FIANCE??





ガキだから無理とか

従弟だからダメとか


そういう理屈は必要ない









理論で説明なんか出来やしない


人の感情なんかそんなものだ

















悟空は、戸惑っていた。


悟空は現役の女子高生。
体育の成績は抜群だが、それ以外は舌から数えた方が早い。
理数類は数字を見ているだけで頭が痛くなる。

兄三人と、広い家に住んでいる。
最近は、一人の従弟とその親も加わった。


……戸惑いの原因は、その従弟の少年。

出逢ってから、悟空は彼を猫可愛がりしている。
いつも兄に大事にされるばかりだった自分。
初めてできた弟に、心の底からはしゃいだ。

その少年もなんだかんだ言いつつ、悟空を好いてくれて。
…そして投下された、爆弾発言。





『お前は俺の嫁になれ』


















朝一番、目覚めと同時に頬にキスをされた。
一人の、まだ子供の少年に。

あまりの唐突さに、何が起きたか判らなかった。



彼が来るまで、彼女を起こすのは次兄・八戒だった。
長兄・三蔵も、面倒そうに起こしに来ることがある。
末兄の悟浄は、一度も来た事がない(二人が許さない)。

だが、少年が来てからは。
大抵、その少年が悟空を起こしに来る。

それを兄が良しと思っていないことは、悟空は知らない…



体を揺すられて目を覚まし。
眠気眼を擦っていると、いつも。

「朝の挨拶」と言って、キスを落とすのだった。


今朝も。

まだ変声期を迎えていない少年の声に起こされ。
気怠さを露に、起き上がったら。
彼はベッドに上って、悟空の頬に口付けて。


「やっと起きたな」


「おはよう」なんて言われた試しはない。
いつもそうやって、尊大でいる。

ふとすれば生意気なガキと思われるのだが。
悟空にとっては、初めて出来た弟(従弟だが)。
それ位、なんともないのだった。

三蔵の口ぶりに慣れている所為もあるかも知れない……



別に、それだけなら悟空だって構わない。
甘えて貰っているようで嬉しい。

だが、それが学校にまで回ってきては戸惑いもする。


その弟は、家に来るまで別の学校に通っていた。
住んでいた場所が違うのだから、当たり前だ。

だが家に来てから、いついてしまい。
彼の父(悟空にとっては伯父)が転校させた。
まだ12歳だから、小学校だ。平日、学生は学校へ。


依頼、毎朝、悟空は弟を学校へ送っていく。
そんな事しなくていいと言われたが、悟空がしたかった。

手を繋いで、まず弟を小学校へ送り出す。
最初は嫌がっていたが、今では。
弟の方から、手を繋ごうとしてくる。

そして弟を小学校へ送り届け。
自分も高校へと、遅刻しないようにと走り出す。



最近はすっかり朝の日常風景である。



悟空が高校について、授業が始まり。
嫌いな数学の時間は、欠伸を噛み殺し。
続いた物理の授業は、寝惚けて半分以上聞いていなかった。

ちなみに友人・李厘は寝倒していた。


休憩時間になると、悟空の戸惑いはまた訪れる。


「悟空ちゃん、来てるよ」


窓辺にいたクラスメイトが言った。
促されて窓からグラウンドを見ると。
グラウンドトラックの白線を踏んで、少年は其処にいた。

ランドセルを背負って、Gパンのポケットに手を突っ込んで。
「さっさと降りて来い」と言うようにこちらを見ている。


時刻はまだ11時。
どう考えても、学校ボイコットである。

慌てて降りて、傍に駆け寄り。


「ダメじゃん、学校サボってこっち来ちゃ」
「別に今回が初めてじゃないだろ」
「そうじゃなくて……」


悟空の言葉に、憮然と答える弟。
脱力しかけた悟空は、呼吸しなおして。


「学校サボっちゃダメなの」


自分よりまだまだ背の低い弟に目線を合わせ。
悟空は自分がお姉さんだと意識して、注意した。

だが弟の反応は、


「学校なんてつまんねぇんだよ」
「だからってこっちまで来ちゃ、」
「お前と一緒がいいんだ」


面と向かってそんな事を言われて。
悟空は一瞬、返す言葉に窮してしまう。


それでも、なんとか小学校へと送り戻し。
悟空はほっと息をついて教室に戻るが。

放課後、李厘たちと返ろうと思ったら。


「悟空、あいつまたいるぜ」


那托が校門を指差して言った。
“あいつ”が誰か、もう判った。

校門まで行けば、やはり其処にいたのは。


「………遅い」


憮然とした表情の弟。
弟は悟空の手を引っ張って、さっさと帰るぞと言う。

一緒に帰る筈だった二人に詫びを述べ。
悟空は弟に引っ張られながら、帰路についた。


これがしょっちゅう繰り返されている。
友人関係が希薄になる事はないが、戸惑いは隠せなかった。

自分を慕ってくれるのは嬉しい。
だけど、学校をサボらなくてもいいと思う。

逢いに来てくれるのは、本当に嬉しいけど。


最初はイジメられているのかと思った。
転校生だし、何かと目立つ。
だが弟の方から人を遠ざけているから、それは違った。

本当に悟空に逢いたいだけらしい。
その為だけに、学校を抜け出して高校まで訪れるのだ。


放課後も。

小学校と高校では、終わる時間が違う。
小学校が終ると、真っ直ぐ高校に来るのだ。
そして悟空が出てくるまで待っている。


嬉しいけれど。
何故そこまで慕ってくれるのか、不思議に思う事がある。












江流は好機、だと思っていた。


数ヶ月前からいついた、叔父(面識なし)の実家。

父が突然「顔を見に行きましょう」と言うから。
渋々ながらついていき、結局帰らず仕舞い。


その要因は、一人の少女。
従兄が隠していた、江流にとっては従姉の少女。

一見した時は「変わった女」と思っていたが。
忙しなく変わる表情が見ていて心地良くて。



『お前は俺の嫁になれ』



酔っていた訳じゃなく、真顔で言った。
まさか自分が言うとは思っていなかった言葉を。

言われた本人は、きょとんとしていた。
従兄三人があれこれ煩かったが、無視した。


今日は平日。
それにも関わらず、江流は家にいた。

自分だけではない。
『嫁になれ』と言った相手も、今は自室にいる。
試験中で、早く帰れたらしい(江流はやはりサボり)。


従姉の名は、悟空。
三人の兄に慈しまれて育った少女。

高校生なのに、江流より子供っぽい。
江流が子供らしいように見えないもの確かだが。
それ以上に、悟空は本当に幼かった。


江流は、そんな彼女が好きだった。
家族の情などではなく、本気で。

マセガキだとか勘違いだとか言われても。
江流はその感情を曲げるつもりはなかった。



それ故、今が好機だと思う。


煩い従兄たちがいない。

長兄・末兄は煙草を買いに出たらしく。
次兄は夕飯の買い物に行くと出て行った。
江流と悟空が学校から帰る前に。

……父は何処に行ったか知らない。
ふらりといなくなる事が多いから、あまり気にしなかった。


この広い家に、お手伝いと言うものはいない。
家事全般は、次兄の役目だった。

だから今、自分達以外誰もいないわけで。


「……邪魔が入らねえな」


この機を逃してどうする。

子供とは思えない不敵な笑みを浮かべて。
江流は悟空の部屋へと、歩を進めていった。




躊躇いもせず、部屋のドアを開けた。
小さな寝息が、静かな空間の中で聞こえる。

クィーンサイズのベッド。
悟空がベッドから落ちないようにと、兄が買ったものらしい。
はっきり言って、過保護もいいところだ。


「ま……いいんだがな」


安眠している悟空を見て、呟いた。

シャツ一枚と薄生地のハーフパンツ。
大地色の髪がシーツの波に散らばっていた。
昼寝をする時、悟空は大抵この格好だった。


「………無防備すぎ…」


傍に(子供と言えど)男がいるのに。
時折食べ物の名前を寝言にしたりしている。


江流はベッドに上り、悟空に近付いた。
スプリングの軋みにも、悟空は目覚めない。

覗き込んで見ると、安らかな寝顔で。
江流は、少し視線をずらしてみた。
小振りな膨らみが、シャツを押し上げている。


「……邪魔もいないしな」


嫁にするんだから、と。
最早決定事項になっているらしい。

その小振りな膨らみに、触れた。
思いの外、それは柔らかいもので。


「………やべ……」


何がやばいんだか、自分でも判らないが。
不意に、そんな言葉が漏れて出た。

あまり“女”というものに関心のない江流。
こうやって触れるのも、勿論初めてな訳で。


ほんの少し、胸に手を押し付けてみる。
触れるだけの時よりも、感触がはっきりして。

やっぱり止めようかと、思わないでもなかったが。


「ん……こうりゅ……?」


ぼんやりとした瞳で見上げられ。
それが寝惚けている所為だと判っていても。
ストッパーが役目を成さなくなって来る。

見上げた金瞳に、熱が含まれている。
当然、それは江流の気の所為なのだが。


「なに…してんの……?」
「……夫婦の営み」
「…………ふぁ?」


ゆっくりと起き上がった悟空は。
江流の返事に、欠伸に混じって間抜けな声を上げた。

それから、胸に置かれた手に気付く。



江流は悟空のシャツをたくし上げた。
こうまでされて、悟空もじっとしている訳がなく。


「ちょっと、こら、江流っ」
「お前は俺の嫁になるんだから、いいだろ、別に」
「いーわけないでしょ!」


覆い被さろうとする江流を、悟空の手が拒むが。


「別に最後まではやらねえよ。ゆっくりな」
「じゃなくて、ホントそーじゃなくて!」


じたばたと暴れ始める悟空。
江流は悟空の腕を掴み、ベッドに押し付けた。

血色のいい喉に唇を寄せる。
僅かに息がかかって、悟空の身体が震えた。


「こら……っふ…」


漏れた呼吸に、艶が宿る。


「こういう事は…好きな子と…っ……」
「だからお前が好きなんだよ」


囁いた言葉に、悟空がまたきょとんとして。
間近にある江流の顔を覗き込んできた。

江流もしばらくは、その瞳を見つめ。


「………お前が好きなんじゃ、駄目なのか?」


真っ直ぐに金瞳を見返すと。
その強い瞳に、悟空は一度口を噤み。


「その……えっと……」
「冗談で言ってんじゃねえからな」
「う、ん………」


詰め寄る江流に、悟空は頷く。
それを見て、江流は口端を緩める。

笑った、と判ったのだろうか。
悟空がまじまじと見下ろしてきた。


そんな悟空を見上げ。


「お前が俺の嫁になるんだから、いいんだよ」



ゆっくりと近付いてくる、端整な顔立ちに。
悟空は、最早身動ぎすることを忘れ。



―――――ガゴッッ!!



「いいわけねぇだろ、クソガキっっ!!!」


響き渡った怒号に、悟空は我に返り。
江流は激痛を訴える頭を手で抑えていた。


「こっ、江流、大丈夫!?」


悟空の声に、江流は答えない。
相当の鈍痛が、江流の頭に響いている。

江流はバッと顔を上げた。
その視線の先には、三蔵・悟浄・八戒の姿。


一体何を投げつけたと言うのか。
しかし、江流はそんな事(!?)は気にせず。


「夫婦の邪魔すんじゃねーよ」
「ふざけた事言ってんじゃねーよ」
「誰と誰が夫婦だってんだっつの」
「何処でそーいう事覚えて来るんでしょうね、最近の子供って」


睨みあう江流と三蔵・悟浄・八戒。
そんな彼らの脇を擦り抜け、悟空の傍に光明が歩み寄り。


「すいませんねえ、手順を踏まない子で」

「そーいう問題じゃない(です)!!」



のほほんとした光明の言葉と。
声を荒げる三人と、憮然とした江流。

悟空はただ、その光景を呆然と見ていた。















好きだから

好きだから


冗談だとかじゃなくて









本気だと気付いて貰えないなら


こっちから気付かせればいいだけの話











FIN.




後書き