POSITION









ここにいること







キミといること
















ただそれだけ――


















揺れるジープの上。
傍らに眠る小猿の寝顔を見ながら、悟浄はぼんやりしていた。

見つめる悟空の寝顔は、年齢と反比例して、酷く幼い。
安らかな寝顔で眠るのは、誰の夢を見ているのか。




(どうせそこの生臭坊主なんだろうけどよ)




嫉妬まじりに考えて、ちらと煙草を吹かす最高僧を見た。



(なーんで、こんなのがいいんだか)



悟浄には判らない。
刷り込みだと言われれば、そうかも知れない。

悟空が三蔵を慕う理由の一つ――――多分、三蔵が拾ったから。







じゃあ俺が拾ってたら、俺に懐いてたか?

…どうだろう。



俺が、こいつの『絶対』になってたのか?

……正直、望みは薄い。









だって自分は汚れてるし、こんな純粋な存在が傍らにいるなんて、ありえない。




(……それなら生臭坊主や、そこの笑顔魔人も一緒か)




ハンドルを握っている八戒は、相変わらず終始笑顔で。
その隣の三蔵は、相変わらず不機嫌面。



(八戒はまだ判るんだよな。餌付けしてるしよ……)



持ち前の料理の腕で八戒が悟空に好かれたのは、出逢って直ぐだった。



(判んねぇのは三蔵だよ。口開きゃ死ねとか殺すとか…優しさなんかねぇじゃん)



優しさが滲み出る三蔵というのも、遠慮願いたいが。

けれど遠回りに優しくしたり、甘やかしているのは三蔵。
どついたり怒鳴ったり、けれどそれは、悟空を心配しているから。




(気持ち悪ぃけど)




自分は、どうだろう。

からかったり、同じレベルで言い合ったり。
飯の取り合いとか、ジープの上でのじゃれつきのような喧嘩とか。





少しは悟空の心に、俺は生きてんのか…?





らしくもない疑問だけど。






「ん〜……」





眠っていた悟空が、もぞもぞと起き上がる。
ぼうっとした目を擦っている。




「あ、悟空。起きましたか」




相変わらず反応の早い八戒。
悟空はまだ寝惚け眼だが、言葉はしっかり届いたようだ。



「うん…ねぇ、腹減った」
「オメーはそればっかだな」
「だって腹減ったんだもん」



少し拗ねて言うのが、可愛いと思う。
こんな感情を抱いたのはいつからだったか。




「ねぇ、腹減ったよ」
「じゃぁもう少し行ったらお休みしますか。いいですね、三蔵?」
「……勝手にしろ」




いつもだったら先に進むとか、街に着くまで我慢しろとか。
なんの気紛れか、こういう日がたまにある。


優しーのね、小猿ちゃんには。


そんなことを言ったら鉛が飛んでくるが。




無邪気に三蔵に話し掛ける悟空を見ながら、悟浄は暇を弄ぶ。




「なぁ三蔵、オレ飯喰ったら、この辺色々見たい!」
「却下。」
「なんでぇ?! いいじゃん、それくらい」




保護者さんは大変ねーなどとぼやきながら、内心は嫉妬で煮えたぎっていて。

曖昧な位置にいる自分に腹が立つ。
もう少し、奥まで行けたら。
甘えてくるわけでもなく、いつも喧嘩ばかりで。







もっと、奥に行けたら。








悟空の要望通り、一向は適当な場所でジープから降りた。
変化を解いたジープは、八戒に擦り寄ったあと、悟空にじゃれついた。



「ほら悟空、ご飯冷めちゃいますよ」
「え、やだっ」



ジープとのじゃれ合いを途中止めにして、悟空は食事へ。
食事中は相変わらずワイワイと騒がしい。



「あーっ! 悟浄、それオレのぉ!!」
「早いモン勝ちに決まってんだろーが。悔しいなら名前書けよ」
「返せってば!」
「喰っちまったから、もームリー♪」



殴りかかる悟空を、手で押さえる。
リーチの差で、悟空の手は届かない。




「はいはい、その辺にして。悟空、まだちゃんとありますよ」




悟空専用保父ならではの手早さで、八戒は料理を置いた。
こんな野外でろくな設備もないのに、よくもまぁ、こんあに多いレパートリーが作れるもんだ。



「だってアレ食べたかったんだもん」
「ちゃんとありますって。はい、アーン」
「…八戒、ガキじゃねぇんだぞ。甘やかすな」



八戒の行動を制す三蔵からは、怒りが混じっている。



「やだねー、男の嫉妬って見苦しー♪」
「死ね」



飛んできた鉛弾を間一髪で避ける。
舌打ちが聴こえた。

悟空はそんなことなど何処吹く風で、雛鳥のように八戒に食べさせて貰っている。





(ちょっとムカつく)






さっき三蔵に向けた言葉は、自分にも向けられる。

独占欲の強い三蔵の嫉妬心はすぐ表に出る。
普段は感情を見せない癖に、悟空が絡むと、鉄仮面はあっさり崩れ落ちる。



自分は、違う。
飄々として、押し隠すんじゃなくて、消す。

道化のように。



「三蔵、やっぱりこの辺見ていきたい」
「却下っつってるのが判んねぇのか」
「だってゆっくりしたいもん。ねぇ八戒、ダメ?」
「僕は全然OKですよ」



保護者二人に引っ付いて、悟空は子供のように二人を見ている。
無邪気に笑って。









……ムカつく。










苛立ちが押さえきれそうになくて。




「あれ? 悟浄、何処行くんだ?」




煙草吸うのに、悟空は煩いから、と言い訳をつけて、そこから離れた。











女を口説き落とすには自信があった。

甘い言葉を吐けば、それに酔うから。
だからいつも軽い付き合いで済ませていて、それ以上行くなんてことはない。


愛なんて、いらなかったから。
知らなかったから。

それなのに―――













「沸いてんなぁ、俺」



煙草を吹かして空を仰いで、そう漏らした。
愛なんてなくても生きていける。
それは幼い頃の経験から。

でも。



あの子供は、一人ぼっちになったら、きっと死んでしまう。



「兎もそうだしな。……あいつは猿か」



冴え渡る空に、声は溶けていく。
今自分は、どんな顔をしているんだろうか。










「ヘンな顔」










いきなりアップになった、子供の顔。



「……なんだよ」
「何やってんのかなぁって。気になったから来てみた」



内心、随分驚いた。
だって唇が触れそうなほど、近かった。

ふと持ったままの煙草を見ると、すでに半分もない。
指先でピンと弾いて、踏み潰した。



「何やってたんだ?」
「…煙草だよ」
「ふーん……」



既に火の消えた潰れた煙草。
同じように、この心に燻る火も、消えてくれたなら。

黒ずんだ何かを残す前に。



頭一つ半下にある、悟空の顔。

もう18なのに、幼さは抜けなくて。
純粋で―――汚れなんか知らないように。


こんな存在が今、隣にいる。





「悟空…――――」





呼ばれた悟空は、顔を上げた。
その唇にほんの少し、触れた。



少しは、生きてるんだろうか。

こいつの、中に。



別に特別な存在でもなく、甘えさせてくれる存在でもない、自分。
らしくもなく、不安が過ぎる。



「…悟浄?」



きょとんとした表情で見上げられて。




「ガーキ」
「なっ……!」




悟空は顔を真っ赤にして、悟浄を睨んだ。








俺は、お前の中にいるのか?








じっと睨む目は、今は悟浄だけに向けられていて。
その金瞳がずっと、自分だけに向けられていたら。



「からかったなっ!」



毛を逆立てる猫のようで。

からかい半分、本気半分と言った所か。
一気に押し倒してやろうかなどと思いながら、そうしない。


悟空は相変わらず、無邪気で何も判っていない。




「なぁ」
「なんだよっ」
「話あっから、ちっと座れ」




まだ憤慨している悟空の頭を撫でて、悟浄は腰を下ろした。



「…判ったよぉ…」



悟空はむぅと膨れながら、同じように座る。

色々、聞きたいことはある。
けれどそんなに、のんびり出来る時間が、有るわけじゃなくて。
一番気になることは、ずっと不安げに考えるものしかない。



気になるのは、一つ。








「俺は、お前のなんなんだ?」








仲間とか、そういうことじゃなくて、なんなのか。
自分は悟空の心の中に、いるのか。
いるなら、どんな存在としているのか。

悟空は突然の質問に、しばらく訳が判らないと言った表情で。



「赤ゴキ。」
「そーじゃねぇ」



なんとなく予想された返答で、悟浄はがくっと肩を落とした。




「マジで答えろ」




言われて、悟空は空を仰いでいる。



「何って言われてもなぁ……」



考え込む悟空に、悟浄は少し諦めていた。
やっぱ、大したモンじゃねぇよな、と。

八戒のように保父という訳でもなく、三蔵のように大事な存在と言える訳でもなく。
予想がついていただけに、落胆はあまりなかった。










「にーちゃん」










「………は???」



いきなり返ってきた言葉に、悟浄は間の抜けた表情になる。



「あれ? でもにーちゃんってこんなのかな?」



悟空は首を傾げて、悟浄を見た。




「悟浄って、にーちゃんいたんだろ。どんなだった?」
「え?」




いきなり話を振られ、悟浄は頭の回転が出来なかった。
よく判らず、質問に答えられない。



「…それ、どういう意味だよ?」



悟空の質問を無視して問う。
しかし悟空の方もよく判らないようで、また考え込む。



「取り合えず…悟浄って、オレの我儘よく聞いてくれるじゃん」



というより、付き合わされているんだが。



「そんで、喧嘩とかして……一緒に遊んだりとかして…」



他愛もない話から、少しずつ。
我儘言って、同じレベルで言い返してくるのは悟浄だけ。

悟浄の前でだけ虚勢を張って、喧嘩するようにじゃれあう。






「壁みたいなの、なくていいから」






気楽なんだ。



上手く言い表せない悟空を、撫でた。
悩むだけ無駄だったかも知れない、と。



「兄ちゃん、ね」
「にーちゃんがどんなのか、オレ知らないけど。こんなじゃないかなって」



悟浄の中の、兄は……どんなヒトだったのだろうか。

霞掛かって見えるのは、思い出すことが最近少なくなった所為。
そんな暇がなくなって所為。



「オレにとって、悟浄はにーちゃんなの」



無邪気な顔で笑いかけてくる。

こんな純粋な存在の、兄だなんて。
いいポジションにいるじゃないか。

悩んでいた自分が恥ずかしくなってきて、悟浄は紅い髪を掻きあげた。




「お前みてぇな弟はいらねーよ。キーキーうるせぇし」
「なんだとっ!!」




保護者のガードも固いし、鈍いし。
悟浄は苦笑した。





(納得できてねーのな、俺ってば)





三蔵、八戒とも全く違う位置にいるのに。
このポジションはきっと、自分だけの場所なのに。





もっと。


もっと…

望んでいる。






目の前で寝転がる子供は、いつの間にか寝息を立てている。



「隣にいるのが三蔵たちだったら、甘えるんだろーな」



でも、俺には甘えてこない。
自然体のままでいられるからだと、自惚れてもいいのだろうか。

一緒に夜中まで起きていて、気が付いたら悟空は寝ている。
気兼ねなしで、一緒にいられる。




今だけ、な。




もう少し悟空が、大人になれたら、言おう。
その時には誰かに取られているかもしれないけれど。

奪う自身はあるしな。


今は、このまま。





「保護者なんかに負けるかよ」





甘えさせてくれる三蔵のように、俺は器用じゃない。
あいつも器用じゃないけど。

微笑みかけやってる八戒のように、俺は優しくない。
あいつも見返りみたいなもの、求めてるけど。


俺は、俺。
彼らと一緒でなくていい。
悟空だってそんなこと、望んでない。







今はこのまま。








今は――――




















お前とここにいるって事、感謝するよ。












今はそれだけで





感謝しないとな














FIN.




後書き