朦朧とした


体力には自信があるから、マラソンで郊外十週なんて言われても、大して苦にはならない。
その体育の授業が昼食前の四時間目だったら、話は別だが。

だが、四時間目の体育の後に昼食を終え、昼休憩もグラウンドでドッジボールと目一杯遊んだ後の数学の授業は、非常に辛いものがある。




(……眠い……)




落ちそうになる瞼をなんとか現状維持に留めさせ、眠気覚ましに左手を抓る。
しかし、黒板に連なる公式の海を見ているだけで、離れかけた睡魔がまたやって来る。

ただでさえ数学の授業なんて、それ丸ごとが催眠術のようなものなのに、よりにもよって昼食の後とか、わざと生徒を眠らせてしまおうと言う魂胆なんじゃないかと、そんな被害妄想も湧いてくる。
これが春先や夏と秋の中間頃の時期であれば、クラスの生徒の半数が夢の世界へ旅立った事だろう。


冬になって教室内の冷え込みもあり、居眠りをする生徒は減ったが、やはりこの時間割は堪えるのだ。
おまけに今日は、風こそ少々強いものの、日差しが暖かい為、窓を閉めれば教室内はそれなりに温かい(外気に比べればの話だが)。
窓辺の席など尚更で、ぽかぽかと、まるで春の陽気を思わせるような陽光が降り注いでいる。

────悟空の席は、正にその恩恵を一身に受ける、窓際だった。
これで寝るなと言うのが土台無理な話である。




(まずいって〜…やばいって、ホントに寝るってこれ……)




ぎゅうううう、と手の甲を抓る力を強くする。
じんじんとした痛みは確かに感じられるのだが、眠気はやはり消えてくれない。


寝ちゃダメ、寝ちゃダメ。
後で教員室に呼び出される。
最悪の場合は補習になる。

今日は授業が終わったら、那托と一緒に放課後グルメツアーの予定がある。
駅前にあるビザ屋で期間限定の味が出たから、食べに行こうと決めていた。
その為にも、此処で睡魔に負ける訳にはいかない。


……そう繰り返しているのに、徐々に瞼が落ちて来る。




(やばい。黒板見るの止めよう)




数字で埋め尽くされた黒板は、それだけで悟空を夢の世界へ誘おうとする。

だが、視線を外すと、今度は数学教師の玄奘三蔵の声がクリアになる。
耳に心地良い低音は、悟空にとって、子守唄に近かった(と言ったら那托から「お前、変」と言われたが)。




(うあ〜…まずい……)




意識が朦朧とする。


金糸が黒板から離れて、ゆっくりと此方に近付いて来た。
足音が止まったのは、悟空の席の直ぐ傍で。

悟空が顔を上げると、紫闇が此方を見下ろしていて、




「俺の授業で居眠りとは、いい度胸だな、バカ猿」




─────絶対零度の眼差しに、今更眠気が吹き飛んだ。






悟空は数学の授業、絶対寝ると思う。

(ハナウタ
青春5題 / 02.朦朧とした)