Weakness






好きになった方の負け










さて、どっちの負けだろう?














空は何処までも晴れ間が続いていて。
見上げる木々の枝の間から、光が零れ。
少し眩しく、けれど深いではなかった。


焔は芝生の上に寝転がり、目を閉じていた。

小うるさい部下たちはいない。
年がら年中一緒にいるというわけでも無いが。
二人の腹心の片割れは、色々と口うるさかった。
勝手に、ふらりといなくなる事に対しても。

どうせ彼のもとに行くのだろうと、呆れながら。
すべき目的を忘れるなと小言を言う。


それを聞くなんて事は、とっくに飽きていた。





それより、聞いていたい声がある。





瞼の裏で、零れた光が映る。

目を閉じても眩しいなんて事は。
下界に来て、初めて知ったような気がする。


「………そうでもないか」

ふと思い出した、光に。
焔は上体を起こし、そう小さく呟いた。


まだ天界にいた頃に、一つの眩しい光を知った。
まだ幼かったその光は、何より輝いていて。
無邪気に笑うそれに、知らぬ間に引き込まれた。

誰かも判らぬ相手に、躊躇う事無く話し掛けて。
周囲に慈しみを受け、輝いていた光。






「………なにしてんの? 焔」





――――この声の、持ち主。

後方からの声に、肩越しに振り向けば。
そこには不思議そうな顔をした、一人の少年―――悟空。

木々の間から、手近な木に手を添えて。
警戒する様子もなく、焔を見つめ。
やや時間を置くと、こちらへと歩み寄ってきた。


「珍しいな、お前がこんなとこいるの」
「……まぁな」
「紫鳶と是音はいないの?」
「腹心だからと、いつも一緒って訳じゃないからな」


焔のすぐ隣に、悟空はすとんと座る。

本来、敵同士でありながら、こんな風に。
同じ時間を共用しているのは、不可思議な事だろう。


「お前もそうだろう? いつもあいつらと一緒って訳じゃない」
「うん。今休憩中で、オレこの辺探検してた」


子供のような言葉に、焔は小さく笑う。
それを見つけた悟空が、頬を膨らませ。


「何笑ってんだよ」
「いや……別に」


はぐらかす焔に、悟空はやはり拗ねるが。
それもほんの一瞬だけだった。

もともと近かった距離を、また縮めて。
僅かな距離に、悟空は少し微笑んだ。


「どうせなら、もっとこっちに来い」


ぐい、と焔は悟空の肩を寄せて。
悟空が気付いた時には、身体が触れ合っていて。
肩に置かれたままの、焔の手。

嫌ではないから、振り払わずに。
甘える事にして、少し擦り寄った。


そんな悟空は、まるで猫のようだった。

「――――悟空」


名を呼ぶと、悟空が顔を上げる。

ただ触れ合っていた、沈黙の時間。
それが心地良かったから、それに甘んじていたけれど。


「俺と来い、悟空」


告げた言葉は、一体何度目だろう。
返ってくる言葉は、いつも同じで。
それは多分、変わらないことだろうけど。

繰り返される言葉に、悟空は目を伏せ。
己の肩に置かれた焔の手に、自分の手を重ね。


「……いきなり言うなよな」
「それは、すまなかったな」


悟空の手が、焔の手から離れて。
焔はその手を、悟空の肩から離し。
くしゃ、と大地色の髪を優しく撫ぜた。

悟空の細身の身体を抱き締めて。
大地色の柔らかい髪に、そっと口付ける。


「奴らの傍が嫌になったら、いつでも来い」


焔の言葉に、悟空は淡く微笑んだ。
ほんの少し、戸惑ったような色を見せて。

悟空は、焔の肩に、頭を乗せた。


「ほんと、いつでも行くからな」
「ああ……待っている」
「………待つなよ」
「俺が勝手に待っているだけだ」


悟空の言葉に、答えると。
悟空はまた、淡い微笑を見せた。

「じゃあ、待ってろ」と。
呟かれた小さな声に、焔は頷いた。
「ずっとな」と言う声が、木々のざわめきに消えた。


そんな甘い空気の中に。



「邪魔すんぜ、大将」

「……相変わらずのようですね、お二人とも」



突然割り込んだ声に、悟空が肩を揺らした。
焔は思い切り、眉間に皺を寄せた。

振り返ってみれば、其処にいたのはやはり。
焔の配下である、是音と紫鳶だった。
是音は揶揄うように、にやにやと笑いながらこちらを見ている。


「お前たち……いつの間に……」
「かなり前からお邪魔させてもらってましたが」
「気付かねえほど、そっちに気が行ってたみてぇだがな」


睨みつける焔の視線も意に介さず。
二人は、こちらへと歩み寄ってくる。


「それにしても……随分イチャいてたなぁ?」
「何が言いたい? 是音……」
「いや。うちの大将は青春真っ最中なんだなと」


近付く二人の足音に、呆然としていた悟空が我に返る。
己を留める焔の腕を、強引に引き剥がし。


「おっ、オレっ、帰るっ!!」


上ずった声をあげながら、悟空は立ち上がり。
自分が此処へ来た方向へと、足を向ける。

しかし、その腕を焔が掴んで。


「別に良いだろう」
「なっ、だっ……ちょ……」


敵同士なのに、と。
今更そんな事を言い出す悟空。

耳まで真っ赤になっている事に、是音が笑った。


焔が悟空の腕を引っ張ると。
悟空はバランスを崩して座り込む。

焔の隣ではなく、膝上に。


「もう少しぐらい、構わないだろう?」
「でも……なんか、オレ、すげー場違いじゃ…」
「今更じゃねえか、そんな事」
「あ、あのな是音…」


見下ろしてくる是音を、焔の膝に乗ったまま見上げて。
悟空は、今度は視線を紫鳶へと投げる。
現状に戸惑っているのが、金瞳から見て取れる。

しかし、焔はそんな悟空を離す気はなく。
是音も紫鳶も、悟空の事は嫌いではないから。


「もうしばらく、いいのではないですか?」
「…紫鳶まで……」


はぁ、と悟空が小さく溜息を吐いた。


悟空が焔を見上げる。
焔は、そんな悟空をじっと見下ろして。

戸惑いながら見上げてくる、透明度の高い金瞳。
この色だけは、いつ見ても心地良い。
まだ変声期も迎えていない、高めの声も。


「しょうがないなぁ……」
「そうそう。そうしとけって」


ぽんぽんと是音が悟空の頭を叩くと。
悟空が子供扱いするな、と言う前に。
焔がその手を、邪魔だと払い除けた。

悟空が不思議そうに焔を見上げたが。
焔は誤魔化すように、悟空の金錮に口付ける。


「是音、無粋ですよ」
「へいへい。邪魔して悪かったよ」
「だったら今すぐ帰れ」


じろり、と焔は二人を睨みつける。

そんな焔の服を、悟空が引っ張る。
見下ろす先には、少し不満げな悟空の顔。


「……どうした?」
「いいじゃん、皆一緒で
さ」
「……しかし…」
「その方が楽しいし」


焔としては、二人きりがいい。
けれど、悟空は皆一緒がいい。

見上げながら、「いいじゃん」と。
繰り返す悟空に、焔は小さく息を吐いて。


「……仕方ないか…」


言うと、悟空は笑みを見せる。
それを見た是音が、またにやりと笑って。


「おっ、惚れた弱みって奴か?」
「是音」
「へいへい、悪かったよ」
「いえ、否定はしませんが」


紫鳶の言葉に、焔は眉間に皺を寄せた。


「……お前ら、やっぱり帰れ」
「やだね」
「お断りします」


焔の低い声音にも、平然と。
是音は悟空の頭を撫でながら。
紫鳶は手近な木に背を預け、こちらを見て告げる。

悟空は是音の手を甘受していたが。
やはり、それを見た焔が手を払い退けた。



「悟空に触るな」



堂々と発言された言葉に、是音と紫鳶は肩を竦め。
悟空は焔に抱き締められて、小さく笑った。





遠くで保護者の声がするのは、聞こえない。
















好いた惚れたは、理屈ではなく

あるがまま、抱いてしまった感情だから、逆らいがたい


目の前にある存在に、全て許してしまいたくなる









多少の我が侭ぐらいなら、可愛いと思ってしまうから











FIN.




後書き