秘めた想い









いつも牙を向き合うだけで

知らず抱いた感情からは目を背けていた









不意打ちにはそんなに弱くない筈なのに

こんな所で逢うなんて、少しも思っていなかったから………































随分、奇妙な事だと思う。
敵である自分達が、同じ円卓を囲んでいる光景は。



三蔵は不機嫌になりながら酒を煽って。
八戒と八百鼡は、食事しながら世間話をして。
悟浄と独角は、何やら昔話に花を咲かせて。
小動物二匹は、料理の取り合いをして。

紅孩児は、ずっと頭痛を抱えていた。


妹の李厘に強請られ、渋々やってきた街。
料理が美味いんだと何処から聞いてきたのやら。
あまりにせがまれるから、仕方なく飛竜を出してやって。

かと言って、妹一人を連れて行かせることも出来ず。
独角と八百鼡も連れ、紅孩児もこの街に来た。


そして、鉢合わせしたのである。











「…………(怒)」




「まあ、それは大変でしょうに…」
「いえ…でも、楽しいんですよ」




「お前まだ煙草吸ってんのかよ」
「いいじゃねーか、俺の勝手だ」




「これオイラのーっ♪」
「あっ! オレが狙ってたのにー!!」








本当に自分達は敵なのだろうか。
確かに共同戦線を張った事だってある。

それでも、この光景はどう考えても可笑しくて。


街で最初に鉢合わせした時、お互い固まった。
動いたのは悟空だが、「街中では…」と八戒に止められて。
こちらも同じく、仕掛けようとした李厘を止めて。

闘り合う気は無い、とその場は早々に退散して。
また宿で鉢合わせしたのだった。



紅孩児は目元を覆って溜息をついた。
この場合、自分だけが可笑しいのだろうか。

部下も妹も、敵である人物と打ち解けて。
酒を飲んで、食事をして、話をして。
一人で真面目な事を考えている自分が可笑しいのだろうか。


つい、と小動物二匹に視線を移す。

自分の妹と料理の取り合いをしている一人の少年。
いつも自分に、全力でぶつかってくる少年。



(ただの、猿だな…あれは……)



李厘と一緒に騒ぐ悟空。
料理を奪られては奪り、奪っては奪られる。




「オレのっ!!」
「オイラのっ!!」




一つの料理を箸でつかみ合って。
顔を近付けてお互いに箸を引っ張り合う。

パァンと切れのいい音が響く。
悟空と李厘が頭を抑えて蹲って。
その傍らで三蔵が怒気を振り撒いて立っていた。



「静かにしやがれ、このバカ共!!」
「だって李厘の奴が」
「やかましい!!!」



もう一度ハリセンが振り下ろされた。

悟空と李厘が、その場から離れて。
何故か紅孩児の後ろに隠れてしまう。



「おい、お前たちっ……!」
「だって三蔵おっかねーんだもん」
「そうだよ、オイラ達ゴハン食べてただけなのに!」
「だったら静かに喰いやがれ!!」



それだけ言うと、三蔵はまた自分の座っていた場所に戻る。
悟空と李厘は、未だに紅孩児の背にいて。
何やらコソコソと話をしていた。




「あそこまで怒る事ないよなぁ」
「なんであんなに怒るんだろ?」
「三蔵いつもなんだよ、静かに喰えって」
「黙って喰ってたらつまんないじゃん」
「…んー……オレもそう思うんだけどなぁ」




紅孩児の背中にぴったりと二人で張り付いて。
二人はぼそぼそと小さな声で話をして。
引っ付かれたままの紅孩児は、動く事も出来なくて。

ふと二つの笑い声が耳に入った。
声を頼りに視線を向けると、悟浄と独角がいて。
悟浄に至っては、こちらを指差して笑っていた。



「………何が言いたい…」
「いや別になんにもなんでもございませんっ!!」
「お前…そーいう言い方は………っ!」



咎めようとする独角さえも笑っていた。


悟浄と独角の側には、空の酒瓶が幾つも転がっていて。
兄弟二人揃って酔っ払ってしまったようだ。

八戒と八百鼡は、未だに世間話を続けていて。
ご近所付き合いでもしているように見えてしまう。
前からこの二人、揃うと何処かズレている気もしたのだが。



背中に引っ付いていた悟空と李厘が、ひょいっと顔を出した。



「お兄ちゃん、オイラそれ食べたい」
「オレそっちの喰いたい〜」
「……好きにしろ…俺は腹が減ってないから」



言うと二人揃って、諸手を上げて喜んだ。






もうどうにでもなれ………投げやりに思う紅孩児だった。





























気付くとまるで宴会状態になっていて。

悟浄と独角はハメを外して飲み続け、潰れ気味で。
八戒と八百鼡は、まだ世間話をして(いつまで続けるのか)。
三蔵は不機嫌オーラを撒き散らしながら酒を飲んでいる。


ふと、見えるところに悟空がいなかった。
ついさっきまで傍らの妹と一緒に食事を突付いていたのに。

───と。





「さ〜んぞ〜っ!!」





間延びした声を発しながら。
小さな少年が、三蔵に抱きついた。
というより、力一杯タックルを噛ましていた。

その顔は僅かに赤くなっていて、酒気を帯びて。
気付いた三蔵の額に、青筋が浮かんだ。



「どいつだ、このバカに酒を飲ませたのは!!!」



アルコールも入って、短気に拍車をかけているのか。
三蔵が怒鳴り散らすと、悟浄がひらひらと手を上げた。



「いいじゃんよー、猿が飲みたいって言い出したんだぜぇ?」
「だからって未成年に飲ませるのはどうかと思うぞ」
「お前止めなかったじゃねぇかよ」
「止める間もなく飲ませるからだろう」



正論の独角と、悟浄の言い合いは三蔵の耳には入ってなくて。
ただしがみ付く小猿を無理に引き剥がして。

その途端に、悟空の金瞳に雫が浮かぶ。








「ふっ……うえええぇぇえぇん!!!!」









まるで子供のように泣き始めた悟空。
八戒と八百鼡が駆け寄って宥めている。
酔った頭には響くのか、悟浄と独角が耳を塞いでいた。

李厘が三蔵に向かって叫ぶ。



「お前、泣かす事ないだろっ!!」



何処か要点がズレている気もするが。

三蔵の方も幾分かアルコールが回っている所為か。
悟空の泣き声に、目元を覆い隠している。



「えっと……八戒さん、どうしましょう」
「どうしましょうと言われても…ほら悟空、泣かないで」
「そ、そうですよ。これ食べますか?」



保父と保母のタッグでも、悟空は泣き止まない。


それでも、大きな声で泣くのは喉に響くのか。
少しずつ、泣き声は愚図りになって。

すると、三蔵が悟空の襟元を引っつかんだ。
悟空が泣きそうな顔で、保護者を見上げた。
それを見た李厘が、悟空の腕を引っ張った。



「お前は引っ込んでろよ! 泣かした癖に!!」
「……そういうガキこそ引っ込んでろ」



いつも三蔵に纏わりついている李厘。
そんな彼女も、一番のお気に入りは悟空だ。
お気に入りを泣かされたのが気に食わないらしい。

悟空の腕を引っ張って、紅孩児に押し付ける。



「お兄ちゃん、こいつ部屋に連れてってやって」
「……何故俺が……」
「だってハゲ三蔵じゃ嫌だもん」



睨み合う李厘と三蔵。

傍から見ると、三蔵が酷く大人気ない。
しかし、三蔵も悟空の事を気に入っているから。
本人がそれを言われたら、鉛を食らわされるだろう。


紅孩児は緩く溜息をついて、悟空を見た。
自分よりも低い位置にある目線。
見下ろす形になって、まるでちょこんと座っているようで。



「……あいつらはあの調子だしな……」



三蔵と李厘は睨み合ったままで。
悟浄と独角は、ついぞ酔い潰れてしまったようだ。
八戒と八百鼡は、仕方なさげな顔をしてこちらを見て。

どうも、自分に選択権はないようだ。
座り込んだ悟空の腕を掴んで立ち上がった。



















愚図る悟空を部屋に連れて行って。

その間、悟空はずっと紅孩児の腕にしがみ付いていた。
振り払えば、また泣き出すだろうから。
妙な感覚を覚えながら、紅孩児は宿の廊下を歩いた。



「……あそこまで泣かなくてもいいだろう」
「だぇって……ぇく…っ」



真っ赤な顔をして見上げてきて。
泣き叫んだ所為で火照った頬。
綺麗な金色の瞳は、涙で潤んでいて。

紅孩児は立ち止まって、空いていた手で悟空の頭を撫でた。
李厘に対してはよく撫でてやる。
けれど、この少年に対しては、当然初めてで。


すると少しずつ、悟空は泣くのを止めた。



未だに金瞳に潤みは抜けきらない。
けれど先刻よりも落ち着きを取り戻していた。

今日は個室なんだと悟空が呟いて。
それでもよく、他の誰かの部屋に入り込むらしい。
親を求める犬猫のようだと、胸中で呟いた。


宛がわれたらしい部屋の前で、紅孩児は足を止めた。



「此処か?」
「ん……多分…」



曖昧な記憶の糸を辿って悟空が呟く。

ドアを開けると、悟空が促されるように入って。
そのまま閉めようとしたドアを、止められた。



「……どうした?」
「……帰るの?」
「まぁ李厘もいるしな」



そう言ったときまた、悟空の瞳に雫が浮かんで。


李厘は滅多に泣く事はない。
だから、という訳ではないけれど。
悟空が泣きそうになる理由が見つからなくて。

この場から離れれば、また泣き出す。
悟空はじっと紅孩児を見つめてきて。




「……此処に、いろとでも?」




紅孩児が呟くと、悟空が頷いて。

李厘の事は確かに気に掛かる。
八百鼡がいるから大丈夫だとは思うが。
それでも心配してしまうのは否めない事で。

けれど、この少年を放って置くことも出来なくて。
その理由は、今は自分の中に隠すだけ。







仕方がないからと言い訳しながら、ドアを閉めた。























ずっと知らない振りを突き通して

それでも誤魔化しなんてものは利かなくて









感情を押さえ込むのは苦手ではない筈なのに

目の前の子供に、そんな思考は何処かに消えて









言い訳で覆い隠しておきながら、今許される刻だけは………

















FIN.

後書き