minority moral





まだ不安定な僕らだから

ふらふらしながら、行くしかないから










時々問題起こすのは、許せる限り、許して下さい

ワガママだけど、それが僕らの、はっきり出来る自己主張
























ガシャン、と派手な音が響いて。
李厘と那托は、音のした方向へと視線を向ける。

ここはそう大きくない喫茶店の厨房。
ドア一枚を隔て、フロアがある。
客席数は約30人ほど。


李厘と那托は、そこでアルバイトしている。


「……またか?」
「…まただね」


那托の呟いた言葉に、李厘が頷く。

トレイを拭いていた李厘は、トレイを置いて。
皿洗い中だった那托は、流しに皿を置いて。


「店長いなくて良かったね」
「……良かったのか?」


短い会話のあと、顔を見合わせて。
心なしか長い溜息を吐いた。

フロアへのドアを開けると、其処には。
呆然と立ち尽くす少年が一人。
綺麗な金瞳は、床をただ眺めている。

少年の足元に散らばっている、破片。
先刻の音の正体は、やはりこれ。


「……りりん〜…なたくぅ〜……」


少年はドアの方へと視線を向けて。
金瞳の端に雫を浮かべ、二人の名を呼ぶ。


「……店長が買い出し行ってて良かったよ…」
「ごめん、那托、李厘、ごめん!」
「いいよ。李厘、箒とちりとり」


涙目で謝り続ける少年を、那托は宥める。
言われた李厘は、厨房奥へと戻った。


少年――――悟空は、新人のアルバイトだった。




悟空、李厘、那托は高校のクラスメイトだ。
三人一緒は、もう馴染んだ光景だ。

悟空と那托は中学からの付き合いで。
李厘とは、高校の陸上部で知り合った。
(クラスは一緒だったが、あまり認識していなかった為)


アルバイトは、那托が最初に始めた。
約半年ほど前、この喫茶店で。
自給は低めだったが、興味もあって始めて見た。

それを聞いた李厘が、自分もやりたいと言い出した。


それまで、従業員は那托と店長のみ。
あまり客足もなかったので、困ることはなかったが。
李厘の勢いに、那托・店長ともに根負けしたのだった。

女の子がいるという事は、結果プラスに働いてくれた。



悟空は最初、アルバイトをする気はなかった。

親が何かと心配性な事も、理由ではあるが。
そそっかしい事に自覚があり、出来ないと思っていた。


そんな悟空を李厘が誘ったのは、二週間ほど前。
当然、最初は出来ないと断った。
しかし、李厘は悟空に説得(?)を続けて。

喫茶店の方も、李厘の功績だろうか。
少しずつ、客足が伸びてきていた。

もう一人従業員が欲しい、と。
仕舞いには、那托まで悟空に頼みかかった。


親にも話し、許可を貰って(色々と苦労した)。
結局三人揃って、喫茶店でバイトする事になった。




もとより、かなりそそっかしい悟空。

新人だという事を差し引いても。
ここ二週間で、どれだけ皿を割ったことか。


この喫茶店の店長は、おっとりした老人だ。
三人を、まるで孫のように思ってくれる。
お陰で多少の粗相は、許して貰えた。

皿を割る事も、「どうせ安物だから」と微笑んで。


だが、悟空自信がそろそろ限界だ。
2週間続いただけで、大したものである。


落とさないように、と気を付けて。
逆に緊張して、また皿を割ってしまうのだ。

最初の頃よりは数が減ったとは思うが。



「店長来る前に、皿片付けよ」
「……うん、ごめん…」
「いいって。俺らが強引に頼み込んだんだし」


床に膝をついて、二人で破片を拾う。
未だに謝罪を口にする悟空に、那托は笑う。

厨房奥から、李厘が箒とちりとりを持ってきた。


「店長、いつ帰ってくると思う?」


箒を動かしながら、李厘が問う。


「さぁ……どうだろうなぁ」
「う〜………」
「もう、泣くなって、悟空!」




――――開店時間まで、あと1時間。














「4名様ご案内ー!」
「モーニングAセット、オレンジジュースで」
「OK、次行って、悟空」


フロアに悟空と李厘。
厨房に那托と店長がいる。

紺色を基調としたエプロンと。
制服はないので、他は自分の服。
厨房の那托は、帽子代わりにタオルを頭に巻いていた。


「最近、ほんと客多くなったよな」


注文を取って、厨房へ来た二人に。
那托は器用に料理を作りながら言った。

隣にいた店長が、にっこりと笑う。


「キミらのお陰だね」
「じゃ、給料上げて?」
「李厘、よせって……」

悟空の言葉に、李厘が「冗談」と笑った。

店長は怒る事無く、笑っている。


「悟空来てから、また客増えたよな」
「そうなの?」
「李厘が来た時も増えたんだけどさ」
「なっ、誘って正解! オイラの判断は正しい!」
「調子に乗るな。ほら、これ持ってけ!」


モーニングセットを李厘に押し付ける。

バイト中の私語は、あまり関心されないだろう。
しかし、店長はそれを許している。
訪れる客も、三人の遣り取りに和まされている人も多い。

まだ無邪気な子供心が残っているのが、評判を呼んでいる。


「じゃ、オレも注文取って来るね」


そう言って、悟空がフロアへと出る。
那托と店長が、見えないと判って手を振った。




「ご注文はお決まりでしょうか?」


マニュアル通りの言葉を告げて。
それから、まだ未注文の客に目を向け。
悟空は一瞬、李厘に変わってもらおうかと考えた。

どう考えても、柄の悪そうな連中だ。

今までも何回か、同じ客を見た事はあるが。
大抵、「悟空は他の人行って」と背を押される。


(……いや、甘えちゃダメだよな。外見だけかも知れないし)


お客さんなんだし、と。
悟空は注文メモとシャーペンを取り出した。


「ホットドッグ二つと、サンドイッチ二つね」
「あとコーラ三つと、グレープソーダ一つ」
「はい。えーと……」


言われた注文を、一度繰り返す。
マニュアル通りに、たどたどしい口調で。


「以上で宜しいでしょうか?」


笑顔と共に、そう言うと。


「あと、ついでに」


ぐっ、と腕を掴まれる。

椅子に座ったまま、見上げてくる視線。
品定めするような目に、鳥肌が立つ。


(やっぱ見た目どーりの奴だった!)


今まで、李厘が注文を取っていて。
特に問題はないようだったから、油断した。

振り払おうとしたが、躊躇う。
ヘタに問題を起こしたら、店の信用に関わる。
これが常なら、すぐぶん殴ってやるのに、と思う。



「あの……注文言いに行かないと…」


なんだかお約束だなぁ、なんて暢気に考える。

腕を掴む手は離れない。
何か、とんでもない会話が交わされているが。
悟空の耳には一切届いていなくて。


(あーもー! ぶっ飛ばしたい!!)


穏やかではない事を思いながら。
このまま放って置く訳にも行かなくて。

どうにかタイミングを計って、振り解こうと腕に力を入れて。



―――――がこっ!!



突然上がった音に、悟空は目を丸くした。

気付けば、腕を掴んでいた手は離れ。
男は床へと沈んでいた。


悟空の隣に、いつの間にか李厘がいて。
握り拳を振り下ろしたままの格好で止まっている。

周囲の客から、拍手が起こる。
訳が判らなくて、悟空は周囲を見渡した。


「まーったく、やっぱりコイツらかぁ」


殴られた以外の、男たちは。
突然の事に虚をつかれたか、呆然として。


「那托ー、コイツ放り出して」
「コイツって誰……あ、そいつらか」
「そ。悟空に手ぇ出そうとしてた」

伸びたままの男の襟元を掴み。
厨房から出てきた那托に引き渡す。


「悟空、大丈夫だったか?」
「へっ!? う、うん、一応…」

まだ混乱したままで、悟空は答えた。

那托は男を引き摺って行き。
本来、お客をお迎え・見送る出入り口から。

思いっきり、男を蹴り出した。


「な、那托、いいの!?」
「ん? あ、平気平気」


焦って問い掛ける悟空に、平然と。
那托は笑みを浮かべて答えていた。


「那托ー、こいつらもー」
「あ、連れてきてくれよ」


フロアから聞こえた、李厘の声の後。
伸びている男と一緒だった数人も、連行。
那托は同じように、背中を蹴り飛ばした。

見た目はまだ細身のある悟空たちだが。
力は大人に劣ってはいない。
しかも容赦していない為。


……相当痛い。


うめく男たちに目もくれずに。
那托は喫茶店のドアを閉めた。

飾ったベルが、チリンと高い音を立てる。


「ああいう連中はぶん殴っていいから」
「って……そ、それ問題になるんじゃ…」
「損害賠償とか? だってあいつらが仕掛けてきたんだし」
「オイラも結構ぶっ飛ばしたぞ」
「あれは立派な営業妨害だろ」


平然とした顔で、那托も李厘も話す。

悟空は、法律とかはよく判らないが。
こういう事をして、店の評判は落ちないのか。

しかし那托も李厘も、やはり気にしていないようで。


「よーし、仕事再開〜」
「あ、ホットドッグ三つね」


言いながら、二人で悟空の手を引く。
悟空は戸惑いながら、それについて行った。

フロアに戻ると、客はいつも通り。
驚いているのは、初めて来た客で。
それ以外は、見慣れた光景だと呟いている。


客が二人、悟空に声をかける。


「大丈夫か? 悟空君」
「え、う、はい…」
「悟空ちゃんは初めてよね、あんな連中」
「う、ん……びっくりした」

常連の男女二人組。
悟空もこの二人とは、仕事合間によく話をする。

「那托君と李厘ちゃんは相変わらずだなぁ」
「手加減なしね。凄い音したわ」


……喫茶店ってこういうものだろうか。
悟空はぼんやりとそんな事を考えた。



「お陰で妙な連中は来ないのよ」
「たまに来るけど、二人が追い出すしね」
「安心して、ゆっくり出来るのよ、ここって」


女性がにっこりと悟空に向かって笑う。
なんと返せばいいか判らず、悟空はただ見つめ返して。

不意に後ろから聞こえた、那托の声に我に返る。


「悟空、これ持ってって!」
「あ、うん、判った!」






出入り口にかけたベルが、音を立てた。


――――……小さな喫茶店は、今日も商売繁盛です。


















先の事は見えなくて

まだ、はっきりした目的も見えなくて



手探りのまま、僕らは歩き続けています










だから時々、何処かで問題を起こすのは

許せる限り、許して下さい



僕らが出来る、唯一はっきりとした自己主張

自分の意志を、そっくりそのまま見せること










FIN.




後書き