんは判んないんだよ!」







悟浄の言葉に、悟空がキィキィと高い声で抗議する。
それを右から左に聞き流しつつ、悟浄は悟空の手元にあった問題集を覗き込む。

指定された問題の半分程は解けていた。
正解か間違っているかは、知らないけれど。
常の悟空の忍耐力のなさを思えば、上等ではないかと思う。


が、約束は“指定した問題を全て解く”と言うもの。
其処に正解か否かは組まれていないあたり、八戒のこの子供への甘さが見えた気がするが、
それでも約束内容はきちんと守って然るべきものであると、悟空は信じている。
これは保護者の教育の賜物か、それとも生来の素直さか。



判らない判らない、という悟空は、すっかり頭が煮詰まっているようだ。
これ以上の続行は不可と見て間違いないだろう。







「ま、やるだけやったんだから良いだろ。ご褒美もちゃんと用意されてんだろよ」
「……でも全部って八戒が言ったもん」
「ちゃんと全部考えたんなら、あいつも赦してくれるだろ」







その甘さが悟空限定であるとは、当人ばかりが知る由もない。







「……そっかなぁ……」







呟いて、悟空が問題集に視線を落とす。

指定された問題の横には、書いて消してと繰り返した後がくっきりと残っている。
これだけで悟空の努力は十分評価されるだろう。


時々、悟浄も八戒に対して“甘すぎやしないか”と言う事はあった。
それに対する八戒の反応は、“悟空が頑張ったか否かが重要”と言った。
結果は後からついてくるもので、先ずはその時どうするかが大事なのだと。

以前は教師をやっていたと言っていた八戒だが、こういう時にその片鱗を見るような気がする。
子供の操縦方法をしっかり心得ているのだ。
……時々それが悟浄にまで向かって来るのには、甚だ不愉快であるが。



教科書を見て────眺めている悟空。
唇を尖らせた様は、勉強に疲れて拗ねている子供そのままだ。
問題集の白い部分がまだ気になるものの、食指は動きそうにない。

そういう子供の為にも、インターバルというものは必要不可欠なのだろう。





手を伸ばして、教科書、問題集ともに、閉じる。








「……悟浄?」








気が乗ればこのまま続行するつもりだったのだろう。
やる気がある時にやってしまうのは確かに良いだろうが、そろそろ子供の頭はガチガチに固まっているに違いない。
気持ちばかりが先行しても、結局は空回りで、また煮詰まってしまうだろう予想は難くない。







「外行くぞ、猿」
「猿じゃない!」







間髪要れずに帰ってきた声は、元気だった。







「いいから来い。それも置いとけ」
「だって全部終わってない」
「だからさっきも言っただろ。もういいんだっての」
「……だって」






─────頑固ではなくて、融通が利かないのか。
未だ手に持ったまま、紙面を走る事はない鉛筆を見て、悟空が俯く。



悟浄はがしがしと頭を掻いた。


こういうのは、保護者の影響だろうか。
あの面倒臭がりの金糸の男も、一度執務机に座ると中々動かない。
それは動くのさえ面倒で、下手に一度離れると仕事が溜まる一方だからなのだろうけれど。
子供は案外そういうものを見ているもので、悟空の目には“途中で放り出すのは良くない”とインプットされたか。
……それにしては、よく雑事をサボって町に繰り出すような気がするが。

だがそう思っているのは時々しかその顔を見ないからであって、
ずっと傍についている悟空にしてみれば、仕事を放り出す事の方が少ないのか。


いや、あれの内部事情は悟浄にとっては如何でも良いのだ。
その影響の所為で子供が案外融通が利かない事以外は。



でもその三蔵だって、仕事合間に煙草の一服ぐらいはするだろう。









「休憩すんのも、勉強のうちだぜ」









言って、悟浄は悟空の手から鉛筆を取り上げた。
反射的にそれを追い駆ける手を掴まえて、鉛筆は教科書の横に投げる。
コロコロ転がった鉛筆は、問題集の端に当たって止まった。

閉じられた教科書と問題集、机の上に乗って動かない鉛筆と消しゴム。
開いていれば問題の羅列に、早く終わらせなければ、と駆り立てられてしまうものだったけれど。


閉じてしまえば、其処にあるのは、ただの本と筆記用具。
“勉強時間”ではなくなった。







「八戒に怒られたらどうすんの?」
「怒られやしねーよ」







少なくともお前は────とは、言わずにおいた。
保護者と違って素直で純粋な子供は、それを言われたら慌てて勉強時間に戻ろうとするだろう。
悟浄が怒られないようにする為に。

今回ばかりはそれは要らぬ世話として、悟浄は悟空の手を引いて、門戸へ向かう。














同居人が戻ってくるまで、恐らく、長くはないだろう。


それまで一時、休憩時間。
















(一日で10のお題/3.学校)


悟浄×悟空というより、悟浄&悟空なんだよなぁ〜相変わらず…
ちょっとお兄ちゃん風吹かせて、「しょうがねぇなぁコイツは」ってのが好きです。

たまには悟浄も勉強教えてあげる事もあるんじゃないかなー。



お題元 Cosmos