失敗
三蔵&悟空






ガシャンと音がして、見飽きた紙面から視線を外した。
音の発信地であろう場所には、見慣れた子供が背中を向けて立っている。

その足元を見て、音の原因を知った。




──────またやったか。




それが三蔵が最初に抱いた感想である。

今月に入って何度目かと考えてから、今月はまだ2回目であった事に気付く。
悟空にしては随分と気をつけていた方だと言えるだろう。
……結局、割ってしまっているので、良い傾向と言えるかは定かではないが。


三蔵が漏らした溜め息は、完全に“呆れ”を含んだものだった。
敏感にそれを感じ取った子供の肩が跳ねて、そろそろと振り返り、蜜の瞳が此方を捉える。








「さんぞ……あの…ゴメン……」







視線を少し彷徨わせた後、悟空は気まずそうに三蔵に目線を向けないまま、短い謝罪を口にした。







「あの、あの…す、すぐ片付け」
「バカ猿、動くな」







おろおろと挙動不審な動作を取る悟空に、三蔵はぴしゃりと言い放った。
怒られる事に怯えているらしい子供は、ビクリと跳ねて“気をつけ”の姿勢。


ガラスの破片が散らばった、床の上。
キラキラと細かい破片が、窓から差し込む陽光に照らされ、憎いことに綺麗な虹彩を放っている。

その破片の虹彩の傍らに立ち尽くす子供は、裸足だった。
不用意に足を動かせば、尖った破片で足の裏を切ってしまう。
そうなると面倒にも世話をせねばならぬのは三蔵なのだ。



悟空はうーとあたりを見回して、ガラスの散らばった範囲を確認する。

飛び越せそうだと判断すると、前動作なしで悟空はジャンプした。
身軽に跳ねた体はガラスの上を難無く跳び越し、三蔵の執務机の前に下りる。


その悟空の頭に、三蔵はハリセンを落とした。






「動くなっつっただろーが。理解してねえのか、手前は」
「だって、動かないと掃除できない……」






ガラスの掃除ぐらい、僧侶を呼びつけて任せればさっさと済まされる。
けれども此処は三蔵の執務室で、誰がこの惨状を作り出したのかは一目瞭然。
また悟空に関する面倒な種を蒔いてしまうことになる。

三蔵はそれを面倒臭がったし、悟空も三蔵に迷惑がかかるのは嫌だと言う。
因って、割ったガラスの掃除は、余程酷い有様でない限りは、悟空自身が片付けることにしていた。


上目遣いで反論する悟空に、それにしたってな……と三蔵は言いかけて止めた。
どうせ言っても明日には忘れているのだから、無駄になる事は面倒なだけだ。



溜め息を吐いて、三蔵は室内に散らばったガラスをぐるりと眺める。






「ったく………」
「あの、ゴメン……さんぞ」
「謝ってねぇで早く片付けろ」
「う、うん」






パタパタと駆けて、悟空は隣室に赴いた。
正確には其処から更に廊下に出て、掃除用具を持ってくる為に。



それを見送って、三蔵はまた溜め息。


山の中で花を見つけてくるのはいい、持って帰るのも別に構わない。
八戒から貰ったと言う空ビンを花瓶代わりにするのも良い。

しかし、なんだってこうも水替えの度に落として割るのか。











「……ガラスだったのが失敗だな」











子供のドジは、今更責める気にはならない。


だから、このガラスという、不器用極まりない子供が扱うには危険な素材をチョイスした男に責任を押し付けることにした。














(一日で10のお題/5.失敗)


小さい子の食器は、基本的にプラスチック。
ガラスより軽いし、落としても割れないようにってね。


お題元 Cosmos