走り去った子供 那托&悟空 ふと持て余した隙間の時間。 いつものようにボトルシップ作りに専念していたら、バタバタと慌しい足音が二つ、聞こえてきた。 普段聞くよりも幾らか軽い足音と、合間に聞こえる金属のぶつかり合う音に、ああ、あの子達かと思い至る。 そして勢い良く開かれた扉の方を振り返れば、思った通り、元気で小さな魂が二つ。 「ごめん、二郎のじーちゃん! 匿って!」 「急げ急げっ! 来てるぞ!」 転がり込むように入室するなり叫んだのは、仲の良い二人の子供。 下界で生まれた金瞳の子供と、子供らしさを忘れかけていた異端の子供。 悟空と那托。 二人はバタバタと、ボトルシップの置いてある机の下に潜り込んだ。 椅子を片付けるだけの空間のある其処は、決して広いとは言い難い。 これから成長期を迎えるだろうと思われる、幼い子供達だからこそ潜れる場所。 ボトルシップがぐらぐらと揺れて、二郎神は慌ててそれを持ち上げた。 まだ乗せたばかりの部分の接着が完全ではない、転げたらバラバラになってしまう。 ボトルシップを手に机の下を覗いてみると、悟空と那托は身を寄せ合って小さく縮こまっていた。 自分達を見る二郎神の視線に気付いて、揃って人差し指を口元に当て、「しーっ」のサイン。 その様子に、今度はなんのイタズラをしたのかと、二郎神は眉尻を下げて笑みを零した。 程無く、廊下が騒がしくなる。 「あンのチビ共! 今日こそ許さねぇ!」 「あなた、本当によくイタズラされますよね。昨日も何かされてませんでした?」 「……遊び易いんだろ。同レベルだからな」 「おいコラ其処のおとーさんよ。子供の躾は親の役目なんだぜ。ちゃんとしねーと、碌な大人にならねえぞ」 「放って置いても、少なくともお前よりはマシな大人になる。大体、誰が誰の親だ」 「あなたが悟空の、ですよ。引き取ったんですから、ちゃんと面倒を見ないと」 三つの声と、三つの足音。 どうやら、今日も子供達は元気に遊びまわったらしい。 机の下の子供達は、声を出さないように口を手で抑え、限界まで縮こまる。 「しかし……お前までイタズラされてたとはな、天蓬」 「いえ、今までも何度かあったんですけどね。可愛いものだったから、いいかなと」 「お前があいつら怒るなんて珍しいな。何されたんだ?」 「下界で入手した本なんですけど、随分前に絶版になりましてね。内容も結構気に入ってたものなんですけど」 「………落書きでもされたか」 「あははははははは。ほーら、出ていらっしゃーい。怒ってませんよー?」 「……な? お前が躾してやんねーと、またこんな事になるぞ…」 「…………考えておく」 二人の名を呼ぶ大人達の声は。段々と遠くなる。 悟空と那托はその気配を探りながら、じっと根気良く蹲っていた。 やがて足音が聞こえなくなると、ひょっこり机の下から出てくる。 「あー、怖かった」 「天蓬が怒るのは意外だったよなー」 「そんなに大事だったんだ、アレ」 「だったらちゃんと片付けとけよなぁ」 「ボロボロだし埋もれてるから、もう読まないのかと思ったのに」 口々に好きに言いながら、悟空と那托は部屋の出口へと向かう。 二郎神は手に持っていたボトルシップを置いて、二人を眺めていた。 そっと扉を開けた悟空と那托は、廊下の様子を窺うようにキョロキョロする。 音を立てないように扉を大きく開くと、付近に大人達は見当たらないらしい。 ホッと息を吐いて、右に行くか左に行くか話している。 大人達が向かったのは左だったので、反対方向の右に逃げることにしたらしい。 くるり、二人が振り返り、二郎神の方を見た。 「ありがと、じーちゃん」 「助かったぜ。邪魔してごめんな」 「いいえ」 微笑んで告げた二郎神に、悟空と那托は笑顔になる。 夏の太陽を思わせる、明るく眩しい笑顔だった。 が、その笑顔が響いた声に強張った。 「あ! こんなトコいやがった!!」 「げっ! なんで戻って来るんだよ!?」 「ガキの行動パターンなんかお見通しだっつーの!」 「単にあなたもガキなだけでしょう」 「…だな」 「逃げろー!!」 廊下を塞ぐぐらいにドアを大きく開け放って、子供達は駆け出した。 それに遅れて大人達も走り出す。 しまりかけた扉を押し開けて、二郎神は廊下の向こうを見た。 其処から見付けられたのは大人達の背中だけで、子供達の姿は見えない。 けれども元気な声が聞こえるから、きっとまだまだ逃げ回るに違いない。 きゃあきゃあと甲高い声が遠くなる。 子供は風の子と言うが、あの二人は本当に風のようだ、何処までも吹き抜けて行ってしまう。 大人達はいつまで子供の無限の体力についていけるだろうか。 部屋の奥、観世音菩薩の寝所に繋がる扉が開いて、二郎神は振り返って挨拶をする。 それに対して帰ってきた返事は、おう、となんとも短いものだった。 寝起きなのだろう、少々乱れた髪をくしゃくしゃと掻きながら、観世音菩薩は室内をぐるりと見回した。 「如何なさいましたか? 観世音菩薩」 「ああ。誰か来たか?」 「はぁ……先ほど、悟空と那托太子が此処へ」 「─────ああ」 どうりで、と言う観世音菩薩の呟きに、二郎神は首を傾げる。 観世音菩薩は鼻頭をくすぐり、クツクツと笑う。 「太陽と風の匂いが残ってやがる」 (可愛い10のお題/6.走り去った子供) 子供は風の子元気な子。 イタズラはつきもの。 でも相手を選びましょう(笑)。 お題元 Cosmos |