四月馬鹿が春の嵐






春の風が吹いた。






子供が元気になる季節だ、と言ったのは捲簾だ。
悟浄はそれを否定はしなかったが、これと言って肯定する気もなかった。
子供と言うのは、年がら年中元気で騒がしくて喧しいものである。
其処に季節は関係ないだろうというのが、悟浄の本音であった。

ついでに、子供が元気になると言った張本人も元気になる季節だ。
春の陽気に浮かれたように遊びまわる子供達と、一緒になって駆けずり回る大人なのだ。


─────そうは言っても、何も毎日毎日、一緒に駆け回っている訳ではない。
捕物の親分という職を手に持っているのだから、丸一日仕事に追われている事もある。

だから、前日の遊ぶ約束を反故にする、というのも珍しい話ではなかった。

三つ四つの頃はそんな育て親に泣いて我侭を言っていた養い子も、流石に今年で九つになる。
育て親の仕事の重要性と言うのも、子供なりに判って来ただろうし、遊び相手は何も育て親一人ではない。
子供同士で手と手を取って遊ぶのも、最近は日常的になっていた(目付けに友人の兄の同伴は半ば絶対ではあるが)。



子供も、遊ぶ約束を反故にされたからと言って、もう泣いて我侭を言う事はなくなった。
ほんの少し寂しそうに見送るのは、まぁ子供だから仕方がないだろう。


でも、多分それはそれで、捲簾は寂しかったりするのだ。


なんでも、やっちゃいけない事をしている気分になるらしい。
確かに約束を反故にするのは、すべき事ではないだろうが、それも仕方のない話。
子供達だって急に遊べなくなる事はあるのだから、捲簾が然程気にする必要はないと、悟浄と思っている。

思っているが、やっぱり当人がどうしても納得できないらしいようで、反故にする度、申し訳なさそうな顔をする。
…最近は、捲簾がそんな顔をするから、子供も寂しそうな顔をするんじゃないかと、悟浄は考えるようになった。






そして。
そんな鬱憤を晴らすかのように、春の風が吹いた日、捲簾は子供達と丸々一日、遊び倒すのである。










悟空と那托に手を引っ張られ、捲簾が歩く。
その少し後ろを、悟浄は李厘に引っ張られて歩いていた。

向かう先は、いつも子供達が遊んでいる町外れの野原だ。





「今日はチャンバラやろー!」
「えー、鬼ごっこの続きはどうすんだよ?」





悟浄の手を引きながら言った李厘に、反対ではないが抗議を上げたのは那托だった。





「今日はチャンバラの気分なの」
「俺は鬼ごっこがいい」
「悟空は?」
「オレなんでもいい!」
「それじゃ決まらないだろ」






李厘と那托の主張を他所に、悟空は暢気なものだった。
悟空は保護者が一緒に遊んでくれるのなら、その内容なんてなんでも良いのだ。
遊び始めれば、友人二人も同じような事になるのだろうけど。

でも目的地に着くまでに遊びの目処ぐらいは立てたいらしく。
悟空が手を繋いでいる育て親を見上げ、






「ケン兄ちゃんは何して遊ぶ?」
「そうだなぁ……俺もなんでもいいぜ。お前達が遊びたい奴で」
「もー! それじゃ決まらないんだってばぁ!」






養い子と変わらぬ意見を述べる捲簾に、李厘が頬を膨らませた。
それから黙したまま、半分だるそうに歩いている悟浄へと視線を向ける。






「悟浄は何がいい?」
「……つーか俺、お前等と遊ぶ約束なんてした覚えねぇんだけど」






根本からしてこの同行に気乗りしていた訳ではない悟浄である。
李厘の質問に答えるよりも、先に主張しておく。

が、案の定と言うか、子供達は悟浄の都合など全く気にしちゃいなかった。






「そんな事よりさ、何して遊ぶ?」
「悟浄も鬼ごっこだろ?」
「チャンバラだよね!」
「ははは」






主張を無視されてげんなりする悟浄に、捲簾が笑った。




判っている、言うだけ無駄だなんて言う事は。


そもそも、本当に嫌なら、李厘の手も払って長屋に残れば良かったのだ。
子供達が力の加減を知らない程無邪気とは言え、繋ぐ手を払うぐらい、悟浄なら簡単に出来ること。
それをこうして好きにさせているのは、決して悟浄が相手が女性──李厘は子供だが、それでも女である──だから、というだけではない。

引っ張られようが蹴られようが、無視しようと思えば無視できた。
子供達は不満だろうが、放っておけばその内、捲簾が宥めて四人で遊びに行った筈だ。


でも、結局悟浄はこうして一緒に歩いている。







「……もう好きにしろよ…」
「だからぁ!」
「それじゃ決まらねえんだって!」







溜め息一つ吐いて呟けば、甲高い声で抗議が上がる。



そのまま李厘と那托は、チャンバラがいい鬼ごっこがいい、と言い合いを始めた。
二人のケンカは最早いつもの事で、この遣り取りは、これはこれで楽しんでいるらしい。
毎日一緒にいる悟空も見慣れたものなので、暢気に捲簾にじゃれ付いていた。


二人の言い合いが白熱してきて、李厘が前を歩いていた那托に詰め寄り始めた。
手を繋いだままなので、悟浄も一緒になって引っ張られる。

気付いた時には、五人が固まって歩くようになっていた。



嬉しそうに捲簾の手を引っ張る悟空を先頭に、街道を抜け、閑散とした場所に出る。

晴れ渡った空の下で、子供達の声だけがやけに遠くまで響き渡る。
今日一日、この甲高い声につき合わされるのかと、悟浄は何度目か知れぬ溜め息を吐いた。


─────それを目敏く捲簾に見付かる。







「そう疲れた顔すんなよ、悟浄。そんなのじゃ、今日一日持たねぇぞ」
「……半日だって持つ気はねぇよ……」







きゃいきゃい騒ぐ子供達は、大人二人の会話はまるで聞こえていないらしい。







「いいじゃねえか、春なんだから。付き合ってやれよ」
「俺は家で寝たいんだけど?」







悟浄は、昨日、殆ど寝ていない。
廓に行っていたのだが、馴染みの店先で一悶着があり、それに巻き込まれた。
騒ぎが収まった頃には明け方で、子供が起きる前にと長屋に帰った。
それからまともに眠っていられたのは、精々半刻程度である。

悟浄のささやかな睡眠時間を見事に打破してくれたのは、養い子とその友人二人である。
昨日、一昨日と雲に覆われていた空が晴れて、子供達は遊ばなきゃ損だと言い出した。
無視して眠ろうとしても子供達は引き下がらず、強引に悟浄を春の陽気の中へと連れ出したのだった。

春の陽気だけでも睡魔が刺激されるというのに、寝不足まで加算されては、外に出る気力などある訳もない。
捲簾もそれぐらいは判ってくれるだろうと思っていたのだが、今日はこの始末。



今からでも帰って寝るか、野原で昼寝も悪くないが、確実に子供達に起こされる。
今の内に眠いことだけでも主張する悟浄だが、捲簾は笑って、










「こいつらだってお前と一緒に遊びたいんだ。今日位、ずっと相手してやれよ」










春なんだから、と。

笑う捲簾と、きゃらきゃら笑う子供達と。



─────どうせ俺に拒否権なんかないんだろ。







でも、それも悪くないと思う自分も、きっと春の陽気に当てられたのだ。












(漢数字5題/4.四月馬鹿が春の嵐)


「四月馬鹿」───言わずと知れたエイプリルフールですが、
一応江戸時代辺りを気取ってる設定なので、この時期にはまだこの習慣は日本にはないだろうと……
そもそも日本で4月1日は“日頃の不義理を詫びる日”だったそうで、そちらに当て嵌めました。

このパラレルの悟浄は、本当に天邪鬼……



お題元 Cage