大好きな人たちと


それはとても些細な事。
それはとても小さな事。

それでも、それでも。



「天ちゃん、ケン兄ちゃーん」



呼べば振り返てくれる人がいて、
呼べば手を上げてくれる人がいて、

駆けて行けば、両手を広げて、
飛び込めば、抱き締めてくれて、



「なんだ、どうした?」
「お父さんは職務放棄ですか?」



職務って何、放棄って何?と問えば、
一緒に遊んでくれないって事ですよー、なんて、
ペットをほったらかしにする酷い飼い主の事だよ、なんて、

そんな事を言って、酷い人ですねえと、
けらけらと笑って、酷い奴だよなぁと、
楽しそうな顔で笑って言う人達に、頬を膨らませて見せる。



「違うよ、忙しいんだって。だから外で遊んで来いって」
「そう言うのが飼い主の責任放棄になるんだよ」
「この間、たまには一緒に遊んであげて下さいねって、言ったばかりなのにねえ」



仕様のない人だと、
真面目も少しはサボるべきだと、
好き勝手に言いながら、手を引いてくれる人達。

何処に行くのと聞いてみたら、
約束は守らなきゃいけないんですよと笑っている。



「あ、那托だ」
「よう、チビ」
「チビって言うなよ」
「お出かけですか?」
「別に。する事ないから、どうしようかと思ってただけ」



それじゃあ、と言って手を握れば、
驚いたように目を丸くする、友達。



「那托も行こ!」
「行くって、何処に?」
「何処だっけ」
「おとーさんとこ」
「ちょっと小言を言いに」



小言ぉ?と顔をしかめて見せる友達も、
手を引いて歩けば、ごく当たり前に、並んで歩く。



「あんた達さ」
「あん?」
「暇なの」
「そうですねぇ」
「子守を押し付けられるぐらいには、暇だな」
「ガキじゃねーもん!」



抗議を上げれば、返ってくるのは笑う気配で、
拗ねた顔で見上げれば、やっぱり笑顔が落ちてくる。

一枚扉の境界線を揃って越えれば、
怒ったような不機嫌な顔が睨んで来たけれど、
それが普通の表情だって知っているから、怖くない。



「金蝉、金蝉!」
「…なんだ、煩ぇ。外で遊んで来いっつっただろ」



名前を呼んで駆け寄れば、
面倒臭そうな顔をするのに、いつでもちゃんと応えてくれて、
机の隅に飾られた花が、まだ萎れていないのが嬉しい。



「おいおい、おとーさん。ほったらかしは感心しねえな」
「育児放棄って罪になるんですよ」
「俺はお前達と違って暇じゃねえんだ」
「スゲー暇してるように見えるんだけど」



二人の大人と友達の言葉に、金糸の人はとても怖い顔をして、
けれどそんな事はいつもの事だから、誰もまるで気にしなくて、
益々不機嫌になるけれど、やっぱり誰も気にしない。



「…休憩していただけだ」
「休憩するくらい疲れてるなら、今日の仕事はお開きでいいだろ」
「たまには子供の相手をしてあげないと、将来、グレちゃいますよ」
「グレるって何?」
「非行に走って、やっちゃいけない事を沢山する事ですね」
「じゃあ那托ってグレてんの?」
「なんでオレがグレてる事になるんだよ」
「やっちゃいけない事、一杯やって怒られてるじゃん」
「お前だってしてるじゃん」



売り言葉、買い言葉。
会話のキャッチボールを、ぽんぽんぽん。

はあ、と大きく息を吐くのが聞こえて、
がたんと椅子を動かす音。



「お、相手してやる気になったか?」
「馬鹿言え。ガキの相手なんてまともにしてられるか」
「体力ないですもんねぇ」
「だが、お前らが煩いお陰で仕事も出来ん」
「どーせやる気なかったんだろ」
「ハンコのインクが乾いてますね。随分、長い休憩だったみたいですね」



じろり、紫闇が大人達を睨む。
にやにや、くすくす、笑う大人に金糸の人はとても不機嫌。

そんな事はお構いなしで、友達と一緒にお喋りして、



「鼻毛天帝、どうなった?」
「鼻毛なー、消えちゃったんだよな」
「えー、格好良かったのに」
「なー」
「もっかい描きに行く?」
「鼻毛だけ描いてもワンパターンだしつまんないな」
「顔落書きなら、デコに肉って書いとけ」
「瞼に目を書くのも基本ですね」
「おい、下らん事を吹き込むな」



止める声に、えー、と言ったら、睨まれる。
その目は多分怖いのだろうけど、見慣れた所為か、怖く見えない。

部屋の外を出て行く彼を追い駆ける。
友達と手を繋ぐ。
大人達がついて来る。



「何処行くよ」
「何処も行かん」
「散歩でいいんじゃないですか」
「だから行かないと言ってる」
「お腹空いた!」
「オレも!」
「よし、昼飯にしようぜ」
「外で食べますか」
「……もう勝手にしろ」



わいわい、わいわい、
皆で食事をした後は、皆で一緒に遊ぶのだ。




大好きなこの人達と、大好きなこの世界で、
いつまでも、一緒に。





今ここにあるものだけで
世界が閉じれば良いと思う

“大好き”しかないこの世界