熱愛報道?




事務所に入るなり、会社のプロダクション社長に呼び出された。


悟浄が女性関係で何某かのトラブルを起こして呼ばれる事はあったが、悟空が呼ばれる事は滅多にない。
ミスを叱られるほど新人ではないし、悟空は生まれ持っての性格が幸いしてか、多少の失敗で恨みを買う事はなかった。
勿論、必要なだけの注意はされるけれど、芸能界に入ってからそれなりに年月が経つ。
いまいち自分が芸能人であると言う自覚は薄いが、素人感覚と言う程ではないのだ。

そんな訳で、悟空が社長に呼び出しを食らうことは滅多にないのだ。
悟浄と違って。



呼び出された理由は考えてもよく判らなかったが、呼ばれた以上はいかねばならない。
何か怒られるような事をしただろうかと、考え考え、悟空は社長室に赴いた。


ノックをして、挨拶をして中に入る。







「おう、来たか」







この芸能プロダクションの社長は、女性である。
しかしやり手と評判の彼女は、男顔負けの実績と実力、そして度胸を持つ。

数年前、悟空をこのプロダクションにスカウトしたのも彼女だった。
甥である男の養子だった悟空に目をつけ、見事に成功させた。
甥の方は悟空の芸能活動に未だ良い顔をしていないけれど。







「なんか用?」
「おう。ちょっとこっち来いや」






其処にいた人物の名は、観世音菩薩。


相手は社長であるが、悟空は敬語を使わない。
殆どの人は使わないのではないだろうかと悟空は思う。

彼女がそれを咎めた事はなく、寧ろ喋り易いように喋れという有様。
悟空にとっては助かることだった。


言われた通りに歩み寄ると、革張りの高そうな椅子に座る彼女の目の前に立った。



本当に、何かしただろうか。
考えてみても、やっぱり判らない。

座ったままの社長を見下ろすと、怒っているような雰囲気はなかった。
それは甥の養子であるから甘くしているという訳ではなく、単純に、怒る要素がないからだろう。
破天荒な言動で業界内で有名な彼女が、本気で怒ると本当に怖いことを、悟空はよく知っていた。
そして身内だからと甘い対応を取るような人物でないことも。






「お前、確かインディーズのバンドと仲が良かったな」
「うん。知り合いなら結構多いよ」
「特に“Deva”とは飲みにも行ってたな?」
「うん」






インディーズバンド“Deva(デーヴァ)”。
音運びや歌詞が独特で、一般にはまだまだ認知されておらず、メジャーデビューこそ未だしていないものの、
ミュージシャン業界ではダークホース的にかなりの実力を持つと言われている。

そのリーダーであるボーカリストと悟空は、悟空が芸能界に入る以前からの知り合いだ。
育て親である男を通して知り合ったのは、まだ悟空が小学生の頃だった。


それは観世音菩薩もよく知っていることだろう。
何かと甥と衝突する彼を見て、面白そうに眺めていたのは、つい最近の事である。



不思議そうに首を傾げる悟空に、観世音菩薩は一冊の雑誌を取り出した。
何かと悟浄がお世話になっている、女性週刊誌だった。

ぱらぱらとページを捲りながら、観世音菩薩は続けた。







「最近、お前の周りのパパラッチが増えただろう」
「…増えた…のかな…? 今朝もいたけど。一人だけ」
「じゃあ、四、五人は張ってたな。後で悟浄に聞くか」
「え? そんなにいたの??」






驚く悟空に、観世音菩薩はそんなもんだと言った。


あるページで観世音菩薩の手が止まり、雑誌を差し出される。
また首を傾げて、それを受け取った。







「お前、しばらく“Deva”のライブに立ち入り禁止だ」
「なんで!? オレ、チケット貰ったよ?」
「没収だな。ホラ、其処の記事見てみろ。写真、見開きにまでしてやがる」








雑誌を指差されて、ようやくそれに視線を落とす。













『人気アイドル悟空、某インディーズバンドVo(男性)と熱愛!?』

『禁断の愛、キスシーン激写!』













────────脳が活動停止した少年に、観世音菩薩は長々と溜め息を吐いた。















事務所の社長は三蔵でも良いかと思ったんですが、やっぱり菩薩様で。
男同士で飲みや打ち上げなら、酔っただけと言えますが、其処はご都合主義で(爆)。


*デーヴァ : Deva/サンクスリット語

古代インドのヴェーダの聖典にでてくる神々。
古い時代は不死身の存在で、人間を助ける大いなる力をもった存在とされていたが、
時代が下るとヴィシュヌやシヴァのような主神の下に位置する神々とされ、
人間よりは上の存在だが死すべき存在と考えられるようになった。
アスラと敵対する。



お題元 凸凹シンメトリー