狂咲 薄れた記憶 蘇る記憶 お前はその中で 何を求める? 何処までも広がる一面の花畑。 何処かで見た事があるような、ないような。 懐かしい想いを抱き、同時に哀しい想いを感じる。 何故だろう──何故こんな想いを胸にするのだろう。 自分はこんな場所、知らない筈なのに。 「……なんだろ…」 何故、こんな想いを抱くのだろう。 見たことがある、けれど記憶に無いこの光景。 知っている、けれど判らないこの想い。 一体、ここは何処だろう。 知っているのに知らない、この何処までも続く菜の花畑─── 「これって…夢なのかなぁ」 触れる花から匂いはするのに、質量はない。 何処か虚像のようで。 その場にしゃがんで、恐る恐る花に触れ、摘み取ってみる。 摘み取った花を顔に近付けてみるが、やはり物量的なものはない。 ふとすれば消えていきそうにも見える、花。 「夢なのかな…?」 幼い頃見た夢。 三蔵に拾われたばかりの頃見た、金色の夢。 三蔵に似ている、けれど違うあの人の夢。 差し伸べられた手を取るけど、そこに触れたという感覚はなかった。 そう思うと哀しくなるのは何故だろうか。 自分は、こんな場所は知らないはずなのに。 それとも、知っているのだろうか。 遥か昔の、幼い自分が。 「……夢…かな……」 失われた記憶に、悟空は涙を流しそうになる。 ───不意に。 「……夢さ」 ふわ、と誰かに背中から抱き込まれた。 聞き慣れた低いオブラートの声に、悟空は言葉を失った。 「夢さ…、だが現実でもある」 闘神焔太子。 敵。 それなら闘わなければならない。 例えこれが夢の中であるとしても。 それなのに。 「夢でしかこうやって話が出来ないのは、残念だが……」 背中から伝わる温もり。 「それでも」 何故だろう───それに安堵してしまう。 相手は敵だというのに。 「俺は嬉しいよ、孫悟空……」 何故だろう。 懐かしい───そんな感覚さえ憶える。 握っていた拳の力がなくなり、半ば焔に支えられるようになり。 脚の膝を折って、焔に抱きかかえられ、ようやく地の上に立っている。 焔がその場に座ると、悟空も同じ場所にへたり込んでしまう。 どんな表情をすればいいのか判らない。 そう言った風に、悟空はただ呆然としている。 「孫悟空……」 自分を呼ぶ焔の声は、何よりも優しくて。 敵なんだという事を、忘れてしまいそうで。 「逢いたかった──…」 何故、そんな言葉が言えるのだろう。 「ほむら……」 それだけを搾り出すのが、やっとで。 心臓が派手な鼓動を立てている。 「淋しかったか? それとも、俺の事など考える暇もなかったか?」 「…わかんない…」 考える暇もなかった。 ずっと考えていた。 ──頭が痛い。 何故だろう。 声になるはずの声は、音を伴わない。 「俺は…ずっとお前の事ばかり考えていたよ」 幼い子供をあやすように、焔は囁いた。 抱き締める腕を振り払う事が出来ない。 知ってる。 こうやって抱き締める、この腕を。 ずっと昔に。 「ほむら」 名前を呟く事すら、苦しい。 自分を見る違う色の瞳は優しいのに。 「どうした?」 小さな子供を慈しむように見つめられて。 悟空の表情に、不安と、懐かしさが入り混じっていく。 安堵を憶えるその奥で。 怖い、と。 ───こんな自分は、知らない。 「孫悟空……」 優しい声。 暖かい温もり。 全身から力が抜ける。 「……なぁ…ここ、どこ……?」 その言葉を、ようやく搾り出せた。 「夢の中だ」 「……そう、だけど…」 自分は、知ってる。 この花畑を。 「どこなの…?」 羽織を掴んだ悟空に、焔は何処か意外そうな表情をしていた。 ──ここは、500年前の天界。 二人が、初めて出逢った、あの花畑。 それを悟空が知ることは、きっと自分が生きている間は有り得ないだろう。 「憶えがあるのか?」 「……わかんない…けど…しってる……?」 ただ朧気な記憶に眠る場所。 記憶の封印が薄れてきているのだと、焔には予想がついた。 揺れる金晴眼に、焔は目を伏せた。 「……苦しいか?」 「…なにが…?……」 「…ここが」 焔の手が、悟空の胸の上に置かれる。 「…わかんない……」 紡がれる言葉はそれだけ。 だが息が出来ない。 すぐ傍に感じる知った温もりに、戸惑いが隠せない。 悟空の胸に置かれていた大きな手が、今度は大きな金色を覆った。 その隙間から流れる、雫。 封印が弱まりつつあると同時に押し寄せる、失われた記憶の波。 遥か五百年の昔の、あの思い出。 何も知らなかった子供が、あの無愛想な男に育てられて。 変わり者と名高い元帥。 ガキ大将とも思える、軍大将。 そして──殺人人形と謳われた、少年。 ただ、幸せだったあの頃。 「思い出したいか?」 「……え?」 そして子供が望んだ事は、彼らの──そしてあの太陽の、傍にいること。 「全てを…思い出したいか?」 「……すべて…?…」 そんな幼い願いさえ───あの薄汚い神は……───!! 異端児だとか。 金晴眼だとか。 この子供は何も知らなかったのだ。 ただ、自分を取り巻く人々が好きで、ただそれだけだったのに。 「お前が望むなら、その封印を俺が解いてやる。───換わりに」 鈴麗を失って、虚像の空間にいる意味も無く。 けれど死ぬ事も出来ずに居た。 そんな自分を、この子供は救ってくれた。 「…かわりに?」 色の無かったあの世界で、この子供の傍だけは。 好きだった。 「今のお前は…いなくなる」 だからただ、守ってやりたいと。 この無垢な心を汚したくないと願った。 ───それなのに── 「オレが…いなく……なる…?」 幼い子供の、幼い願いさえ。 あの神々には、邪魔だった。 「孫悟空───俺と、行こう」 あの腐った天上界を。 あの薄汚い神々を。 なんの罪も無いお前を、嘲った奴らを。 ──俺たちの手で。 ──endless....? 後書き |