一輪、花の贈りもの





長屋の中で、笑う男が一人。
その手には、小さな花が一輪。






帰って来た男の弟────悟浄は、またかよと溜め息を吐く。





「いつまでソレ眺めてんだよ」
「ん? ……お、お帰り」





声をかけられて漸く弟の帰宅に気付いた兄、捲簾は、平々凡々に帰宅迎えの挨拶。

子供っぽい笑い方をした捲簾が上機嫌で在る事は、誰から見ても明らかな事だ。
花の一輪貰った所で、そんなに嬉しいもんかね、と悟浄は思う。


花の出所はよく知っている。
兄が溺愛する末子だ。






「確か、俺が出る時もアンタそうしてなかったか」
「だっけか? つーか、もう買い物終わったのか?」
「……あれから半刻は経ってるぜ」





夕餉の材料の買出しを頼まれ、渋々と出て行った半刻前。
半刻、決して短い時間ではなかっただろうに。
この男は、ずっと花を見てにやにや笑っていたのだ。

捕物真っ最中の好戦的な眼光は、すっかりナリを潜めていて、今はただの親莫迦。
今までこの男が捕えた罪人達がこの腑抜けた顔を見たら、こんな男に捕まったのかと思うに違いない。


買ってきた食材を土間に置いて、居間に上がる。





「さっさと水に入れるなりしろよ。萎れるぞ」
「んー…そうだなー……」
「………聞いてねえし……」





捲簾の返事は完全に生返事で、意識はまた花に向けられている。

小さな花をしげしげと、愛おしそうに見つめる兄の横顔に、悟浄は呆れるしかなかった。



白い花弁のその花の名を、捲簾も悟浄も知らない。
これを持ってきた小さな子供も、勿論知らないだろう。


悟浄が覚えている花など桜や梅、菖蒲など判り易いものだけだ。
子供は見た瞬間にきれいだと思うものが好きで、花の持つ名や意味などあまり考えない。
捲簾は風情を好む性質だが、こちらも花に詳しい訳ではなかった。

だがそうであっても、捲簾の手の中の小さな花は、とても可愛らしいもので。
捲簾にとっては、それを持ってきた者が誰かと言うだけで、他の数倍は愛らしく見えることだろう。








「いいな、これ」







同意を求めるように言われても、悟浄は黙ったまま。
応だと言えばだよなぁと呟いてまた花に見入るだろうし、否と言えばまたそれを否という言葉と理由が帰って来る。
……単なる親馬鹿に付き合ってやるほど、自分は付き合い良くはない。


返事がなくとも捲簾は特に気にした様子はなかった。
ただ否定の言葉がなかった事だけは嬉しかったらしく、にーっと笑う。

だから、萎れる前に早く水に活けろと言うに。






あの子供が早く帰ってくればいいのに。
子供を思い出させる花じゃなく、子供が早く帰ってくれば。



花を見て思い出すのは、その花を大切に大切に抱いていた、小さな手と。









『はい、あげる!』








蕾が綻び、花咲いた、笑顔。

















そんな子供の持ってきた花なんか見てたら、余計に抱き締めたくなるに決まってるじゃないか。


















(漢数字5題/1.一輪、花の贈りもの)


書いてて楽しい“義理人情”から番外編ということで。
もう悟空が可愛くて可愛くてしょーがない捲簾と、天邪鬼な悟浄。

悟空は遊びに行ってます。
帰って来たら思いっきりはぐはぐしてればいい。



お題元 Cage