stray rainy










雨音が鳴り響いて、他の音が聞こえなくて




その度、心のどこかで嘲笑が聞こえてくる

















届くはずの無い声に……









────届かない想いを重ねている俺がいる
























雨が降ると、三蔵と八戒は己の内に閉じ篭る。
その姿を、悟空に見せた事は無い。

三蔵だけは寺院にいた頃に見ていただろうけど。



悟空はずっと宛がわれた宿部屋にいて。
雨の日は大概、悟浄が同じ部屋になる。

そして雨が降っている間は。
悟空はほとんど、軟禁状態と同じ事で。
二人が心配だと言っても、悟浄がそれを聞き入れてくれない。





だからいつも、願っている。

早く雨が止む事を。
この煩い水音が、一刻も早く過ぎる事を。















じゃないと、何処かで歯車の噛み合いが崩れそうだから。

























「飯持ってきてやったぜ、あり難く喰え」
「あのなー…」




宿屋の一室だけが、妙に騒がしい。
そう思えるのは、街があまりにも静かだから。

真紅の青年と、金色の瞳の少年。
その二人の声だけが、部屋に反響して消える。
二人が沈黙の萱を下ろせば、たちまち静まり返る。

それが嫌だから、悟空はずっと悟浄に話し掛ける。



「肉はオレのな」
「お前はバナナでも喰ってろ」
「だったら悟浄はキュウリ食ってろよ、エロ河童!」
「んだと、このチビバカ猿!!」
「猿じゃない、チビじゃない、バカじゃない!」



悟浄もその気持ちが判るのだろうか。
いつまでも言い合いを終わらせようとしなかった。

部屋の中が静まり返ってしまえば。
二人が口を閉じてしまったら。
聞こえてくるのは、雨音だけ。




「八戒と三蔵の分は?」
「一応持ってったぜ。気が向けば喰うだろ」
「そっか、じゃ良かった」




雨の日、悟空は二人に逢わせて貰えない。
食事を持っていくのも、連絡事項も悟浄がする。
いつもは面倒臭がるくせに。


それが悟浄の、二人に対しての気遣いだった。
きっと悟空にだけは、情けない姿は見せたくないだろうか。

……自分がそうであるように。



「おら、喰わねぇなら取るぞ」
「あ、ダメだっての!!」



揶揄うように箸を伸ばせば、慌てて皿を引っ込められた。































夜の帳が下りるのが嫌。

雨の日のたび、悟空は思う。
眠ってしまおうと思っても、雨音が煩くて。


そして脳裏に蘇るのは、この場にいない二人。

冷たいけれど優しい金糸の太陽と。
暖かく見守ってくれる碧眼。


ベッドの上でぼんやりとしていた。
電気を消した部屋の中は真っ暗なのに。
光のない筈の外が、何故か明るくて。





(───…どうしてるかな…)





思い起こす、二人の翳。


悟空はベッドから音を立てないようにして下りる。
ツインのベッドの片割れで寝ていたのは、悟浄。
起きていない事にほっとして、悟空はドアへと歩み寄る。



ドアノブにかけた手に力を入れて。
急に後ろに引っ張られた。





「何処行くつもりだよ」





声に顔を上げれば。
他に無い、悟浄の顔が其処にあった。

何処か淋しさを抱いた表情で。



「……三蔵と八戒のとこ」



嘘を吐く必要は無いから、素直に言うと。
突然身体が宙に浮いた。

脇と膝下に、悟浄のしっかりした腕がある。




「ガキは寝てる時間だろうがよ」




その言葉の直後、ベッドに下ろされて。
言外にもう寝ていろという事で。

雨音が煩く聞こえてくる。
耳を塞ぎたくて仕方が無いけれど、何故か出来なくて。




「眠くない」
「じゃあ眼閉じてろ。その内寝るだろ」




悟浄の素っ気無い言葉。

どうして逢わせてくれないのだろう。
悟空がどれだけ二人を気にかけているか。
それが判らない悟浄ではないだろうに。



悟浄の胸中を悟空が知る由など無い。
彼なりの二人に対する気遣いなどと。
そして同時に、悟空を独り占めしたいんだと。


普段、この少年の傍らにはいつも太陽があって。
自分だって隣にいるのに、届かなくて。

雨の日だけは、三蔵は悟空と顔を合わせようとしない。
それは八戒も同じ事だった。






だから、その間ぐらいは……自分だけが隣にいたいのだと。






悟空の頭を、枕に押さえつけて。
ベッドに悟浄が座ると、スプリングの軋む音がした。



「眠くないんだよ!」
「だったら目閉じてろってんだ」



先刻と同じ言葉を繰り返す。



「あいつらももう寝てるだろうよ」
「……心配だから見に行く」
「放っといて大丈夫だろ」



言って悟空にシーツを押し付ける。
強気な金瞳が悟浄へと向けられる。
悟浄がそれを意に返すような事はなく。

暗いはずの外から照らされる室内。
金瞳が僅かに潤んでいるのが見て取れた。


ズボンのポケットにいれていた煙草を取り出す。
咥えて火をつければ、紫煙が昇っていって。




「……オレが心配しちゃいけないのかよ」
「そんな事言ってないだろ」





泣きそうな顔だった。
その金瞳に今映っているのは、紅。

いつもは同じ色を見ているのに。


ゆっくりと悟空の頬に手を添えると。
金瞳に浮かんだ雫が、零れ落ちそうで。




「あいつらの事は気にすんな」
「だって………」
「雨が止んだら元に戻るだろ」




そう言って悟空を宥めておいて。
この雨が降り続けることを望んでいる自分がいる。

だってそうすれば、悟空は自分の傍にいる。
あの二人がこの金瞳に映される事は無い。




ずっと、自分だけが。







堪えきれなかった雫が零れ落ちる。
そっと小さな身体を抱き締めてやれば。
咳きを切ったように、悟空の身体が震え始めて。



「……雨は…まだ降ってるんだな……────」



自分の心の中にも。
そしてきっと、この雨は晴れる事は無い。

悟空が声を上げて泣き出して。
強くその身体を抱き締めてやる。
離れていかないようにと。


空を覆う黒雲はいつか流れていくけれど。
きっと自分の心は、ずっと雨が降り続ける。












この子供が、他の誰かを見る限り。

























ほんの僅かな時間だから

他の誰も見ないように、閉じ込めて









雨音が煩いけれど、俺の心の中に染み込んで









届かず消えない想いを抱く俺を、嘲笑ってる……─────
















FIN.

後書き