Candy party 「お腹空いたぁ〜」 お決まりの台詞を漏らした悟空。 三蔵と悟浄は煙草を買いに行っていて不在、現在宿にいるのは悟空と八戒のみだ。 今日は宿屋の空き部屋が無かった為、四人部屋を取った。 三蔵と悟浄は不満そうだったが、悟空は諸手で喜んだ。 皆と一緒にいられる、と。 「八戒、お腹空いた」 ベッドの上にちょこんと座って、悟空は八戒を見ている。 八戒はくすっと笑う。 「もうすぐお昼ご飯の時間ですから、もうちょっと待ってましょう」 「え〜っ…お腹空いたよぉ、オレ……」 悟空は不満そうに俯いて、腹のムシがなったのが八戒に聞こえた。 お腹空いた、とだけ連呼して、悟空は抱いていた枕をぽふぽふと叩いた。 八戒の前でだけで見せる子供らしい仕草。 そうやって、おねだりでもするような視線に八戒は弱い。 「いい子ですから、もうちょっと、ね?」 小さな子供をあやすように撫でて、八戒は笑顔を向ける。 「むぅ〜〜…」 悟空はじっと八戒を見上げ、未だに不満げなまま。 ちら、と悟空の視線が向けられる。 「……ダメ?」 おねだり、と言うような視線。 八戒は苦笑して、何かあったかなと考える。 結局、折れている自分がいることに笑う。 「キッチン借りようにも、ここは大食堂になってるって言いますしねぇ……」 そこそこ大きなこの宿屋は、調理場に担当員以外は置かないことになっているらしい。 八戒はどうしたものかと首を捻らせる。 「お腹空いたってば、はっかいぃ〜」 甘える悟空を撫でながら、八戒はまだ考えている。 そんな間にも悟空は相変わらず空腹を訴え続ける。 一先ず何か…… そこまで考えて、ふと思い出す。 「悟空、いらっしゃい」 頭を撫でて、八戒は部屋から出る。 悟空はその後ろをちょこちょこ着いていく。 その仕草が可愛くて、八戒は小さく笑みを漏らした。 小さな子供が、親を追いかけるようで。 きっと親だなんて位置にいられるのは三蔵だけなのだろう。 けれど自分はそれに近い、保父の位置。 悟空も心許して懐いてくれる。 「大好き」と繰り返し、一緒にいることを望んでくれている。 八戒は部屋から出て、悟空の手を引く。 「表で小さな子に飴配ってるおばさんがいたでしょう?」 「うん、憶えてる」 悟空は子供が親に答えるように、八戒を見て言った。 「ちょっと貰って来ましょうか」 飴玉なんて小さな子が喜ぶモノ。 だけど悟空も喜んで受け取るのだ。 小さな子供のように。 「どの味にします?」 「えっとなー……苺もいいし、ミカンもいいし、ブドウも好き」 「全部、一個ずつ貰いましょうか」 「うん!」 表に出て、悟空はすぐさま一方を指差す。 そこには道行く小さな子供に飴玉をあげる、気のいい老婆。 悟空は嬉しそうに彼女に駆け寄った。 「おばあちゃん!」 「なんだいボウヤ」 18歳に見えない悟空に老婆は笑う。 「すいません、突然」 「いや、いいよ。ボウヤ、飴いるかい?」 老婆の言葉に、悟空は頷いた。 素直な反応の悟空に、老婆は持っていた袋から飴を取り出す。 「…一杯いるかい?」 「うんっ」 「じゃぁ、好きなだけ持ってお行きよ」 老婆の言葉に、悟空は戸惑って八戒を見る。 悟空の頭を撫でて、八戒は笑った。 少し気恥ずかしそうにしながら、老婆の手にある袋を受け取る。 その中を覗いて。 「…いいの?」 悟空はしばらく迷うようにして、袋の中の飴を見ている。 老婆が傍らに立つ八戒に視線を映した。 「旅の人かえ?」 「ええ」 「そうか。なんもない街じゃが、まぁゆっくりなされ。それとも、急ぎかね」 「それ程でもないですよ。この街ではのんびりします」 三蔵の銃弾がそろそろなくなってきたのを思い出し、八戒は答える。 「あんたら何処から来なさった?」 「東の長安からです」 「おやまぁ、そんな遠かとこから……」 言って老婆は、悟空を見つめる。 悟空はまだ迷っているようで。 「気を付けなせぇよ。妖怪に襲われんようになぁ」 それくらいなんともないし、日常の一環。 取り合えず八戒は笑っていた。 「こんな世の中、夜道は歩かんほうがええ。ましてこんな子連れとったら……」 悟空を見ながら、老婆は話す。 孫を見ているような優しい瞳に、悟空が気付いて顔をあげた。 悟空はしばらくきょとんとした顔をして、それから笑った。 「……気をつけなされよ。何があるか判らん世じゃ…」 「だいじょーぶだよ!」 悟空の元気な声に、老婆が顔を上げた。 「オレつぇーもん! な、八戒!!」 「──ええ。でも、迷子は直しましょうね」 言われて悟空は紅くなった。 「迷子なんかになってねーもん!」 「じゃぁそういう事にしておきましょうか」 ムキになって否定するのが可愛い。 「とにかくさ。妖怪の一匹や二匹、オレがぶっ飛ばしてやる!」 惜し気もなく言う悟空に、八戒も老婆も笑っていた。 旅の話を断片的に話す悟空を、老婆はただじっと見ている。 祖母と孫のようにも見えて、八戒は、また笑う。 「あ、そうだ」 悟空が思い出したように、飴の入った袋を見た。 そこから取り出したのは、緑色の飴が二つ。 「これ欲しい」 「二つでええんかね」 「うん。一杯欲しかったけど、これでいい」 悟空ははにかんで、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。 飴の入った袋は老婆に返し、悟空は手にもった緑の飴を見る。 「じゃーね!」 「有難うございました」 元気に手を振る悟空と、軽く会釈する八戒。 老婆は緩く手を振り、また道行く子供たちに飴を渡していた。 宿の部屋に戻った悟空は、しばらく持っていた飴を天井に掲げて眺めていた。 緑色のその飴は、悟空が横になっている傍らの窓から、光に照らされている。 太陽の光を透して、飴はきらきらと光っていた。 「キレー……」 食べるの勿体無いな、と悟空らしからぬ言葉が聞こえた。 部屋に戻ってからずっとそうしている。 「八戒、見て見て! すっげぇキレーに光ってんだよ!」 嬉しそうに駆け寄る悟空を、八戒は膝の上に座らせた。 「見てよ、コレ。ほら、光ってる」 窓のほうに飴を掲げ、悟空は言う。 飴玉はビーズのように輝いていた。 「綺麗ですね」 「うん、キレー」 惜し気もない18歳の子供を、八戒は優しく撫でた。 八戒はふとしたことが気になって、悟空を見る。 撫でる手はそのまま。 「良かったんですか?」 八戒の突然の問いに、悟空がきょとんとした顔を向けた。 「二つだけで良かったんですか?」 「……うん。いいの」 遠慮でもしたのか、悟空は告げる。 視線はまた、ビーズの飴玉に注がれる。 「苺とかも欲しかったけど、これでいい」 注ぐ瞳は飴玉に注がれたままで。 けれど。 「だって、八戒の色だ」 その言葉に、八戒は悟空を見下ろした。 ひょいっと悟空が顔を向けて、いつもの無邪気な笑み。 「緑色は、八戒の瞳と一緒の色だもん。オレ、この色好きだよ」 だから、これだけで十分なの。 ────気が付いたら抱き締めていて。 悟空がくすくす笑いながら、痛い、と言う。 だけどもっと強く、とも言って。 八戒は子供をあやすように抱き締めた。 「……一緒に食べよ?」 悟空が八戒に差し出すのは、二つのビーズの飴の、片方。 18歳にしては小さめの手の上にある、飴。 「──他の二人には、内緒ですよ」 人差し指を当てて。 悟空は嬉しそうに頷いて、飴を口に放る。 八戒も一緒に。 口に広がったのは、ただもメロン味。 その筈なのに─── もっともっと 甘かった。 FIN. 後書き |