GUADRDIAN もう離さない どれだけ刻が流れても キミを護るから 「マンション住んでるんだ」 高い声が聞こえてくる。 傍らの少年───悟空は、ふぅん、と漏らす。 「意外か?」 「んー…ちょっとね」 その言葉に成年───焔は笑う。 正直な物言いは、遥か昔と変わっていない。 幼さを残すままの顔立ちも。 まるで成長途中のような身長も。 細い体付きも、蘇った記憶と同じ。 違うのは、長く伸びた大地色の髪。 輝く金瞳は、昔と同じままだった。 「誰かの家泊まるの、久しぶりかも」 「……そうか。俺は誰かを家に招く事は初めてだな」 エレベーターに乗り、フロアボタンを押す。 『9』と書かれたプッシュボタン。 「高いね」 「いけないか?」 「見晴らしいいから好き」 太陽も近いし、と付け加える悟空。 太陽が好きなのは、昔と変わらないようだ。 「焔、一人暮らしなの?」 「ああ、そうだな。可笑しいか?」 「だって焔、格好いいし……彼女とかいそう」 「お前の口からそんな言葉が出るとはな」 焔の言葉に、悟空がむっとした。 神であった自分が命を終えて。 どれだけ長い年月が経ったかは判らない。 ただその間、悟空はずっと旅をしていたと言う。 過保護な人物がいない分、色々と耳に入ってきた事だろう。 焔がエレベーターを出ると、悟空もついてきた。 その姿は、小動物を思い起こさせる。 歩幅の差で、二人の距離が開く。 気付いた焔は振り返り、立ち止まる。 悟空が嬉しそうに破顔して駆け寄ってきた。 そう言えば、あの金糸の男は。 歩くスピードは落としても、待つ事はなかったと思う。 悟空が嬉しそうに抱きついた。 どうやら、甘えたい盛りは変わらないままらしい。 抱きつく悟空の頭を撫でてやる。 「子供扱いするなよ。もうオレの方が年上なんだぞ」 「そうは見えないな」 生きてきた長さを考えればそうだろう。 だが、悟空の姿は昔と変わらない。 号室のドアを開ける。 入っていい、と言うと、悟空はすぐさまリビングに走った。 ソファに座って、テーブルを突付いて。 先刻子供扱いするなと言われたばかりだが。 その仕草は、物珍しいを見る子供と変わらない。 少し安心して、焔は笑った。 それを目聡く見つけたのか。 悟空が焔に駆け寄って来た。 「なんだ?」 「んー……別に?」 笑って言われた。 はぐらかされているのだろうが、甘受する。 「お前は昔と変わらないな」 「背伸びたぞ!」 「そういう意味じゃないが」 苦笑する焔。 確かに、以前より少し、顔の位置が近い。 「何か飲むか? コーヒーか紅茶ぐらいだが」 「コーヒー! 砂糖多め!」 甘い物好きも変わらないようだ。 焔はキッチンに入り、カップを二つ出す。 ちらとリビングを見ると、落ち着きない悟空が見えた。 ああする事が、子供らしさを助長しているのだ。 本人が全く気付いていないのは、昔と同じだ。 脳裏に浮かぶ、遠い記憶。 幼い頃は無邪気に笑いかけてくれた。 少年になってからは、強気な瞳で見詰めてきた。 いつだって真っ直ぐ、見てくれた。 だから大事だと思った。 愛しいと思った。 護りたいと思った。 ……手に入れたいと思った。 悟空のコーヒーに砂糖を入れて、自分のはブラックのまま。 リビングでは、悟空がカレンダーを見ていた。 スケジュールを書き散らしたカレンダー。 どれもびっしりと書き込まれている。 「すげー……」 「忘れはしないが、念の為な」 悟空が漏らした言葉に、焔は言う。 見入っていた悟空は、驚いたように振り返る。 コーヒーを置くと、どっち? と聞いてきた。 砂糖の入れた方を指差した。 しかし砂糖が足りなかったのか、一舐めで顔を顰める。 焔は苦笑しながらミルクカップを渡した。 「焔は?」 「俺はブラックだからな」 苦いのに、と小さく呟かれた。 「焔の事、なんて呼んだらいいの?」 悟空の突拍子な質問。 焔は意味が判らないと言うように視線を向けた。 「だって今の名前ってあるでしょ?」 「別に焔のままで構わないぞ」 誰も自分を呼ぶ事は無い。 大学で出席を確認される位だったと思う。 それ以外は誰も自分を呼ぶ事は無い。 名乗る事も無かった。 だから、誰かに名を呼ばれたのは久しぶりだった。 しかし悟空は納得いかないようで。 「でも、あるんでしょ?」 「あったとは思うが……忘れたな」 「忘れたぁ?!」 悟空の声に、必要なかったから、と言う。 表情を変えない焔に、悟空は質問をやめた。 悟空は立ち上がり気味だった腰をソファに落とす。 暖かかったのコーヒーが冷えている。 悟空は余り気にしていないようだ。 寧ろ丁度いいと呟いた。 「焔、今何歳なの?」 「23だったかな」 「…自分の年ぐらい覚えとけよ」 「お前は覚えてるのか?」 「途中から数えるの面倒になっちゃった」 それは言外に、長い時間生きていた事を告げる。 それもたった一人だけで。 焔は傍らの存在の肩を抱く。 不意に悟空の頬が朱色になるのが見えた。 「ひ…一人で年数えるんだよ。嫌にもなるよ」 ふい、と悟空は焔から視線を外した。 でも、と悟空が小さく呟いた。 俯いた悟空の口元は、少し笑っていた。 顔を覗き込むと、なんだか嬉しそうな顔で。 「俺、寿命近いんだって」 悟空の言葉に、焔は驚愕した。 大地の精霊である悟空にも、命の限りがあったのか。 神であり、人間の血を持っていた、過去の自分のように。 けれど悟空は何故か、嬉しそうに笑う。 その理由が判らなかった。 「死ぬ訳じゃないけど、大地に還るんだって」 やっと再会できたのに? その言葉は、焔の声にはならなかった。 「大丈夫だよ、焔」 悟空が力一杯、焔に抱きついた。 寿命が近いと言っても、まだ人間と同じ位生きれる。 今までの刻に比べると、短いというだけの事。 長ければ80年か90年。 短くても、まだ生きていられる。 焔と時間を共に出来る。 焔は人間に転生した。 だから、同じ時間を同じだけ生きていける。 悟空もそれと同じだけ生きて、大地に還る。 昔のように、この子供を一人残して逝く事は無い。 孤独の闇に、連れて行かせる事は無い。 同じ時間を生きていける。 遥か昔、まだ出逢ったばかりの頃のように。 きっと悟空が老いる事は無い。 その隣で、焔は少しずつ老いていく。 けれど、時間を共に出来るなら。 それぐらい構わないと思った。 転生して、何度も夢を見たのを思い出す。 夢に見る人は、いつもたった二人の子供と少年だけ。 子供の時は、無邪気に笑いかけてきて。 少年の時は、強気な瞳を向けてきた。 いつだって真っ直ぐ見詰めてきてくれた。 夢の中でも、前世でも。 初めてその夢を見たとき、酷く懐かしく、哀しかった。 ……忘れていなかったのだ。 記憶の波に埋もれ、思い出せなかっただけで。 「だからさ、焔………オレと一緒にいてくれる?」 背中に回された腕は、僅かに震えていた。 その時気付いた。 この少年が恐れているものは、今も変わらない。 長い年月を一人で歩いてきたとしても。 この子供が恐れるのは、孤独。 一人で残され、大事な人がいなくなる事。 誰一人として、最後まで傍にいてくれない。 長い刻を歩いてきても。 たった一人で生きてきても。 傍にあるのは、孤独だけだから。 「……今度こそ…最後まで、一緒にいてくれる?」 震える肩を強く抱き締めた。 交わした約束が蘇る。 「一緒にいる……───一緒にいるよ、今度こそ」 独りにしないで、と告げる瞳に。 もう手放す事はしないと誓う。 きっと今も、あの空の上で見ている型破りな神に。 もうこの少年に、孤独を背負わせる事はしないと。 「昔から、ずっとお前を愛してるから」 だからもう一度。 今度は、敵としてじゃなく。 同じ道を、歩けるようにと────……… 遠い約束をもう一度 今度こそ、あの約束を最後まで 『俺がお前を護ってやる』……… FIN. 後書き |