伝染病





子供の行動は突飛なものだ


何が面白いのか、傍目には到底判らないが

やってる本人は、楽しそうに笑っている










だから時々、それが伝染したりする
























広い森の中、一箇所開けた場所で。
二人の子供が、あちこち駆けずり回り。
鬼ごっこでもしているのだろうか。

一人は少年、一人は少女。
どちらも似たような雰囲気を持つ。


悟空と、李厘。
本来なら、敵同士である筈の二人。
けれど今は、一緒に遊びまわっていて。

そんな二人を、少し遠めで見つめる青年。
切れ長の目を伏せ、眠っているかのようだが。
鼓膜にはしっかり、子供二人の声が届いていた。


適当な樹に背を預け、根元に腰を下ろし。
彼――――李厘の異母兄・紅孩児は。



「……………はぁ」



今日、何度目か知れない溜息を吐いた。



ほんの一時間ほど前だろうか。
紅孩児は、一人で森を歩く悟空を見つけた。

珍しい事だと、ふと考えた。


西―――天竺へと旅する途中の三蔵一行。

紅孩児が見る限りでは、大抵四人一緒だった。
時折誰かいない事も有るが、それでも。
悟空はほとんど、誰かと一緒だったと思う。

そんな悟空が、深い森の中で、一人。
周囲を幾ら探っても、他の三人は見当たらなかった。


好機と言えば、好機。

別に、彼らがいたとしても構わなかった。
紅孩児の相手は、専ら悟空の役目らしく。
他の三人は加勢しよう等とした事は一度もない。



それでも、加勢する事がないとも限らない。
彼らの場合、“加勢”と言うには語弊がある気がするが。

他に誰もいないなら、それは確かに好機。


今日は八百鼡も独角もいなかった。
もともと、抜け出して行った李厘を探していたのだ。
その目的を忘れた訳ではないが。

敵がいるなら、早めに片付けるに越した事はない。

あの妹なら、多少放って置いても問題はない。
それでも心配していない訳ではないが。





紅孩児は悟空の前に立ちはだかった。
突然現れた敵に、悟空はきょとんとして。

「………紅孩児?」

確認するように、名前を呼んだ。


「久しぶりだな、悟空」


まだ呆けているらしく、返事はない。
この緊張感の無さに、よく覇気を削がされる。

だが、今日は好機なのだ。


「今日こそ、決着を着けさせて貰う!」


この台詞を、一体何度言ったか。

闘り合う度、いつも決着は着かなくて。
砂漠で闘った時も、結局終わらないまま。


「これ以上、長引かせたくないんでな……」


鋭い相貌で悟空を睨みつける。

悟空の大きな金瞳は、ただ紅孩児を見つめ。
如意棒を握る事も、拳を作る事もせず―――――


………泣き出した。

そして、いきなり紅孩児に抱きついて。


「良かったぁあ〜〜〜っ!!」


突然の事に、何が起きたか判らずに。
抱きつかれた勢いのまま、バランスを崩し。
思い切り、背中を地面に打ち付けてしまった。


「なっ…な…?!」
「良かった〜、あーもー怖かった〜!」
「な、何がだっ! 良かった…!?」
「だってだってだって!」

悟空は紅孩児にしがみ付きながら顔を上げる。



「妖怪と闘りあって、全部ぶっ倒して、気が付いたら周り誰もいなくって、此処が何処かも判んねーし、待ってても誰も来なかったし、置いてかれるかも知んないし、そんなのヤダし、だから探そうと思ったけど全然見つかんないし!!」



早口で一気にまくしたてる悟空。
涙目交じりで見上げてくる顔は、親と逸れた子供だ。
いや、実際に逸れたようなのだが。

興奮しているのか、悟空はまだ喋る。
しかし、どうにも聞き取り辛い。
徐々に嗚咽が混じってきている所為だろう。


聞き取れる限りで、考える。


いつも通り、西への道中の最中。
これもいつも通り、妖怪たちの襲撃に遭い。
またいつも通り、蹴散らしていった。

悟空は戦闘となると、周りが見えなくなる。
今回もそれは変わる事無く。
片付けて気付いた時には、見知らぬ場所にいた。


はっきり言ってしまえば、迷子になったのである。

迷子は動くな、が鉄則。
しかし、悟空がじっとするなど出来る筈も無く。

置いて行かれる可能性もあるからだろう。
悟空はその場を離れ、森の中を歩き回った。
運がよければ、彼らと合流できる。


(……動物は帰巣本能があるんじゃなかったか?)

ふと浮かんだ疑問は、すぐに掻き消した。


結局、幾ら探しても見つからず。
ひょっとしたら、置いて行かれたかも、と。


いつもジープで移動しているから。
置いて行かれたら、悟空でも追いつく事は出来そうに無い。

そして何より、一人でいるのが不安で。
誰かと一緒にいたくて、泣きそうになったところに。
紅孩児が現れたという事らしい。

しがみついたまま泣きじゃくる悟空。
ぽんぽん、と頭を軽く叩いてやると。
不思議そうな顔をして、こちらを見上げてきた。

少し呆けて、我に返ると。
悟空は目尻に溜まった涙を、服袖で拭いた。


「紅孩児、飛竜で来てるのか?」
「ああ……一応な」


もう闘う気力なんて失せた。
溜息交じりで、紅孩児は答えた。


「じゃあ、悪いけどオレ乗っけて」
「……あいつらを探せと言いたいのか?」
「だって見つからないし……迷惑か? やっぱり…」


相変わらず、見上げてくる金瞳は。
李厘と時折、被ることがある。

本来なら、敵同士である筈なのに。


「…まぁ、いいだろ……」
「ほんとか? サンキュな!」


心底、嬉しそうに笑う悟空。
敵にありがとう、なんて普通言うか、と。
言いかけた言葉を、結局口にしなかった。

二人で立ち上がると、服についた埃を軽く払う。


「構わないが、こっちは李厘を探してる途中なんだ」
「あいつ、またこっち来てたのか?」
「そんな所だろうと思ってるんだが…」


言って、周囲に目線を巡らせて見る。
悟空も一緒になって、きょろきょろしている。

どうやら、この辺りにはいないらしい。


………と、思った矢先に。
図ったように振ってきた、無邪気な声。



「やっほ――――!!」

「だっ!?」
「悟空!?」


ドサッという音と共に。
悟空が地面に崩れ落ちる。

そして、頭上から降りてきたものは。

橙色の髪、鈴付きの髪結い。
緑の瞳の、褐色肌の少女―――李厘。


「退けよっ!!」
「あ、ワリ」


乗られたままの悟空が怒鳴る。
おざなりに謝り、李厘は其処から退いた。

突然の仕打ちに、頬を膨らませる悟空と。
睨まれ、笑って誤魔化している李厘。
二人に挟まれた紅孩児は。


「……はぁ………」


溜息を漏らす意外、出来なかった。









あれからどれだけ時間が経ったか。
帰るぞ、と李厘の襟元を引っつかんだが。
こいつと遊ぶ、と悟空を指差して言い出した。

言われた悟空も、何をいきなり、と言う顔で。
敵同士だという自覚があるのかと、自分を棚に上げて思った。


(…そろそろ帰った方がいいな……)


徐々に西へと沈んでいく太陽を見ながら。
二人の部下を思い出しながら、考えた。

李厘に次いで、自分までも戻らないとなれば。
八百鼡は特に心配する事だろう。
だが子供二人は、そんな事はお構いなしだ。


(…置いて行かれるんじゃなかったのか?)


李厘と駆け回る悟空を見て、ふと思い出した。


走り回る二人は、まるで仔犬のようだ。
地面に寝転がったり、かと思えばまた駆け出して。

自分も何故、好きにさせているのか。
悟空はともかく、李厘は連れて帰らねば。
そう思ってはいる筈なのに、未だ傍観している。


「……ん?」


李厘がこちらに手を振っているのに気付く。
隣で、悟空が背筋を伸ばしていた。

悟空の肩を、李厘が軽く叩いて向き合う。
小さい声で話をしているらしく。
何が面白いのか知らないが、笑い合っている。

そしてまた、走り回る。


「やれやれ………」


もう少し、遊ばせてやろう。
そんな事を考え、紅孩児は樹に背を預けた。


どさ、と言う音がした。
見れば、二人揃って地面に突っ伏している。
どうやら、一緒になって転んだようだ。

だが、そのまま起き上がる様子が無くて。
流石に不信に思い、近寄って見る。


「……おい、李厘、悟空」


地面に肩膝をつけ、呼んで見る。
しかし、何故か答えが返ってこない。

手を伸ばし、李厘の体を軽く揺する。


「李厘、悟空」


もう一度、名前を呼んで見る。


―――――グイ、と急に引っ張られる。

紅孩児の長い髪を、後ろへと思い切り。
気付けば、仰向けに倒れていて。
起き上がると、悟空と李厘の肩が震えていた。


最初に笑いを漏らしたのは、どちらだろう。

李厘が起き上がり、声をあげて笑い出し。
それとほぼ同じく、悟空も突っ伏したまま笑い出す。


「お兄ちゃん、今すっごい間抜けな顔してるよ〜!」
「やっり〜、成功〜!」


寝転んだまま、悟空が手を出すと。
そこを李厘が、パンッと手で叩き合う。

一体何が面白いんだか。
仰向けのまま、紅孩児は溜息を吐いた。

取り敢えず、二人は悪戯成功が嬉しいらしい。


「へへ……紅孩児、怒ったか?」
「ごめんね、お兄ちゃん」


紅孩児に瞳を向けながら、無邪気に告げる二人。

怒る気力なんて、とっくになかった。


起き上がり、二人の頭をくしゃくしゃと撫でる。

李厘は子猫のように、それに甘えていて。
悟空は戸惑い気味に、その手を甘受していた。


「………えへへ」
「……へへっ」


二人が同時に、小さく笑みを漏らすと。


「………はは……」


紅孩児もほんの少し、笑う。

それをみた悟空と李厘が、顔を合わせて。
また声をあげて、笑い始める。






何をしているんだか、と思いながら。

しばらくこのままでいようと考えた。











子供の突飛な発想、突然の行動


何が面白いんだか、判らないけれど

些細な事に笑う子供が、見ていて何だか楽しくて










だから時々、伝染してくる事もある


決してそれは嫌じゃない











FIN.




後書き