月夜ノ散歩


悟空が居残り補習を這う這うの体で終え、帰る頃には、外は夜色に覆われつつあった。


グラウンドに出て空を見れば、ぼんやりと滲む月明かり。
暗くなりつつある空の下で、照明が煌々としてくれているお陰で、グラウンドは中庭などに比べれば遥かに明るかった。
しかし、その恩恵を主に受けるであろう運動部の姿はない。

時刻を見れば、既に生徒は全員帰っていなければならない時間だった。
下校時刻を殆どオーバーさせてまで補習をさせる教師に腹を立てた後で、そもそも補習の原因は自分自身である事を思い出し、項垂れる。



────そんな悟空の背中を、勢いよく叩く衝撃。




「よっ!今帰りか?」
「いって!」




軽快なと言うには強過ぎる、弾みの良い音がグラウンドに鳴り響き、悟空の悲鳴が木霊する。
ぐるっと悟空が涙目で振り返れば、にーっと悪戯っ子のように笑う親友の顔。




「何すんだよ、那托!いってーじゃん!」
「ああ、悪い悪い。ちょっと力入り過ぎた」




全く反省した様子のない詫び。
悟空はそんな親友をじろっと睨むと、那托は両手を上げて降参。

悟空は、ぷいっと背中を向けて歩き出した。
直ぐにそれを追ってくる足音があって、その主が隣に並ぶ。




「怒るなって。悪かったよ」
「……もーいーよ、それは」
「そっか」




力の入り過ぎた挨拶も、それと一緒に手が出て来るのも、二人の仲ではよくある事だ。
悪気がある訳ではない事は判り切っているから、怒って見せるのも、単なるポーズ。


グラウンドを通り過ぎ、二人揃って校門を抜けた。

グラウンドを照らしていた明かりがなくなって、悟空は、空にある月が案外と明るかった事に気付く。
街灯がぽつぽつと道を照らしていたが、それがなくとも、道の形ははっきりと判る。




「良かったよ。お前が残っててさ。一人で帰るのって、結構退屈なんだよ」
「だよなぁ。暗い道、一人でただずーっと歩くのって暇だよな」
「そうそう。今日はまだ明るい方だけどさ、これで天気悪かったら最悪だよな。何も見えないもん」
「なー。オレも那托が残ってて良かったー。…っつか、なんで那托、まだ残ってたんだ?」




時刻は、生徒が残っているには遅すぎる時間だ。
悟空は補習の所為でこんな時間まで残っているのも珍しい事ではないが、那托が遅くまで残っているのは珍しい。
いつも赤点ギリギリの悟空と違い、那托は要領が良く、テストも無難な点で乗りこなしているので、遅くまで学校に残っているような理由がないのだ。

それなのに何故、と問う悟空に、那托は思い切り眉を寄せた。
唇を尖らせて、拗ねていると判る表情に、悟空はぱちりと瞬きをして首を傾げる。
那托は、そんな親友をちらりと見遣って、深々と溜息を吐き、




「センセーの手伝い」
「手伝い?」
「そ。帰る直前に捕まっちゃってさ、保護者に配るプリントのまとめてくれとか、そんな」
「うっわ、めんどくさ!なんでそんなの生徒に手伝わせるんだよ」
「だよなぁ。お陰でオレ、腹減っちゃって……」




そう言って、那托が腹を撫でたのと同時に、盛大な虫が鳴いた─────悟空の腹から。




「……今のはオレが鳴らすタイミングじゃね?」
「…ンな事言われたって、オレだって腹減ったもん」




本当なら今頃、とうに夕飯にありついている筈だったのに。
補習なんて嫌いだ、と呟く悟空に、那托は肩を竦めて仕様のない、とばかりに笑みを零す。

那托が鞄の蓋を開け、ごそごそと中身を探り始めた。
しばらくそうしたあと、あれ、と戸惑う声と共に那托が足を止めたので、悟空も立ち止まる。
それからまた暫くの後、那托は何かを掴んで取り出した。




「キャラメル、食うか?」
「食べる!」




差し出された四角い小さなそれに、悟空はきらきらと目を輝かせた。
一粒貰って、早速セロハンを剥がし、口に入れる。
嬉しそうに頬張った悟空を見て、那托も一粒口に放り込んだ。

こんな小さな菓子一つで、食べ盛りの少年達の胃袋が満足する訳もないが、帰る間ぐらいは空腹感を誤魔化せる。
だらだらと歩いていた夜道が、これ一つで弾み始めるのだから、我ながら単純だと那托は胸中で呟いた。
が、それも決して悪い気がするものではなく、




「那托、コンビニ寄ってこ、コンビニ。肉まん食いたい」
「いいぜ。オレもピザまん食いたくなった」




無邪気な声が二つ、夜の空に消えていく。

賑やかな彼らの帰路を見守るように、空に浮いた月が、柔らかな光を降らせていた。







“月明かり”をテーマにしたくとも、どうしても飯の話になってしまう。あれ?
仲良し男子高校生、書いてて楽しかったです。


(ハナウタ
青春5題 / 05.月夜ノ散歩)