SNOW scenery













まっしろ


まっしろ



ずーっとまっしろ








つめたいって、はじめてしった




























初めて雪の上につけた足跡は。
ひとつじゃなかった。









スキヤキもたらふく食べ終え、悟空は満足げな笑みを浮かべた。
それを見た悟浄は、ガキだなと揶揄う。
けれど上機嫌な悟空に、その声は聞こえない。

食後の一服として、煙草を吸う三蔵にじゃれついている。
八戒は笑いながら片付けをしていた。


「美味かったな、な、さんぞ!」


悟空が構って、とばかりに三蔵に言う。
三蔵は答えないまま、紫煙を吐き出す。

剥れた悟空は、ぐいぐいと保護者の腕を引っ張った。


つい数時間前まで、ずっと蹲っていたのに。




つい先刻まで、雪を怖がっていたのに。

最初の一歩が踏み出せば、後は大丈夫だと言う。
実際、悟空は外に出る事が出来た。
まっさらな雪の上に、足跡を残した。


あの足跡は、直に雪に埋もれていくだろう。
けれど、あの子供がつけたのは事実だから。




「スキヤキって美味いな、また喰いたい!」
「悟空が言うなら、僕はいつでも作りますよ」
「え、ホントっ!!」


はしゃぐ悟空に、八戒が本当ですよと告げた。
悟空は益々喜んで、保護者にタックル宜しく、抱きつく。
すぐさまハリセンが飛んだ。

悟浄が笑い出すと、悟空はムッと睨んできた。




悟浄がついと家の外を見る。
其処には、一面真っ白になっていた。


「おしっ、雪合戦やろうぜ!」
「……ゆきがっせん?」


悟空はきょとんとして悟浄を見た。


雪の事を何も知らない悟空に笑が零れる。
無理もないことではあった。
悟空にとって雪は、ずっと怖いものだったから。



「雪球作ってぶつけ合うんだよ」
「それって楽しいの?」
「おー、結構面白ぇぞ。やるか?」
「面白いならやる!」


言って悟空は、すぐさま外へと向う。
八戒が慌ててその後を追った。


「悟空、ちゃんと厚着してからにして下さい」


小さな身体に自分の上着を被せた。



八戒が使っていたそれは、悟空には大き過ぎた。
けれど悟空は嬉しそうに、家の外へと駆け出す。
それに続いて悟浄も出て行った。




雪球を作る事より、足跡が付くのが楽しいのか。
悟空はあちこち駆け回り、その都度立ち止まる。
立ち止まったら後ろを振り向いて、また駆け出す。

何が楽しいのか、悟浄には判らない。
けれど昔、自分もあんな事をした気がする。


何故だか、面白いのだ。
何も無い白の上に残る、自分の足跡が。



「悟浄、これ面白いな!」


足跡を指差して悟空が言った。


「お子様だな」
「違うっ!」


ムキになって言い返された。


ふと視線を感じて、悟浄が振り向く。
何時の間に部屋から出たのか、三蔵と八戒が其処にいいた。
二人の視線は、駆け回る子供に向けられている。


「転ぶぞ、猿」
「へーき! ───あわっ!」


三蔵が言った傍から、何も無い所で転んだ。

雪の上には、しっかりその跡が残っているだろう。
その跡を見たのか、悟空が笑い出す。


「何が楽しいんだ、あいつは…」
「子供はあんなもんじゃねーの」
「いいじゃないですか、元気で何よりですから」


渋面の三蔵に、悟浄と八戒が言う。






蹲っていた面影は何処にも無い。
元気に駆け回る姿は、よく知る子供そのもので。







悟浄は作った雪球を持って、悟空に近寄る。

気付いた悟空は、至って嬉しそうに笑いかける。
悟浄も口元が緩むのが判った。



「猿、行くぞっ!」
「猿じゃない…あだっ!?」



悟浄が勢いよく投げた雪球が、顔面に当たった。
呆然とする悟空に、悟浄は笑い出す。
何が起きたのか、いまいち理解できないようだ。


「冷たい……」
「当たり前だろ、雪なんだから」


笑いを必至に堪えながら言う。
そっか、という声が小さく聞こえてきた。


そんな悟空に、もう一発雪球を撫でた。
今度は悟空の額に当たって破裂する。

悟空の肩や大地色の髪に、白が重なった。




「雪合戦するっつったろ」
「あ、そっか」



すっかり忘れていたらしい。


悟浄が雪をかき集め、悟空も真似る。
それからどうするんの、と視線を向けられた。
雪を丸めているのを見て、自分も丸める。


悟浄が先に雪球を投げた。
ぱこんと音がして、悟空に雪が被さる。
むっとして、悟空は仕返しとばかりに投げ返す。




「冷たいじゃんか!」
「避けりゃいーだろ」
「不意打ちなんてヒキョーだぞ!」




文句を言いつつ、悟空は雪球を投げる。
悟浄がそれを避けると、頬を膨らませた。



「避けるなよ!」
「やだ。お前がしっかり狙えよ」
「悟浄が避けるから当たらないんだよ!」




ぼすっ、と音がして、悟空が雪の上に転ぶ。
ムキになって前のめりに投げたからだろう。
呆れる悟浄。

しかし少しして、悟空が起き上がらない事に気付く。
転んだ拍子に何処か打ったか。
それ位で泣くような子供じゃないと思うが。


不思議に思いながら、悟浄が歩み寄る。



「おい、猿……いてっ!!」



間近で雪球をぶつけられた。

悟空は雪に埋もれたまま、笑っている。
引っかかった、とばかりに。


「埋めるぞ、コラ!!」
「やだ!」


頭を雪に押さえつける悟浄に、悟空が言う。
口調は何処か楽しそうだった。
悟浄も軽くふざけているような表情で。


悟浄が手を離しても、悟空は転がったまま。




「起きねぇの? 八戒が心配するぜ」
「んー……もーちょっと」




言って雪に顔を埋める。




「風邪引くぜ。三蔵に怒られるぞ」
「うん。でももーちょっと」




悟浄がしゃがんで言うが、起きるつもりは無いらしい。
ふっと見えた悟空の顔は、笑っていた。


「冷たくねーの?」
「冷たいよ」
「じゃなんで笑ってんだよ」
「気持ちいいから」


確かに、騒ぎまくった後だ。
火照った身体には、丁度いいかもしれない。
だがこのままだと風邪を引くのは確実で。


後日自分が死に目に合うのは、予想出来た。




「頼むから起きろ」
「やだー」




はっきりと言われた。


実際、悟空はなんだか嬉しそうで。

頭の隅で、二人に対する言い訳を考えてみる悟浄。
しかしどう転んでも、一発二発殴られるじゃ済まない。




(…予想つく自分が嫌だぜ……)




溜息を吐いた。






「なぁ、悟浄」



不意にかけられた声に、視線を落とす。
少し顔を上げた悟空と、視線があった。


「なんか楽しい」
「…そりゃ良かったな」


小さくうん、と悟空は頷いた。
悟浄も僅かに笑みが零れた。







「雪って、冷たいんだな」








当然の事を、初めて知ったように言う。
いや、きっとこの子供は初めて感じたのだろう。

冷たくて、けれど決して優しくない事は無い。
軌跡を残してくれて。
付けた足跡は、自分が此処にいる事を教えてくれる。


笑う悟空の頭を、優しく撫でた。



「…風邪引くなよ。殺されるの俺だから」
「ん、判った。でももーちょい……」



いい? と視線だけで聞いてくる。




悟浄は笑って、その場に腰を下ろした。















ゆきってさみしいものだとおもってた


つめたいのって、いたいんだっておもってた










……ちがうんだね



だって、すっごくやさしく、つつんでくれた














FIN.







FIN.




後書き