木漏れ日の空












走って行く子供たちのはしゃぐ声に

光と影、追いかけてみたくなる









緑の葉に透かして見た、あの太陽の先に

何があると思っていたのだろう………
























何処までも青空が続く日。
三蔵一行は、珍しく足を止めていた。

いつもならじっとしている時間すら惜しむ。
行ける時に西へ行った方がいいからだ。
だが「こんな日位はのんびしていいでしょう?」と八戒が言って。
このまま何もなければ、最高の一日になるだろう。


悟空がジープと一緒に駆けずり回っている。
その姿は、まるで子犬のようにも見えた。

三蔵と悟浄は、それぞれ樹に持たれて煙草を吹かしていた。
八戒は二人同様に樹に背を預け、瞳を閉じていた。




「あ、こら待てジープっ! 上に逃げるなんて卑怯だぞーっ!」




ジープと追いかけっこを展開中の悟空。
どう考えても、18歳には見えなかった。


悟空が空に向かって手を伸ばす。
それは頭上を飛び回るジープに向けられたもので。
届く筈がないのに、一所懸命に。

ジープが小さく鳴いて、悟空の肩に降りた。



「へへ、捕まえた!」



言いながら悟空は、肩のジープを撫でた。
それを見ていた悟浄が揶揄の言葉を投げかける。



「同情されただけだろ、ジープから降りて来たじゃねぇか」
「降りて来たの捕まえたんだよ!」



子供の言い訳のような事を口にして。
それでもジープが擦り寄ると、苛立ちは何処へやら。

駆け出す姿に、三蔵が小さく「ガキ」と呟いた。
それは悟空の耳に届く筈もなく。
誰が捉える事も無く、木々のざわめきに消える。































木々の隙間から零れてくる光。
それは他でもない、太陽の光で。
大地はまばら模様で彩られる。

悟空が空を見上げると、ジープも真似るように仰いだ。
差し込む木漏れ日が、少し眩しい。


側にあった樹に、悟空は足をかけた。
しっかりと樹の幹の凹凸に、手を引っ掛ける。

ジープが肩から飛び立った。



「よっ……と、んしょっ」



軽い身体は、するすると木の上へ登って。
ジープがその傍らで羽ばたいている。

生い茂る枝の間から差し込む光。
少しずつそれが、近くなってくるのが判る。
遠かった空が、手が届きそうなほど近くなる。




大分登って、悟空は一本の枝の上に座る。
ジープがまた、肩の上に降りた。
澄んだ金色の瞳が、空へと向けられて。




「もっと上に行こっかな…」




悟空の言葉に、ジープが空へ舞う。
まるで誘っているかのように。

成長途中の手が、幹に添えられて。
しっかりと凹凸に指を引っ掛けて、登り始める。


ふと、寺院にいた頃に落ちて、三蔵に叱られた事を思い出す。
あの頃みたいなドジはしない。
けれど思い出してしまったら、なんだか可笑しくて。
知らず笑いが零れてしまっていた。









───眩しい光が、すぐ其処にある。































ふと八戒は目を開けた。
いつも肩にある筈の重みが無い。



(……ああ、悟空と遊んでいたんでしたっけ)



自分が眠る前に、ジープは悟空と遊んでいた。
どうやらまだ遊んでいる真っ最中のようだ。

少し前髪を掻き上げて、空を見上げる。
木々の隙間から零れる光が、少し目に痛みを持たせる。
青空が枝の隙間から覗けた。


視線を周囲に配らせてみる。
悟浄が緑の大地に寝転んで煙草を吸っていた。
三蔵は樹に背を預けたまま眠っている。

よくよく見れば悟浄も寝息を立てていた。



(───珍しいもの見ましたね)



寝煙草の悟浄には、後で厳重注意としよう。


もう一度、八戒は周囲に意識を配らせる。
しかし目当ての人物は、何処にも見当たらなかった。
一体何処で遊んでいるのだろうか。

一応、保父としては放って置けない訳で。
八戒は服の埃を払いながら立ち上がる。




「ジープ! 悟空! 何処にいるんですか?」




呼びかけても応答はない。

ただ木々の囁きが沈黙を落とす事は無く。
吹き抜ける風に、優しい音を奏でる。



「何処に行ったんでしょうか」



心配性、と言う程ではない。
ただ、悟空はまだまだ子供なのだから。
それに此処は、見知らぬ場所なのだから。

幾ら今は穏やかな時間が流れていると言っても。
いつ敵が現れない事も無いのだ。





不意に、樹の不自然な音が聞こえた。
見上げてみると、白い小さな影があって。
その傍らで、空を仰ぐ少年の輪郭。

あんな所に、と八戒は小さく苦笑した。



視線を感じたのか、悟空が振り返る。
八戒の姿を見つけて、遠くからでも判るほど破顔する。
ただ視力の弱い八戒には、それは見えなかったけど。





「はっかーい! 八戒、起きたのかー!?」





樹の天辺から呼びかけてくる。



「ええ、ついさっき目が覚めたんですよ」
「そっか…なぁ、三蔵と悟浄は!?」
「二人はお昼寝中です」



八戒の返事に、悟空は珍しいなと呟いた。
実際、珍しいものを見させてもらったが。



「なあ、八戒も登るー?」
「あはは……僕は遠慮しておきますよ」
「でも景色いいよ、空すっごい近いんだぜ!」



悟空の誘いを、笑顔でやんわりと断る。


羽ばたいていたジープが、悟空の片手に降りた。
すると、悟空がするすると樹を降りてくる。
その姿は、さながら野生の小猿だった。
口に出してしまえば拗ねられるから、言わない。

悟浄が眠っていて良かった。
彼なら確実に揶揄うだろう事は予想がつく。



「でも、本当に空近かったんだよ!」
「またの機会にしますよ、僕は」
「またって、いつな訳?」
「それは判りませんけどねぇ」



曖昧な返答に、悟空は少し頬を膨らませた。


突然悟空が、悲鳴に近い声を上げた。
八戒が見上げると、足を滑らせたようで。
幹の凹凸に引っ掛けた指だけでは、体重を支えられずに。






「────悟空、危ない!!」






ずる、と悟空の手が幹から外れて。
ジープが慌てて腕を捕らえようとしても、間に合わずに。


けれど、悟空の身体は地面に落ちることはなく。
八戒の腕の中に、しっかりと収められていて。
悟空は目を白黒させて、顔を上げた。

ジープが泣きそうな声を上げながら降りてきた。
悟空の頬に擦り寄って、離れようとしない。



「……ジープ…八戒………」



聞こえてきた声に、八戒は詰めていた息を吐いた。


悟空の頭を優しく撫でて、微笑む。
無事で良かった、そう言うように。

そんな八戒に、悟空は俯いて。
小さな声で、謝る言葉が八戒の耳に届く。
心配かけたのを、ちゃんと反省している。



「怒ってないから、謝らなくてもいいですよ」
「……でも、心配かけちゃったし……」
「そう思ってくれるなら、もう危ない事はしないで下さいね」
「うん……でも、あそこ、空に近かったから……」



登ってみたかったんだ、と呟いて。
そんな悟空の頭を、八戒はぽんと胸の上に置いた。

小さな子供をあやすようにして。



「悟空は空に近い所が好きですね」
「だって、手が届きそうなんだよ」



言いながら、悟空は笑って。






近くて届かなかった。
精一杯伸ばしても、太陽の光さえ届かなくて。

そんな昔の、光のない思い出───…






今は太陽の下にいて。
ともすれば、届きそうなほどに近い空。
ずっと自分を包んでくれる、太陽の光。

大地の優しい温もりと共に。



「今日ちっとも雲ないからさ、空がキレイだよ」
「僕は此処から見るだけで十分ですよ」



八戒が空を見上げてみれば。
青空は木々に遮られて、所々に見えるだけ。
けれど差し込む木漏れ日は、優しくて。

悟空が同じように顔を上げて。
眩しい木漏れ日に、目元に手で影を作る。


悟空が、八戒の身体に背を預けた。
その温もりが心地良くて、腕の中に抱いて。
ジープがその傍らに降り立った。

二人で木漏れ日をじっと見上げていて。
目の前が明るくて───……




「……此処からの空も…キレーだな……」
「ええ……綺麗ですね」




傍でジープが小さく鳴いた。
悟空がジープに手を差し伸べると、擦り寄ってきて。

静かな時間が流れていく。
大地の恵と、空の光に優しく抱かれて。










────………手招きする夢に、二人は静かに身を任せた。



























Emerald Green 花を摘んだ手の中から

空風土へと、姿を変えて行く








その美しさに目を開いた……眩しすぎる場所で

寝転んだ空に、問いかけてる









─────………目の前が……明るくなる


─────………Emerald Green..... 輝いて……









FIN.

後書き