二つの誘惑、決死の覚悟









………だめ? と。
ことりと首を傾げるのは、頼むから止めて欲しい。













見上げてくるのは、二対のまんまるで大きな瞳。
一つは見慣れた金色、もう一つは黒々として少し潤んだ眼。

二つ一緒に見上げてくるのは、頼むから、本当に、止めて欲しい。






「ケン兄ちゃん……」

……くぅ〜ん……






綺麗な二重奏になって聞こえてきた声。

思わずそれに耳を塞ぎたくなった捲簾だが、そんな事をしている場合じゃない。
そしてついつい絆されてしまいそうになるけれど、それも赦してはならない。


ぐっと握った両の拳を腰に当てて、捲簾は毅然とした態度と取る。
……傍目には捲簾の心情が如何なものか、明らかなものであったけれど。
捲簾にとっては幸いと言うべきか、悟空は其処まで気付く事は出来ない。
つくづく鈍い子供であった。





「ケン兄ちゃん、いいでしょ?」
「……駄目だ」
「……ケン兄ちゃーん…」

くぅ〜ん……





またしても綺麗に二重奏。
だからそれは止めてくれと言っているのに(いや、声に出してないから言ってはいないか)。
見事な同調に感心すらしたくなるが、いや、やはりそんな悠長な事は言っていられない。


悟空の事は可愛いと思うし、その可愛い悟空の言う事なら叶えられるだけ叶えてやりたい。
奔放な愛児は意外と物欲がなく、おねだりごとも可愛らしいものばかり。
例えば一緒に寝て欲しいとか、手を繋いで欲しいとか、肩車してとか────、
晩ご飯には何が食べたいとか、馴染みの茶屋で甘味が食べたいとか────そういうものだ。

だからそれ以外の、ちょっと難しいぐらいのおねだりなら、叶えてやりたいと思っていた。
いや、いつだって思っている。
それで格別の笑顔が見れるというなら、ちょっと大変な事ぐらい屁でもない。



………のだ、けど。







「それで何匹目だと思ってんだ? 悟空」







子供の腕の中には、生まれて二週間と言った所の小さな小さな仔犬。
泥や埃で薄汚れた仔犬は、恐らく路地の隙間で見つけたのだろう。
悟空は如何してか、こんな動物を見つけるのが上手い。

見つけることは良い。
捲簾も同じ口だ。
聞こえた鳴き声は無視できない。


……問題は、連れて帰って来てしまうこと。





「あのな、一週間前にも拾ってきてただろ?」
「うん………」
「で、その四日前にも、猫拾っただろ?」
「……んぅ……」





このまま連ねていけばキリがない。

親に死なれたか、人に捨てられたのか、それは判らないけれど。
雨の中で鳴いている仔猫、暗い路地で蹲る仔犬、羽を痛めた鳥……
見つけたら、もう放って置けない。

気軽な気持ちで拾ってくるなとは言わない、悟空はいつだって真剣なのだから。
ただそれが少し度を越しているとは否定できなくて、捲簾はいつも頭を痛める。


その全てを物語る者達は、この共同長屋の中庭に、そりゃもうすっかり住み着いているのである。






「これ以上はもう数増やせないって言っただろ」
「……だってぇ……」






腰を折って屈んで言い聞かせようとすれば、金瞳にじんわり滲む水。
顔は少し俯き加減であるけれど、上目遣いは健在。
その腕の中でじっと見つめる眼も同じく。



いや、判る。
必死なんだから、子供なりに一杯悩んで考えたんだと思う。
連れて帰っても大変だし、だけど置いていけないし。
ぐるぐるぐるぐる一杯一杯考えて、やっぱり放って置けなかった。

判るつもりだ、捲簾だって。
子供の頃は自分だって同じ事をして、生前の両親に怒られたのを覚えている。
だから出来る事なら、それに答えてあげたいけれど。










「ケン兄ちゃん……ダメ……?」



……きゅぅ〜ん……









だから、だから。
そんな顔するな、そんな風に呼ぶな、そんな風に見るな!


だって只でさえうちは食費がかかっていて(だって育ち盛りだし)。
医者にもよく行くし(それは主に自分だけだが)。
酒も煙草もするし(我慢できなくはないが、やっぱり辛い)。
既に中庭の動物たちの餌もかなりの出費になっているし(悟空には言わないけど!)。

最近は那托や李厘、紅咳児も一緒に動物たちの面倒を見てくれるけど(子供二人は構いたいのが大きい)。
金蝉も呆れた顔はするが何も言わなくなったけど(諦めたというのが正しい)。


これ以上は─────











「………ケン兄ちゃぁん………」



………きゅぅぅ〜………
























「なぁ、また一匹増えた?」
「あそこの仔犬、いたっけ?」

「…………見分けがつかん……」
「安心しろ紅咳児、俺達もついてねぇから」
「……ったく、親としてどうなんだ…」




「だって仕方ねえじゃん!!」















(漢数字5題/2.二つの誘惑、決死の覚悟)


初期に設定してからすっかり使う機会を逃していた、
捨て猫や捨て犬を拾う悟空と、その動物の面倒を見ている捲簾の話。
あまりに使う機会がないので、移転して設定書き直し時に削除した事項です。
折角なので此処で復活させてみました。

最後の捲簾は「じゃあお前らダメって言えるか!?」という気分です。
多分、誰も言い切れない(笑)。


お題元 Cage