WISH






手を伸ばせば届く夢だけど





そうするのが怖い











だってすり抜けて行きそう







砂みたいに。
























「最近、猿が変なんだけど」



いきなり言い出した悟浄に、二人は訳が判らない。



「呼んでも返事しねぇし、大人しいし」
「静かでいい」
「俺がつまんねぇんだよ」



普段悟空のことを煩わしそうにしている癖に。
どうせそんなものは、表面だけのものだろうけど。



「思春期でしょうか」
「あいつは発情期だと思う」



きっぱり言い返す悟浄に、八戒の無言の圧力。
「ゴメンナサイ」と返すぐらいなら、言わなければいいだろうに。




「で、どうしろってんだ」




三蔵が悟浄を睨みながら問う。



「あいつがああなるなら、お前絡みしかねえなって」
「知るか」



推測だけで押し付けようとする悟浄を一蹴する。

しかしこのしばらく、悟空はヘマが続いている。
今でこそ宿屋でのんびりしているが、二日前まで野宿の連続。



「疲れが溜まってたんじゃないですか?」



立て続けの刺客に、足りない睡眠時間。
それを思い出しながら、八戒は腕組をして告げる。



「そりゃないな」



手を振って答える悟浄に、ますます判らなくなった。

結局、原因じゃないかと思わしくは、三蔵のみだ。
悟浄だけでなく、八戒もそこに行き着く。




「…三蔵」




呼べば不機嫌そうに、ちらと視線だけを向けた。



「悟空のとこ、行ってきて下さい」
「なぜ俺が行かにゃならん」
「あなたが適任です」
「ガキの相手はお前だろうが」



三蔵の台詞に、八戒は曖昧な表情をするだけ。
そして。







「悟空の相手は、あなたですよ?」







いつもの笑顔で言っているのは、その片隅に嫉妬があるからか。
とにかくとばっちりは御免だと、悟浄は部屋から出る。



用意されていた食事を見るけど―――
いつものバカ猿は、来ない。

三蔵は眉間の皺を追加させて、苛立ちを抱えながら部屋へ向かう。
ここしばらく悟空の様子が可笑しいのは知っていた。

だが……





(俺の知ったことか)





心当たりなどない。
そう胸中で思いながらも、足は悟空のもとへと向かっていて。

結局、気になるのだ。



(……沸いてんな)



滑稽な、と。
八年前に拾ってから、いつの間にこんなに、大きな存在になったのか。



(ただのバカの癖しやがって)



いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていた。
面倒だと思うこともある。

でも、それ以上に―――








愛しい。









(イカれたな、頭)



溜息混じりに思った。




珍しく悟空が自分で個室を希望したのを思い出す。
その部屋を、三蔵はノックもせずに開けた。

中は静かで――





「悟空」






呼べば、窓辺でぼうっとしていた子供が振り返る。
入ってきた事に気付いていなかったのか。





「…三蔵、いつ来たの?」





そんなことを聞いてくる。
三蔵は溜息をついた。



「さっきだ」



それだけを答えて、備え付けの椅子に腰掛けた。

悟空は何も言わない。
しかし困惑の色は、隠せてなくて。



「…迷惑だって顔してんな」



いきなり虚をつかれて、悟空はきょとんとした。
意識していなかったらしい。



「迷惑じゃないけど……びっくりした」



言いながらも悟空の視線は、窓向こうへと戻された。

少し、苛立つ。
心ここに在らず、ということだ。



「…何やってる」
「へ?」
「ここんとこ呆けっ放しだろうが。何を考えてる?」
「…オレ、ぼーっとしてた?」






やはりこれも、無自覚らしい。

戦闘中にぼうっとしていたことも、ジープの中でも、宿屋でも。
ずっと、意識はここになかった。



「うぜーんだよ、そうやってんのが」



自覚のない悟空としては、そうやって言われても、判らない。



「なんかあるなら言え。面倒かけんじゃねぇ、俺に」



他の二人ならいいのか、と悟空は言いたくなる。
これが三蔵なのだが。

けれど、話すべきかは別。











悟空もここずっと、考え事をしていた。

呆けていたのは憶えていないが……どうしても、考え事に意識が行っていた。
言っても、怒られないだろうか。
下らないことだと一蹴されても、悟空にとっては大事なことで。


だって。



大好きな人と、一緒にいたいから。











「…言わなきゃ、ダメ?」
「言え」



きっぱりそれだけを返す三蔵に、悟空は表情に影を落とす。
あまり、誰にも話したくなかった。




「えと……怒んない?」




やっぱり、それだけは気になる。




「聞いてから考えてやる」




絶対怒るだろうな、と思った。
でも―――黙っているのも、限界だったかも知れない。

言えるのは、一つだけ。
それ以上を話そうとしたら、泣くから。







「一人ぼっちになるのかなって」













だって昔も、そうだった。
憶えていないけど、僅かな記憶の疼きが告げる。

いつだったかこうやって一緒にいた人は―――





いなくなった。











いきなり、頭を叩かれて、小切れのいい音が響く。



「いってぇ!!」
「下らんこと考えてんじゃねーよ、このバカ猿」
「下らなくねーもん! オレに取っちゃ、大事なことなんだもん!」



半ば涙目になって、三蔵を見る。



(やっぱ怒った!)



話せと言うから話したのに、これはないだろう。









皆と一緒にいたい

離れたくない



だけど何故か、そう思うたびに心臓が痛い。









「なんか、考えてたら怖くなった。でも、考えるのやめるのも、怖かった」



それだけ言うと、悟空は座り込んで泣き出す。
三蔵が溜息を吐いたのが聴こえた。



「バカ猿」



いきなり告げられた言葉は、お決まりの呼び台詞。

けれど、その口調は呆れたように、優しくて。
頭を撫でられた。





「だからバカなんだよ。一緒にいたいなら、いりゃいいだろうが」
「だって怖いんだもん。皆、いなくなったらどうしようって」





500年の褪せた記憶も、悟空を蝕むには十分すぎる。

消えた記憶の中にいる人々の温もりと。
あの誰もいない山奥の冷たさと。


過去は、過去にしかならないけれど。







「今から後の事まで考えてんじゃねぇよ」







だって、明日は見えない。
望むものが手に入るかどうかも判らない。




「一緒にいたいなら、そうしろ」




そう望むなら。





「お前は、俺と一緒にいたくねぇのか?」





その言葉に、悟空は首を横に振る。
判りきっていた返答ではあるけれど。



「じゃぁここにいろ。そうすりゃ、一人になんかならねぇよ」



多分、雲を掴むように、曖昧なことなのだろう。
それでも、不安は消してやりたい。

そっと悟空の頬に手を添えた。
涙で濡れている。




「一緒にいたいなら、離れるな」





その手に、悟空が自分の手で触れる。

まだ自分より小さい掌。
八年前よりは成長しているけれど、自分に比べたらまだ小さい。







「一緒…いたい…」






愚図りながら、悟空が呟くのが聴こえた。








「じゃぁこの手を放すなよ」







悟空は小さく頷いた。
これだけで、悟空のこの願いは叶うと信じたい。
だから自分も、この子供の傍にいたい。

手を伸ばせば、こんな簡単に届く夢を、叶えてやりたい。
柄じゃないけど。













手を伸ばせば届く夢なら叶えたい。











零れ落ちる砂はすくえばいい。












気の遠くなること
かもしれないけど

















一緒にいたいから















FIN.




後書き