Moment





逢いたくて

逢えなくて


そんなのだから、逢えた時が嬉しくて










僅かな時間、どうやってキミと過ごそうか



















悟空はこっそりと、宿屋を抜け出した。


窓を開け、桟に足を乗せ、周囲を見渡して。
他の部屋の明かりがついていない事を確認し。
悟空は身軽に、3階の部屋から飛び降りた。

トッと地面に足をつけた悟空は。
もう一度周囲を見渡して、それから。
躊躇う事無く、その場から走り出した。


灯りのない街並みを、高く昇った月が照らす。
悟空は誰もいない街道を一気に走り抜ける。

街から少し離れた場所にある森へ。
ほんの数分前に、其処へと向かう影を見た。
だから。



其処にいるだろう、本来なら敵である人物の元へ走った。




道のない獣道を、悟空は走って行った。

足が周囲の茂みに引っかかるが、気にしない。
伸びきった木の枝も、悟空の頬を掠めて行くが。
悟空はそれらを避けないまま、走った。


宿からずっと走ってきているが。
悟空は息切れ一つしていなかった。

それどころか、金瞳は爛々と輝いていた。


――――しばらくすると、視界が徐々に開けてくる。

鬱蒼と茂っていた木々が、左右に割れ。
まるで悟空へ道を作るようで。

距離を置いて、泉が見えた。
その泉の傍で、こちらを見ている一人の青年――――



「紅孩児!!」




トッと地面を蹴って。
悟空は自分を待っていた青年に抱き付いた。


「おっ……と……」


抱きつかれた青年―――紅孩児は、少しよろめいて。
だがその場に座り込むような事は無かった。

抱き付いてきた悟空の肩に手を置いて。
いつも鋭い眼光が、今は形を潜め。
見下ろす赤い瞳は、穏やかなものだった。


「バレてないか?」
「バレてない! 多分、だけど」


紅孩児の問いに、悟空は明るい声で答えて。
付け足された答えに、紅孩児は苦笑する。

いつ頃からか、二人はこうして逢うようになった。
勿論、互いの仲間達には内緒だ。
とくに、悟空は。



「敏いからな……あいつらは」
「そっちはバレてないのか?」
「……とっくにバレてるな…」
「いいなー、そっちは許してもらえるんだもん」


見上げながら、本気で羨ましそうに言う悟空。

紅孩児の側では、もう仕方がないと。
独角は節度を忘れなければいいと言った。
八百鼡や李厘に至っては、「頑張って!」等と言う。


悟空の方は、そうは行かない。

三蔵も悟浄も八戒も、過保護だから。
まさか敵と逢っているなんて知られたら。


「オレ、バレたら大目玉だよ」


悟空は頭の後ろで手を組んで。
自分より幾分背の高い紅孩児を見上げた。


そんな悟空に、紅孩児は小さく笑いを漏らし。
悟空の肩に手を置き、押して。
泉の際へと、二人で歩を進めた。

吹き抜ける風に、泉の水面が僅かに揺れ。
夜空の色が映し出されていた。


「野暮な話は、なしにしよう」
「…そだな」


紅孩児の言葉に、悟空は笑い。
短い答えを返した。

泉の岸辺に、悟空は腰を下ろした。
紅孩児もその隣に、座り。
悟空は靴を脱いで、足先を水面に浸した。


「へへ、冷てぇ」
「当たり前の事だろ」
「でも気持ちいーよ」


ぱしゃぱしゃと足を動かして、水飛沫を散らせ。
きらきらと光る雫に、悟空は無邪気に笑った。


風が止み、悟空も大人しくなり。
時折、短い会話が二人の間にあって。

三蔵たちが直ぐに叩くだとか。
李厘が相変わらず、勝手に抜け出すとか。
愚痴のようなものも二人揃って零した。


夜月が泉に映り込む。
青白い光が、水面に反射される。


「………なんか、きれーだな」


ポツリと、悟空が小さな声で呟いた。

紅孩児は何も言わないまま。
悟空の大地色の髪を、くしゃりと撫でた。


「紅孩児の手、結構大きいんだな」
「お前が小さいだけじゃないか?」
「小さくねーよ」


紅孩児の言葉に、悟空はむぅっと頬を膨らませた。

それでも、また頭を撫でられると。
悟空は仔猫のように目を閉じ、笑っていて。


「八戒もよく頭撫でてくれるんだよな」


笑みを浮かべたまま、悟空が呟き。
紅孩児は、撫でる手を止めた。


「紅孩児?」


不意に止められた事で、不思議に思ったのか。
悟空は紅孩児を見上げ、首を傾げる。

悟空を見下ろしている紅孩児は。
自分自身、機嫌が悪くなっている事に気付いていた。
別に誰が悪いと言う事も無いのに。


「なんか、怒ってない?」
「いや、別に」
「別にって面じゃないぞ」


覗き込んでくる悟空に、紅孩児は目を伏せた。

悟空はそんな紅孩児を見て。



「紅孩児が一番好きだよ」



急に、そんな事を言う。

紅孩児が目を開けると、目の前には。
笑みを浮かべた悟空が、覗き込んでいて。


「紅孩児、機嫌直った?」
「なっ!?」
「単純だよなぁ」


悟空が短く声を上げて笑い。
紅孩児は、口元が緩んでいることに気付く。

口元を手で隠し、紅孩児は明後日の方向を向いた。


「お前に言われたくはない」
「なんだよー」


言われた言葉に、今度は悟空が拗ねた。
紅孩児の紅い髪を引っ張り、どういう意味だと問い詰める。


そんな悟空に、紅孩児は小さく笑みを漏らし。
口元から当てていた手を離して。

紅孩児は、見上げてくる悟空に目を向け。
幼さを残す頬に、そっと手を添え。


「……ふぇ?」


冷たい金錮の上に、口付けを落とす。

悟空は、きょとんとした顔をして。
一体何が、と言うような表情をしている。


「単純なのはお前の方だ…おまけに、子供」


紅孩児が小さな声で囁くと。
やや間を置いて、悟空の顔が真っ赤に染まる。

額に口付けただけなのに。
悟空は耳まで真っ赤になっていた。
淡い月明かりだけで判るほどに。


「ほらな」




悟空は真っ赤な顔のまま、固まっていて。
そんな彼の頭を、また紅孩児は撫でてやった。


「………ばかやろ」
「お前もな」
「……………うん」


紅孩児の言葉に、悟空は小さく頷いて。
紅い髪をくいくいと引っ張って。
子供が甘えるように、紅孩児に擦り寄った。

紅孩児もそんな悟空を甘受して。
悟空の小さな体を、腕の中に抱きこんだ。





――――東空が白むまでは、このままで。














逢いたくて

逢えなくて


そんなのだから、逢えた時が嬉しくて










ただ傍にいるだけで過ぎていく時間


夜が明けるまでは、このままで―――――











FIN.




後書き