CRIME was born 聞き慣れた言葉 浴びせられる罵倒 幼い頃の記憶は───消えないまま 痣の痛みを伴って……─── ズキズキと……痛みがある。 侵食していく痛み。 掌を胸に当ててみる。 それで痛みがなくなるなんて、思ってもいない。 気休めになんてなりゃしない。 ただなんとなく、そうしたかった。 最近知り合った子供が、よくする仕草。 保護者に置いてけぼりを食らって、自分達が預かって。 やはり親元のところがいいのか、寂しいらしく。 よく胸のあたりを抑えている。 別にそれで、寂しくなくなる訳でもないのに。 けれど、気持ちは判らないでもない。 何故か、痛みを伴うから。 それを少しでも、誤魔化したいんだろう。 ……今日は、罪が生まれた日。 「預かれ」 相方が出ている間に、客が来た。 最近は珍しくもない事。 以前は、他人が家に来るなんて滅多にない事だったが。 最近は、少しばかり事情が違って。 「…ま、いいけど」 先の言葉に、多少面倒そうに応えた。 来客は相変わらずの仏頂面。 これであの最高僧、三蔵の名を持っているのだ。 誰がこんな奴を僧侶にしたのか、疑問に思う。 煙草は吸う、博打は打つ。 決定打は口癖だろう。 死ね、殺すなどの言葉は、悟浄は聞きなれてしまった。 概ねその言葉を放たれるのは、自分なのだ。 しかも本気で。 でなければ、鉛弾が飛んでくるなど有り得ない。 そんな人物だから、判らない。 傍らにしがみつく子供の存在が。 「……ついてく」 「却下だ」 子供が発した言葉に、三蔵は冷たく返す。 別段、珍しい事ではない。 もともとこういう人間なのだ。 それを思うと、ますます判らなくなった。 「ついてく!」 「却下だっつってるだろ」 三蔵の法衣を握って離れようとしない。 大地色の髪に、零れ落ちんばかりの金色の瞳。 八年前に拾ったらしい、小猿。 今年で15になると聞いた。 そんな面差しは全く見られない、子供───孫悟空。 三蔵の後ろを、仔犬か雛のようについていく。 この、見た目だけ美形の性格破綻者に。 しがみ付く悟空を引き剥がし、三蔵は小猿を押し付けた。 そのまま何も言わず、踵を返して。 …振り返ることすらせず(する奴じゃないと思うが)、背は遠くなっていく。 悟浄の傍らで、悟空はずっとそれを見ていて。 ───この子供は、「置いていかれる」事が酷く嫌いだった。 「……あいつ、どれ位で帰るんだ?」 そんなことを聞いてみた。 悟空は今度は悟浄にしがみつく。 まるで淋しさを誤魔化すように。 「……四日」 ぽつりと、それだけ返されて。 また俯いてしまった。 やはり、不貞腐れてしまっているようだ。 それとも、淋しいのだろうか。 悟空を家に入れ、リビングに落ち着けさせた。 普段は喧しい小猿も、置いていかれたせいか今日はやけに大人しい。 何かある訳でもないのに、長い大地色の髪をいじっている。 ───あれ、三蔵がやったんだってんだよな。 一体いつも、どんな表情で結わえているのか。 項で無造作に括られた髪。 長い大地色の髪は、動物の尻尾のようで。 「……四日で帰るんだろ」 さっき聞いた言葉を繰り返す。 悟空は小さく頷く。 「なら大人しく待ってりゃ、早く帰ってくるだろ」 事実、三蔵はいつも告知より一日早く帰ってくる。 なんでも、声が煩いだとかで。 けれど、満更でもないのを悟浄は知っている。 三蔵が悟空を置いて行って。 沈んでいる悟空に、八戒はいつも言い聞かせる。 『いい子にしてたら、早く帰ってきてくれますよ』 子供をあやすように。 悟空も頷いて。 それでも淋しげな表情は隠せない。 少し乱暴に掻き撫ぜてやった。 仔犬のように目を細めて。 手が離れると、見上げてきた。 「…八戒は?」 「買い物行った」 同居人がいない事に気付いて、訪ねてきた。 「じゃ、遊んで!」 空元気を半分交じらせて。 それでも言ってきた悟空の頭を撫でやって。 タンスに入れていたカード引っ張り出した。 ──心の奥を見られないように。 本当は、今日は一人でいたかった。 ───だって今日は、罪が生まれた日。 いちいち一つ一つを引き摺って生きるつもりはない。 けれど今日は、どうしても。 いつものように飄々としていられる自信が無かった。 いつもと変わらないでいる余裕が無かった。 ───罪が生まれた、この日だけは。 こんな情けない姿を、誰かに見られたくなかった。 同居人や、不機嫌な最高僧や。 まして、人の感情の起伏に聡い子供には。 何を言われるかなんて構わない。 ただ、見られたくなかった。 情けない内面を晒すような自分は。 ───けれど、子供は目聡くて。 カードは飽きたと、悟空が言った。 既に通算何度目かに判らない勝負を終えて。 自分が負けてばかりで、つまらなくなったのだろう。 「他になんかないの?」 「お前が負けるよーなもんしかねぇよ」 言えば、悟空はぷーっと膨れた。 それに大してガキ、と返してやった。 これで15だなんて、信じられない。 「悟浄、お腹すいた」 お馴染みの言葉が出てきた。 そろそろだろうと思ってはいたが。 「八戒まだ帰んないの?」 「…商店街のばーちゃんにでも掴まってんじゃねぇ?」 人当たりがいいお陰で、よくある事だった。 そのまま長話になる事も。 お前は主婦かと思わず言った事もある。 悟空は明らかにつまらなそうな顔をした。 空腹とカードの負け続けのせいだろう。 それに加えて、三蔵に置いていかれた事。 くしゃっと頭を撫でてやる。 「……ごじょぉ…」 ふっと呼ばれて、視線を落とした。 真っ直ぐな金色とぶつかる。 じっと自分を見詰めてくる。 何処までも澄んだ金色は、逸らされる事はなく。 「どっか痛いの?」 何を言っているのか判らなかった。 子供は、ただ真っ直ぐに見てくる。 「なんかね……痛いって言ってる」 「……何がだよ」 「…ごじょぉが」 いまいちよく判らない。 悟空が何を言いたいのか、悟浄には判らない。 「なんか…痛いの。悟浄見てると」 「……そりゃ俺じゃなくてお前だろ」 「だって悟浄が痛いって言うから」 ただ悟空が言う事は間違っていない。 だって痛いから。 悟空が言うように、痛みはあるから。 だから悟空にだけは、特に見せたくなかった。 情けない心を曝け出したような、今日の自分は。 普段はとことん鈍いくせに、こういうときだけ聡いから。 「ここ、痛い?」 ぎゅっと抱きついて。 悟空は頭を、悟浄の胸元に乗せた。 やっぱり、子供はこういうことに聡い。 椅子じゃなく、床に悟浄は腰を下ろした。 少し冷えた床。 それでも悟空は抱きついたまま。 「なぁ、痛い? ずきずきする?」 真っ直ぐな瞳で聞いてくる。 優しく大地色の髪を撫でてやった。 「そーだな…でも、もうあんま痛くねぇや」 「ホント? もう痛くない?」 「──……ああ」 何度も聞いてくるから、何度も応えた。 けれど、悟空は離れない。 悟浄も離れろとは言わなかった。 今はこのままでいたかった。 くいっと服が引っ張られた。 視線を落とすと、じっと見上げる金色。 零れ落ちるんじゃないかと思うほど。 太陽を思わせる瞳で見上げてきて。 「たんじょーびだよな」 拙い言葉遣いなのは。 まだ悟空が、子供の域を抜けないから。 だから、邪気なんてなくて。 だから、惹かれていて。 「悟浄、生まれてきてくれて良かった!」 「……そりゃどーも」 聞き慣れた言葉 浴びせられる罵声 幼い頃の記憶は消えないまま 痣の痛みを伴って───けれど 罪が生まれたこの日 それでもキミがいるだけで 生まれてきた事全てが罪じゃない ……だってお前に逢えたから。 FIN. 後書き |