水の中の太陽














水の中に映った太陽追い駆けて

呼吸さえも忘れてしまうほど









ただ遠い輝きだけを

今この手に、掴みたいだけだから
































旅の途中で辿り着いた湖。

それを見た悟空が、遊びたいと言い出して。
悟浄も折角だから羽根伸ばししようと。
悟空が言い出したことを八戒が反対する訳も無く。

三蔵の言う事はとことん無視したままで(寧ろ聞かなかった)。



今はその湖で、悟空と悟浄が遊んでいる。
岸辺では八戒がそれを眺めていた。

この湖は浅い所と深いところの差が大きい。
悟浄が立っている場所は、浅場だった。
反対に悟空は深場で泳ぎまわっている。


悟浄が深場の際まで来た。
水が透き通っているお陰で、水深までよく見える。



「悟浄、お前泳げないくせに……」
「うるせーな、いいだろ別に」
「やっぱ濡れてないと干乾びるんだ」
「あんだと、この猿がぁ!!」



悟空の言葉に、悟浄が一歩踏み出す。

その途端に深場に脚を踏み入れた結果になって。
足場が無く、そのまま体勢を崩して。



「───おわぁっ!!?」
「あ……そこ深いのに…」



悟空が呆れ半分に言っている間に。
悟浄はずるずると深みに落ちていくわけで。



「あはは、河童なのにねぇ」
「てめっ……う…」
「あ〜ホントに沈むっ!」



慌てて悟空が潜って、沈みかけの悟浄の腕を引っ張る。
じっとしていれば人間というのは浮かぶものなのだが。
暴れてしまっては、やはり沈んでしまう。











悟浄を引き摺って、悟空は岸に上がる。




「かっこわるぅ……」




ぐったりしている悟浄を見ながら、悟空は呟いた。
適当にその場に転がして、自分はまた湖へ。

一応悟浄は意識は合ったようで。
八戒はそんな悟浄を笑顔で覗き込んで。



「悟空の言う通り、格好悪いですね」
「……うるせー……」



悟空は既にそんな事は記憶から抜け落ちたようで。
浅場でばしゃばしゃと水飛沫を立てている。



悟空の格好は今は、上半身は裸で。
ズボンも水に濡れて脚に張り付いている。

大地色の髪からは、雫が落ちていた。


悟空は深場に行って、水底を覗き込んだ。
時折光の反射が瞳を射抜く。
緩い風に揺られて、水面に波が生まれた。




「悟空、あまり深みに行かないようにして下さいね」




八戒の言葉に、悟空が手を振った。
そのままざぶざぶと入っていく。

全身が水に浸かると、そのまま潜って。
海水とは違って塩分は無いから、目を開けても痛くない。
少しばかり水が瞳に染み込んでくるけど。


魚の姿は見受けられなかった。
別にそれ目当てに来た訳でもなくて。
悟浄が聞いたら「明日は雹か?」等と言いそうだが。




(俺だってじょーちょぐらいあるもん)




揶揄の表情を思い出しながら胸中で呟いた。







寺院にいた頃に三蔵からよく言われた。
情緒が足りない、と何度も何度も。

「情緒」の意味が判っている訳ではなかった。
ただなんだかバカにされていたようだったから。
意味は判らずとも、「そんなことない」と反論した。



いつだったかの春、桜を見るまでは。
三蔵が仕事に行っていて退屈だったから。
悟空は一人、近くの山で遊んでいた。

そんな折に見つけた、桜の樹。
何をする事もなく、ただ綺麗だと、ぼんやりとそれを見ていた。


寺院に帰って、その桜の事を話した。
風に揺れた桜が、綺麗だったから。
そしたら「お前にも情緒があるんだな」と言われた。







ふと差し込んだ一閃の光。
水底にまだら模様の光が落ちていて。
水面の揺れからか、時折それは動いて。

悟空は水底に落ちた岩の上に手を置いた。
#決して狭くは無いけれど、広くは無い湖の中。
ずれたピントに、悟空が居るのとは反対側の岩壁が見えて。




(……すっげーキレー…)




水の中に、幾筋もの光の線が差し込んで。
なんだか、現実とは違う場所にいるようで。

見上げると、すぐ頭上からも光が差して。





(……太陽…揺れてる………)





水面の揺れが、光を交差させて。
時折強い光が悟空の瞳を射抜く事もあるけど。
柔らかい光は、優しく包んでくれる。


不意に、強い光が視界に入って。
それが他の何より、強く輝くから。
追い駆けるように、手を置いていた岩場を蹴った。

────水の空が近くなる。





「──………ぷはっ!」






水面に顔を出すと、金糸が岸辺にあって。
大好きな人が、自分を見ていた。

自分たちが遊んでいる間、遠くにいた三蔵。
一体何の気紛れかなんて、悟空の知る由ではないけど。
今は手が届くほど、近い場所にいて。



「三蔵、一緒に遊ぶ?」
「……ガキと一緒にすんじゃねぇよ」



素っ気無く返されてしまったけど。
それでもこの場から踵を返すような事は無くて。


浅場で頭を振ると、水滴が湖に散って。
水音を立てながら悟空は岸に向かって歩く。

ふと周囲を見回してみると。
あったはずの姿が無くて。
自分が潜るまで、ずっといた筈なのに。



「ねぇ、悟浄と八戒は?」
「俺がこっちに来た時はいなかった」
「そっか……何処行っちゃったんだろ」



岸辺に上がり、その場に座った。
隣に三蔵が歩み寄ってくる。



「折角見せてあげようと思ったのにな」
「何をだ?」
「キレーだったんだよ!」
「だから何がだ」



要点を口にせず、伝えたい事だけ言って。
三蔵は呆れて、溜息を吐いた。
悟空はじっと嬉しそうに笑っていて。

金瞳と紫闇が、交錯する。
それがまた、悟空に取っては嬉しい事で。



「きらきらしてたの、水の中で」
「だから何がっつってんだよ」
「だからね、太陽がきらきらしてたの!」



水の中から見上げた太陽の光。
それが悟空の脳裏には、しっかり残っていて。



「そうだ、三蔵に見せたげる!」



言って悟空が、三蔵の腕を掴む。
そのまま湖へと脚を運ぼうとして、ハリセンの音が響く。

三蔵はもとより、濡れる事が好きではない。
悟空は少し残念そうな顔をして見上げてきた。
「仕方ないか」と小さく微笑んで。




「でも、本当にキレーだったんだよ」




水の中の太陽。
時折揺れて、光が動いて。
水面を通り、差し込んだ輝き。

なんだかとても、綺麗だったから。



「太陽が揺れてて……きらきらしてたんだよ」
「……それで……?」
「光がいっぱいあってね、それで……?」



しっかり覚えている筈なのに。
あんなに綺麗だったのに。
三蔵にそれを伝えたい筈なのに。


頭の中の情景と、当て嵌まる言葉が見つからない。
三蔵が珍しく先を促す事までしてくれて。
だから尚の事、綺麗な事を伝えたいのに。

言葉が見つからなくて、つっかえて。




「あれ? えっと……あ…」




折角三蔵が聞いてくれてるのに。

見えてるのに。
思い描いている景色は、ちゃんと見えてるのに。
言葉だけが見つからないままで。








「───なんで泣く」







気付けば、瞳から零れ落ちていて。
それを知っても、止められなくて。



「キレーなのに……すごい、キレーなのに……っ」







伝えられない。
あんなにきらきら光ってたのに。
優しく包み込んでくれたのに。


────水の中の太陽は。







「キレーなの…きらきらしてて……」
「……何度も聞いた」
「だってキレーだったんだもん」



綺麗な光で、優しく包んでくれて。

優しい光は包み込んでくれたから。
大好きな、太陽の光が。




────不意に、呼吸を奪われて。
視界一杯に金糸が煌いていた。
口付けられた事に気付いても、離してくれなくて。

描いていた水の中の情景さえ、消えていってしまう。
幻想を思わせる透明な景色が、頭から抜け落ちて。



すぐ近くにある、自分だけの太陽。

それだけが、心の中を占めてしまうから。



唇を解放されて、酸素を取り込んで。
見上げた先には、大好きな人の顔がある。







「その太陽が、一番好きか?」







水の中の太陽。
揺れて、包み込んでくれた太陽。
水の中でだけ。


悟空は緩く首を横に振った。
一番好きな光は、すぐそこにある。

水の中の太陽は、自分の好きな太陽とは違う。
闇から連れ出してくれた、光を与えてくれた太陽じゃない。
悟空が好きな太陽は、今目の前にあるものだから。




この人以外の太陽なんて、なくていい。






「三蔵が一番好き」
「それだけで十分だろうが」
「………うん」






手を伸ばす悟空を抱き寄せて。
腕の中に閉じ込めると、少し髪の毛が濡れていた。
今回ばかりは、甘えさせてやる事にする。










────太陽は、一つだけでいい。





























水の中で、揺れた太陽に包まれて

だけどその太陽は、一番好きな太陽じゃなくて









水の中に映った太陽追い駆けて

必至になって手を伸ばしたりもするけれど









一番好きな太陽は、いつも大地の上にある
















FIN.

後書き