tNo almighty 目と目があった瞬間、僕の心の中に眠る 遠い昔に置いてきた、恋心がはじけて なんだか不思議なくらい、自分が自分じゃないみたい 見る物全てが輝き、なんだって出来る気がした 悟浄と同居を始めて一ヶ月ほどしただろうか。 家事全般は既に八戒の役目となっていた。 夜中にふらりと出て行って、朝になっても帰るか判らない。 そんな同居人に呆れつつも。 八戒は此処の所日課になりつつある、お菓子作りをしていた。 一ヶ月前に出逢った小さな少年。 真っ直ぐ自分を見つめてくる。 真正面から言われたあの言葉に、他の何より救われた。 くすんでいた世界が、一気に輝いていった。 そんな中で、一番輝いていたあの子供。 純粋で、無垢で、素直なあの子供。 今日もそろそろ、うちへやってくるだろう。 ケーキのスポンジが焼きあがった頃。 家の玄関を叩く音がした。 八戒はエプロンをつけたまま、玄関に向う。 戸を開ければ、この一ヶ月で見慣れた子供。 「いらっしゃい、悟空」 笑って言うと、悟空はもっと笑った。 走ってきたのか、ほんの少し頬を染めて。 ふっと甘いクリーム匂いに気付いたのだろうか。 「ケーキ?」 「ええ、そうですよ」 単語のみで聞いてくる悟空に、また笑う。 保父さんの笑顔で、悟空を中に入れた。 「まだ出来上がってないんです。クッキーは出来てますよ」 「食べたい! な、いい?」 「ええ。じゃぁ持ってきますから」 リビングに悟空を落ち着かせ、キッチンに戻る。 綺麗に焼きあがっていたクッキーを皿に乗せる。 リビングに入ると、悟空が目を輝かせていた。 その姿がまるで、仔犬のようで。 悟空が座るソファの前の、テーブルに皿を置いた。 すぐさま食べ始める悟空に、「お腹空いてたんですね」と呟く。 悟空はいつだって美味しそうに食べてくれる。 それは、作る八戒としても嬉しい事だ。 悟浄も時々「美味い」と言うことはある。 けれど、悟空には負けるだろう。 本人もこの子供と張り合うつもりはないだろうけど。 それでも悟浄も、悟空を気に入っていた。 保護者である三蔵は、いつも忙しくて。 悟浄や八戒と出逢うまで、いつも暇だったと言う。 天気がよければ外に出て、動物とじゃれて。 さほど遠くない山にも登ったらしい。 けれど、遊びまわる間は楽しくても。 動物が巣へ戻り、風が止まると。 悟空はたった一人、空を仰いでいたと言う。 木々の隙間から射し込む陽光が、唯一の救い。 太陽は見ていてくれるんだと。 傍にいてくれるんだと。 言い聞かせるように、刻を過ごした。 門限までには帰るようにした。 時計は無かった。 だからどちらかと言えば、腹が減れば帰った。 山に登っている時は、寺の門が閉まるまでに。 閉まっていれば垣根を越えていったけど。 執務室でじっとしているのは苦手だろう。 三蔵の傍にいられるとしても。 きっと遊んで貰いたくなる。 結局悟空は、独りぼっちで遊ぶのだ。 動物たちは、自然と巣へ帰る。 けれど悟空は、三蔵の仕事が終わるまで帰れない。 そんな日を、五年間も過ごしていた。 『でも、もう八戒と悟浄がいるし』 笑ってそんな事を言われた。 一人ぼっちにならなくて済む、と。 その時の笑顔は、決して取り繕ったものじゃなかった。 悟空がクッキーを食べ終えた頃、ケーキも完成した。 包丁を入れて綺麗に六等分にした。 一切れを小皿に乗せて、悟空の前に置いた。 「八戒のケーキ、美味いから好き!」 打算も何も無く、言ってくれるから嬉しい。 「ちゃんと歯磨きするんですよ」 「ん、判ってる」 三蔵からもきつく言われているのだろう。 悟空は反発する事無く頷いた。 15歳とは思えない外見と、胸の内。 常識と言われる事事体、知らない時がある。 三蔵がどれだけ、この子供を過保護にしているか。 そしてその思いは、八戒にも判る事だった。 こんな純粋な子供なら、護りたいと。 「ついてますよ、クリーム」 悟空の口の周りのクリームを拭き取る。 何やらくぐもった声を漏らす。 それが一層、子供のように思えた。 ケーキを食べる悟空の、ふわふわした髪を撫でる。 なんだか太陽の匂いがした気がした。 それは、悟空が太陽と煽る彼の事ではなく。 悟空自身の、暖かな香りだ。 悟空は三蔵の事を太陽だと言う。 けれど八戒の取っては、太陽は悟空なのだ。 それは悟浄や三蔵に取っても同様らしい。 そんな感情を、なんと呼んだだろうか。 以前、愛した人よりも、もっともっと深い。 名称は同じだった気はするけど、違った気もする。 ケーキも食べ終え、悟空は今度は欠伸を漏らす。 遊んで、食べて、寝る。 それが悟空の基本的なライフスタイル。 健康的で子供同然なその様子に、笑みが零れる。 「眠いんですか?」 「んー……でも、八戒と話したいから起きてる」 寝ていいですよ、と八戒が告げる前に。 起きている事を言われた。 それが、八戒と話をしたいから。 八戒は笑って、皿を手に立ち上がる。 「食器洗ってきます。それまでゆっくりして下さいね」 悟空が緩く首を振ったのが見えた。 あの様子では、五分もすれば寝てしまう。 それまでに洗い終わるか、少し考える八戒だった。 少しばかり適当になったが、早めに食器を洗い終えた。 しかしリビングに戻ると、子供はやはり眠っていて。 ソファに寝転んで、小さな寝息を立てている。 「起きてるって言ったのにねぇ」 呆れと笑顔が入り混じった。 悟空を起こさないよう歩み寄る。 無防備な寝顔に、触れるだけのキスを落とした。 くすぐったかったのか、悟空が身動ぎする。 優しく頭を撫でると、子供のようにまた寝入った。 どんな夢を見ているのか。 八戒には判らないが、嫌な夢はみたいないようで。 それさえ判れば、十分だった。 この子供には、ずっと笑っていてほしいから。 彼女を失った時には、思いもしなかった。 真っ直ぐ見詰めてくれる子供に出逢う事。 本心から慕ってくれる子供に出逢う事。 何一つ、思いもしなかった。 全てを失ったと思った、あの時は。 彼女を失った時、神を恨んだ。 いるわけがないと判っていながら、それでも。 そして、周囲のもの全てを憎んだ。 彼女を護れなかった、自分自身さえも。 でも、この子供は「キレイ」だと言ってくれた。 くすんだ瞳だった、この翠を。 真っ直ぐに、「キレイ」だと言ってくれた。 いもしない、信じてもいない神に。 一度は憎んだ神に、少しだけ感謝した。 この子供と出逢えた事を。 幾ら考えても答えなんて無い 君がいる、僕がいる、ただそれだけでいい 明日の事なんて誰にも判らない 神様が僕たちにくれた出逢い、なんて素敵なんだろう この広い世界で君と巡り逢えた 不思議だね、夢ならばこのまま覚めないで 怖がることない、きっと上手くいく このままじゃ終わらない 素晴らしい世界が待ってるんだろう? FIN. FIN. 後書き |