困る
悟空







悩みがない奴はいいよな、と言われた。
子供ってのは気楽でいいな、と言われた。


…………失礼な、と思った。


悩みならある。
困る事だってある。

今が正にそうだ。








八戒が持ってきた手作りのシュークリームと、三蔵が仕事先から貰って来た茶饅頭。
茶饅頭は昨日も一つ食べたから、美味しいものだと判っているし、八戒のお菓子だっていつも絶品だ。

バスケットに入ったシュークリームは、ほんのり甘い香りがして、悟空の口内で涎が滲む。
その隣には、既存の箱の中、きちんと密封された袋が陳列し、綺麗な茶橙の色が悟空の食欲をそそる。
右に茶饅頭、左にシュークリームが並べられたテーブルに、悟空は顎をついて口を半開きにしていた。


常ならば一も二もなく、右手に茶饅頭、左手にシュークリームを持って同時に食べ始める所だ。
八戒も悟浄もそうだとばかり思っていたので、子供の停止に「おや?」と首を傾げた。






「悟空、食べないんですか?」
「………たべる」






八戒の問い掛けに、悟空は心此処に在らずという様子で短い返事をする。

「なら早く食えよ」と悟浄が促すと、これにも「うん」と小さく首を縦に動かす。
しかし、それっきり、悟空は饅頭にもシュークリームにも手を伸ばさなかった。


子供の意味不明な行動を理解できるのは、現在、絶賛仕事中の保護者のみ。
その保護者は説法だとかで執務室に不在で、どうしたものかと悟浄と八戒は顔を見合わせた。






「あの、悟空?」
「うん……」
「シュークリーム、温まっちゃいますよ?」






生温いクリームは、正直、余り美味くはない。
出来れば美味しい内に食べて欲しいもので、八戒はさりげなく悟空の食欲をせかしてみた。


ようやく、悟空の手がそろそろとシュークリームに伸ばされる。
ああ良かったと八戒が思ったのは束の間で、その手はシュークリームに触れる前に止まってしまった。
それから彷徨うように、シュークリームと茶饅頭の間を行ったり来たりする。

どちらから食べようか、迷っているのだろうか────いや、それなら両方同時に食べるのが悟空である。






「う〜………」






伸ばされた手は引っ込まないものの、右往左往してばかりだ。






「……何やってんだよ、お前……」





意図の読めない子供の行動に、悟浄が耐えかねて問い掛ける。

悟空の手はぱたりとテーブルに落ちて、視線だけが二つのお菓子を行ったり来たり。
そのままの姿勢で、悟空はもごもごと顎をテーブルに乗せたまま、口を開く。






「さんぞーがさぁ……」






ああ、やっぱり保護者が原因かと二人は思った。

悟空の意味不明の行動の理由が理解できるのは、唯一保護者のみ。
それと同じく、意味不明の子供の行動の原因に、保護者は大抵関わっているのである。






「なんかね、オレがね、甘いモン食い過ぎだって」
「…なんだそりゃ。今更じゃねーか、そんなモン」






ついでに甘いものに限らず、悟空の食事量は半端ではない。
それを5年近くも一緒に過ごしているのに、今更注意するのか、と悟浄は思った。






「見てて胸焼けするから、控えろって」
「それで、食べるか食べないか悩んでたんですか?」
「んーん。食うよ。食うけど……」





食べ物を前にして、食べるなというのは悟空にとって死刑宣告に等しい。
食べることを何よりの楽しみにしているのだから。

それを自身の精神的健康の為とは言え、一切合切を制限しようとは、流石にあの鬼畜な保護者も思わなかったようだ。
制限した後で空腹感に苛まれた悟空が、自分のいない所で何を仕出かすか判らない────という危惧もあるだろうが。
何より、なんだかんだ言って三蔵も養い子には甘いのだから。


悟浄と八戒がそんな事を考えているとは知らず、悟空はまた、手を伸ばす。
やはりそれはシュークリームと茶饅頭の間で彷徨い、








「三蔵がさ、一日一個にしろって言うからさ。どっち食べようかなって」







─────それが保護者の、精一杯の譲歩。

律儀な子供は、保護者がいない時にまで、律儀にそれを守っている。














帰ってきた保護者が、困りきった子供を見て、甘やかすのは目に見えていた。














(一日で10のお題/5.困る)


言いつけはちゃんと守ります。
……制限を言いつけた保護者がそれを自ら放棄するけど(笑)


お題元 Cosmos