孤独の羽根 孤独な羽を曝して 君だけの羽ばたきを見せて 夕方、執務から戻った三蔵は、私室で違和感を覚えた。 その理由は簡単なモノで。 「悟空?」 いつもうるさい小猿がいない。 常ならば私室に帰ってきた三蔵に飛びつくのに、今日はそれがない。 三蔵は部屋を見回すが何処にもそれらしい影はない。 寺院の連中が何かしたかも知れない。 妖怪だとか金晴眼だとか、どうでもいいだろうに。 まだ十歳そこらの子供にそんなことをわめき散らしてどうするのか。 ふと部屋の前を誰かが通る気配がした。 僧だ。 「おい」 ドアを開けて、僧を呼び止める。 新参者らしい。 「なんでしょう、三蔵様」 「ここにガキがいた筈だ。何処に行ったか聞いているか?」 僧はしばらく考え 「それでしたら今朝、友人等の所へ行くと…」 悟浄と八戒だ。 先日ある事件がきっかけで知り合った人物に、悟空はやけに懐いていた。 親しく出来る者が増えて嬉しいのか、三蔵が仕事で不在の折りはよく行っているという。 悟空のことを考えれば良いことなのだろうが、三蔵は面白くなかった。 「あいつらか」 会いたくないのだが、悟空が向こうにいるなら別だ。 保護者として連れ戻しに行かなければならない 『保護者』 悟空を拾ったとき位置づけられた、その場所。 インプリティングとでも言うのか――雛鳥のようについて来る。 寺院にいる間、悟空に不信感を抱く者がいてもそれ以外の何かを抱く者はいない。 だから自分の、悟空への本当の思いなんて気付かずにいた。 けれど。 「……沸いてんな…俺も」 街へ、彼等の家へ向かいながら、三蔵はつぶやいた。 自分以外の誰かに笑いかける悟空に苛立った。 少し前まで、あの綺麗な瞳は自分だけを写していた。 それなのに―――今は。 荒っぽく玄関口を蹴り開ける。 突然の訪問者に八戒と悟浄は驚く。 しかし三蔵はそんなことはお構い無しで。 「猿は」 三蔵の用件だけの言葉に、八戒と悟浄は顔を見合わした。 先に口を開いたのは、悟浄。 「悟空だったら昼飯食ってとっとと帰ったぜ。何? 帰ってねーの?」 帰って来ていればこんな所には来ない、と視線で告げる。 八戒はいぶかしげな表情で、 「迷子にでもなってるんじゃないでしょうか」 その可能性は十分すぎる程、ある。 三蔵はきびすを返して『邪魔したな』とだけ言って出た。 うつろい揺れる願いの果てに 愛を求めながら とにかく闇雲に探そうなどとは思わなかった。 何処に行ったか予想も出来ないのに、自然と歩が進む。 そうしてたどり着いたのは、寺院の裏山。 脚はそのまま山頂へと向かう。 迷うことなく、まっすぐ。 既に日は落ちていて、月光が道標を作るように山を照らす。 たどり着いた山頂に、いた。 「さんぞー」 振り返って無邪気に笑って、悟空は三蔵を見る。 その姿が天使か何かのようで―――――その背に見える翼は、幻だと判っているけれど。 綺麗だった。 けれど同時に、ひどく切なくて。 駆け寄ってきた悟空を、強く抱きしめた。 突然包んでくれた腕に、悟空は一瞬戸惑う。 それでも大好きな三蔵が抱きしめてくれているのだと知ると、太陽のように笑った。 腕の中の小さな存在を強く抱きしめる。 消えてしまわないように。 「バカが、門限ぐらい守りやがれ」 「へへ…ごめん、三蔵」 悟空を解放すると、その視線は空へと向けられる。 正確には、月へ。 降り注ぐ月光が、二人を照らす。 「悟浄たちのとこから帰ったとき、三蔵まだ仕事してたからさ。邪魔しちゃ悪いなって」 時間つぶしにここへ来たら、今度は居眠りしたんだと言う。 「そんで、起きたらでっかい月があってさ。太陽みたいだなって」 「月と太陽は別物だろ」 「そうだけど…でもさ」 いつだったか判んないけど、見たことあるみたいで キレーだって 思ったんだ 遙か遠くを見るように、悟空は月を見上げる。 何年も昔のことを思いだし、慈しむような、穏やかな瞳。 先刻と同様に、その背に翼が見えて――この世ならざる者のように。 焦燥間にかられたように、手を伸ばして。 そして触れた感覚に、ひどく安堵していた。 「三蔵、どうしたの? 痛いよ…」 消えていきそうで 「―……行くな」 やっと言葉が出て どこにも… 行くな 絞り出した言葉はそれだけ。 けれどそれは全ての本心。 ただ、俺のもとから消えるなと。 ただ…――― ねえ誰かが囁いてるよ この夜の扉の向こうで 信じてるなら愛を聞かせて 頬を濡らす迄に FIN 後書き |