don't mistake













掴む腕を間違えないで





自分がホントに求めてるもの、見極めて


















後悔だけの為に、泣かないように───……
























揺れるジープの上で、悟空は溜息を吐いた。
遠くを見る瞳は、何処を見ているのだろうか。

同じく後部座席に座っていた悟浄は。


いつも煩い小猿の様子が可笑しい事に、眉根を顰めて。
咥えていた煙草を手に移して。




「……どうかしたか?」




そう問うてみれば。
悟空は笑顔でふるふると首を横に振った。

明らかに、無理に浮かべたと判る笑顔で。


悟浄の視線が、ジープのミラーに向けられて。
其処には笑みを浮かべた碧眼があった。

悟空が話したくないなら、追求しまいと思っていた。
だが八戒の視線がどんな意味合いを含んでいるか。



「何かあったら言えよ」
「うん…ありがと、なんでもないよ」



退屈なだけなんだと。

確かに、いつもの強行軍は今日はお休みで。
じっとしているのが苦手な悟空は、退屈になるだろう。
それは悟浄も同じ事だった。


けれど、それだけでは無いと言う事を。
それを見落とす程に、浅い付き合いでは無かった。


八戒の視線の意味が判らない訳じゃない。
けれど悟浄は、それより気になる事があった。







(猿が可笑しいのに……何も言わないなんざなぁ…)









陽光に煌く金糸が、今は───酷く、冷たく見えた。









































既に日は落ちてしまって。
時計が無いから判らないが、もう夜更けだろうが。
月の位置は、まだそう高くなっていない。


意外と三蔵は早く寝る。
その代わり、いつも眠りは浅いのだが。

運転に疲れたのだろう、八戒も早々に眠った。
彼は寝起きが悪いと言うが、眠りが浅いのは三蔵と同じ。
その傍らでは、白竜が丸くなっている。






「───寝ねぇのか」






悟浄の言葉は、悟空に向けて。
赤い髪が、揺れる焚火の炎に照らされる。

悟浄は火の晩として今日は起きている。
幾ら昼は刺客が来なかったと言っても。
夜の山中は、そう安心できるものではなかった。


毛布に包まっていた悟空が起き上がる。
地面に寝転がっていた所為で、髪に土が付着していた。



いつもはジープの上で眠っている。
しかし今日は流石に、ジープも疲れていたようで。

刺客が無かった分、走りっ放しだったのだ。





悟空の金瞳が、ゆらりと揺れる炎に映し出される。





「……ちょっと、寝れないだけだよ」
「ふーん…ま、それならいいけどよ」





ポケットから煙草の箱を取り出す悟浄。
しかし生憎ながら中身は無い。

荷物袋にまだ入っていた記憶はある。
取りに行くのが面倒臭くなって、空箱を握りつぶした。




「俺らは前で働かなきゃならねんだから、寝ないとつらいぜ」




それでも、悟空は眠る様子は無くて。



悟浄が放り投げた空箱が、焚火に燃える。
少しだけ、炎が強く揺らめいた。

何も言わないで、悟空が立ち上がる。
毛布がぱさりと音を立てて地面に落ちた。
そのまま、少年の脚は山中へ向いて。




「何処行くつもりだ?」
「…ちょっと散歩」




儚く笑って。

焚火の炎が、悟空の顔に陰陽を落として。
尚の事、笑顔が淋しく見えてしまう。


悟浄は消える小さな背中を見送って。
今度は、寝転んでいる金糸の青年に眼をやった。






「さっさと起きればいいだろが」




























山頂とも思える場所で、脚を止める。
周囲を見渡せば、山中よりも幾分か開けていて。

悟空はその場に腰を下ろす。





(───なんなんだろう……)





今朝から何度となく繰り返した問い。
それに答えてくれる人がいる筈も無く。

ただ残るのは……違和感。


金糸を───三蔵を見るたびに浮かび上がる感情。

今まで真っ直ぐに見れた筈だったのに。
それなのに今朝になって、出来なくなってしまった。

いや、昨晩からかもしれない。
寝る前にあんな事をされたから。




キス、なんて……されたから。




いつものように、三蔵にじゃれついていた。
相変わらず「大好き」を口にして。

そんな矢先に気になった、三蔵の想い。
自分は三蔵が好きだけど、彼はどうなのだろう、と。
彼が嫌いな人物を傍に置くような人手はないと判っている。

それでも、気になってしまったから。





『三蔵、俺の事好き?』





そう聞いた時、彼は少し黙っていた。
それが不安になって、肩を揺さぶったら。

いきなり呼吸ができなくなった事に驚いて。




『こいつの意味は、クソ河童にでも聞くんだな』




それがキス、だと言う事は。
悟浄に昔教えられたから知っていた。

その意味と一緒に。







『悟空、お前もう三蔵とキス済ましたのか?』





悟浄に行き成り言われた時、意味が判らなかった。
質問の意味も、含まれた単語の意味も。

首を傾げていたら、悟浄は少し溜息を吐いて。




『キスってのは、口と口くっつけるんだよ』




それになんの意味があるのかと。
全く知らなかったら聞いてみた。




『好きな人間同士がやる事だよ』




小さな子供にはスキンシップにもなるけど、と。

引っかかるのは、その言葉だった。
あの時三蔵は、どういうつもりで口付けたのか。

「好きな人間」としてか。
「小さな子供」としてなのか。











「───考え事か?」












低い声が聞こえて、振り返る。
其処には、一人の神がいて。



「……なんで焔がいるのさ」
「お前に逢いに来たんだ」
「結構暇なんだな、神様って」



皮肉を口にすれば。
焔はそれを笑って聞いていた。


今日は闘う気が無い。
敵と会ってそれは可笑しいと思うけれど。
本当に今日は、やり合う気がしないのだ。

焔も別に、敵意を見せる様子は無く。
それどころか、悟空の隣に腰を下ろした。




「……何やってんだよ」
「言っただろう、お前に逢いに来たんだ」
「意味が判んない。帰れよ!」
「つれないんじゃないか、それは?」




帰る様子の無い焔に。
悟空はもう、閉口する事に決めた。

膝を抱いて、また自分に問い掛ける。
三蔵の行為の意味を、繰り返し。
答えは一向に出る様子は無いけれど。



「──金蝉に苛められたか?」
「…焔は関係ないだろ。あと、金蝉じゃなくて三蔵だよ」



語尾が知らず強くなった。
けれど焔は、言葉を繋げる。



「お前がそんな顔をするのは、あいつに関する事だけだ」
「……お前には関係ない!!」
「十分関係あるさ。お前を想っているのは、あいつだけじゃない」



気付けば、距離がやけに近くて。
頬に焔の掌が添えられて。



振り払う事が出来ないのは、何故だろう。



自分が見てるのは、この人じゃない筈なのに。
あの光に出逢った時からずっと、彼だけの筈なのに。

どうして、焔を前にすると。
その想いが何処かで揺らぐんだろう。







「俺はお前を愛している。遥か昔から……」
「……知らないっ…!」




暗示にでも誘うような声を。
必至になって拒んで。





「お前が今の奴らと逢う前から、ずっと」
「……そんなの…オレは覚えてない…!!」





知らず悟空の身体が震えた。
違うんだと、心が叫んでいるのが判る。


自分が見てるのは、太陽みたいに眩しい人。

闇を照らし出す月じゃなくて。
光を与えてくれる太陽。







銃声が鳴り響く。
休息に身を委ねていた鳥たちが騒いだ。







悟空の身体の震えが止まる。
視線を移せば、目映いばかりの金糸が光って。
銀色の銃口が、こちらを向いていた。

正確には、悟空の目の前の神に。






「……人のモンに手出してんじゃねぇよ」






焔が立ち上がっても、悟空は動かない。
いや、動けないと言った方が正しい。

震えは止まっても、僅かな余韻は残っていて。
脚や腕に力が入ってくれなくて。
ただ呆然と、焔を見上げていた。



「さっさと其処から退け」
「……転生して独占欲が強くなったな」
「知った事か。退けと言ってんだ」



焔の視線が足元の悟空へと下ろされた。
一瞬だけ、悟空の身体が戦慄いて。

それを見た焔は、小さく笑った。







「またな……孫悟空」








言葉の直後。
既に目前には、誰もいなかった。


































未だに悟空の意識は呆としていて。
三蔵が近付いてきたと判っても、振り向けない。
それは一体、何故なのかと思う。







「おい、バカ猿」







呼ばれて、急に腕を引かれて。
驚いている間に、身体が動けなくなった。

顔を上げれば、深い紫闇とぶつかって。
身体に回された手に、抱き締められているのだと。
三蔵の腕の中にいるのだと、ようやく気付いた。


包んでくれる腕が暖かくて。
悟空はこのまま、眠ってしまおうかと思う。
優しい睡魔が誘いをかける。



「……勝手な行動してんじゃねぇよ」
「ごめん…なさ、い……」



下ろしてしまいそうになる目蓋。
ちゃんと言わなきゃいけない言葉はある。


心配かけた事。
勝手な行動をした事。

……昨晩の事も聞きたい。


だけど、抱き締めてくれる腕は。
黙っていろ、と言っている様にも思えて。



「寝てろ」
「でも……」
「どうせ眠いんだろうが」
「……うん……」



三蔵の言葉に、悟空は瞳を閉じて。
少しと経たない内に、寝息が聞こえた。


穏やかな寝顔。
それを見ながら、呟いた。







「……スキンシップなんぞで、誰がこんな事するかよ」







優しくその唇に口付けて。
未だに答えを見つけていない悟空に。
まだガキなんだと、その言葉で閉めてしまって。

けれど自分の想いにまで気付けないほど。
鈍感な子供ではなかった。
求めているものを、自分で判っていた。


求めているのは月の導きではなく。
大地を照らし出す、太陽なのだと。












間違える事無く、手を取った。






























眩しい光を手にとって

ずっとこの光を求めていたんだと









だから間違えないで

ほんとに自分が求めているもの









何より眩しい、大好きな人の温もりを───………


















FIN.

後書き