その微笑みとともに








明日も見えるか判らぬ日々に

笑えるのなら、まだ行ける









先の見えない白の世界で


笑えるのなら、立ち止まる事は、きっと無い































安っぽい酒を、喉の奥に流し込めば。
一時、浮遊感の中に身を置くことが出来る。

悟浄自身、そんなに酒に弱くはない。
寧ろ、強い方だと自負している。
カードと同じで、飲み比べなら大概の奴には負けない。
相変わらず、たった一人の人物を除いて。



(……そろそろ帰らねーと、やべぇかな?)



グラスを片手に、悟浄は頭の隅で考える。
けれどそれも、周囲の酒気に飲まれていく。



一週間振りに辿り着いた街。
人は多いが、活気付いている訳でもない。
それは夜になって繰り出した酒場でも、同じ事だった。

安っぽい酒が、その考えを助長する。
思ったほど、栄えていない街なのだと。


取った宿の部屋は、ツインが二部屋。
いつもの小猿が、保護者と一緒が良いと言った。

その保護者は、保父と今後の話し合いで。
小猿は結局、悟浄と一緒の部屋になった。
ブツブツ文句を言っていたのを覚えている。



(ったく、ガキなんだからよー…)



脳裏に浮かんだ、子供の横顔。
その後は、ベッドの枕に顔を半分埋めて。
18歳とは思えないほど、幼い表情を見せていた。

悟浄が揶揄の声をかけても、乗ってこない。
一蹴されてたのが、気に障っていたのだろう。



(でも結局、寝てやがったしな)



保護者と一緒が良いと言っていた割に。
小猿は夕飯の後、満腹感に抱かれて眠りについていた。


喰ったら寝る。
そして起きたら、また食べる。
次いで、遊ぶのだ。

子供というのは、そういうもの。
喰う寝る遊ぶが、仕事なのだ。



(暢気でいいよな、オコサマは)



本人の前で言えば、間違いなく反論が返される。
そうやってムキになっている間が、子供なのだと。
何度か言ってやった気もするが、相変わらずである。

実際、今の四人のメンバーで考えれば。
あの小猿が丸きり子供なのは、誰の目にも明らかだった。



(酒も弱いし、喰いモンにつられるし、童顔だし)



背も低いし、声音も高いし、考え方も幼い。
どれを取っても、彼を子供と言い切るだけの材料はある。


そして極めつけは、三蔵への盲目的な慕い方。
あの保護者の一言一言が、悟空を動かして。
その影響たるや、目に余るものがある。

何を考えるにも、基準は三蔵。
三蔵がそうというなら、そうなんだと。



(確かに三蔵が言う事は、結構な説得力あるけどよ〜)



それでも、あそこまで慕うなんて。
悟浄には正直、考えられなかった。



(幾ら説得力あっても、生臭ボーズだもんなぁ)



『死ね』『殺す』と躊躇いなく口にして。
しかも実質にそれは、躊躇いが無いもので。
一体何度、あと銃口を向けられた事か。

……その中には、悟浄自身の失言も多々あるのだが。



そんな人間に、真っ直ぐにあの綺麗な瞳を向けて。
躊躇う事無く、「大好き!」を連発する。

自分が幼い頃、あんな言葉を言った事があるだろうか。
記憶の中では、一度も無かったと思う。
……母には、言いたかったけれど、赦されなかった。





(……そんでいっつも、笑ってんだ)





あの無邪気な笑みを、見せてくれる。
毎日を、生死の境で生きているのに。
それでも変わらず、笑ってくれる。

きっと子供だから出来る笑顔。
裏なんて何も無い、嬉しいから笑う。
簡単な事だけと、きっと何より難しい。


あの笑顔に、自分は知らず何度も救われていた。



テーブルにグラスを置いて、立ち上がる。
言われた分だけ、金を払って。
意外な程静かな店を、出て行った。

外は既に月が高く上っていて。
少しばかり、肌寒さが感じられた。



「酔い覚ましにゃ丁度いいか」



程よく体内に回ったアルコール。
悟浄自身は判らないが、酒の匂いは身体にも染みている。

少しばかり、浮遊感を抱いていた頭。
吹き抜けた風に、それも幾分か覚醒して。
しっかりした足取りで、宿への帰路に付く。



「あの猿はまだ寝てんだろーな」



悟浄が宿を出たのは、日が暮れ始めた頃。
あれからどれだけ時間が経ったかは知らないが。
適当に、そんな予想を立ててみた。



















なるべく音は立てないように歩く。
流石に、宿屋という事もある。

悟空と一緒の時は、遠慮なく大騒ぎする事が多いが。

それでも、今は悟浄一人な訳で。
なんでもないのに騒ぐ程、悟浄も暇ではない。



(猿はいつも煩ぇけどな)



あれはじっとしているのが苦手だから。
ジープの上でも、何かと騒いで。
悟浄もそれに便乗するのだ。

そして最後は、銃声が響き渡るのだ。



アルコールの半分は、既に抜けていた。
けれどもう半分は、仄かに残っているようで。

頭の中に、既に睡魔が入り込んでいた。
部屋に辿り着くまでは、眠るつもりはないが。



部屋のドアを、開けてみれば。
ほのかな月光が、出迎えてくれた。

部屋のカーテンが、開きっ放しになっていて。
お陰で電気を点けなくとも、よく見えた。
自然の光は、意外と明るいものなのだ。




「お……やーっぱ寝てんなぁ」




同室者である子供は、寝息を立てていて。
行儀悪く掛け布団を蹴飛ばして。
枕を抱き締めた格好になっていた。

その様は、何より「子供」と形容するのが似合う。
少し前はこれに加えて、保護者の布団に潜り込んでいたのだ。



「やれやれ……風邪引くぜ、猿」



らしくない、優しい言葉をかけてみた。
聞こえた訳ではないだろうに、悟空が少し身動ぎする。


と、悟空が目元を擦っている。
どうやら、起こしてしまったようだ。

けれど、悟浄はベッドの傍から離れずに。
悟空がゆっくりと瞳を開けて。
一番に悟浄を映すのを、待っていた。



「あれ……ごじょ……?」
「おう。ったく、ガキは寝つきがいいねぇ」
「……んー…」



悟浄の揶揄の言葉に乗ってこないで。
おそらくそれは、寝惚けているからだろう。
悟空は起き上がって、また目を擦る。

それから、悟浄を見て。



「……なんか酒臭くない?」
「ああ、そりゃ俺だな。酒場行ってたし」
「八戒や三蔵にバレたら、怒られるぞ」
「明日にゃ匂いも取れるし、お前が黙ってりゃバレねえよ」



だから言うんじゃねえぞ、と釘を指して。
悟浄はようやく、ベッドから離れようとした。

しかしそれは、緩い力に引っ張られて。
ちらと肩越しに、背中の方を見てみると。
服の裾を掴む、小柄な手が其処にあった。



「……何やってんの、お前」
「いや、なんとなく」
「……なんとなくってなぁ……」



悟浄が使う予定のベッドは、少し離れた位置にある。
悟空がこのまま服を掴んでいたら、移動できない。

服を脱いでしまうという手もあるのだが。
そうすると今度は、アンダーシャツを掴むだろう。
前例があるので、それは容易に想像できた。


どうしたものだろうかと、悟浄は頭を掻いた。




じっと見上げてくる、二つの金色。
何かを言いたそうな顔をしているのに、言わない。

躊躇しているのか、遠慮しているのか。
それは悟浄には、判らない事だったが。
悟空が何を言いたがっているかは、想像がついて。



「やっぱガキだな、お前」
「ガキ言うな!」
「だってそうだろ。一人で寝るのが寂しいなんてよ」
「さ……寂しいんじゃない! 寒いだけだよ!」



寒いから、誰かと一緒に寝たい。
寂しいから、誰かと一緒に寝たい。
とにかく、一人寝は嫌なんだと。

別に一人部屋だと言う訳ではないけれど。
悟空は傍に温もりがあるのが好きだ。
特にそれが、保護者のものならば。


浮かび上がった事実に、悟浄は小さく苦笑した。
少しだけ、虚しさが胸の内に生まれる。

悟空が代わりの温もりが欲しいと言う訳じゃない。
誰かと一緒にいたい「誰か」は、必ずしもあの男ではなく。
ただ、一番一緒にいたいのが、あの保護者だというだけ。




「三蔵様のトコに行かねーの?」




その、一番一緒にいたい人物の名を出すと。
悟空は少し、考えるような顔を見せたが。





「なんか今日は、悟浄がいい」





ただの気紛れだと言う事だが。
その気紛れが、ほんの少し、嬉しい。

一時、自分を選んでくれたから。
傍に居てほしいと、一時望んでくれたから。


大地色の髪を撫でてやって。
悟浄は上着を脱いで、ラフな格好になって。

素直に、悟空がベッドのスペースを開ける。
悟浄はそこに、自分の身体を寝かせた。



「ちょっとベッド狭いな……」
「落ちても知らねぇぞ、猿」
「あんだよー、こうしてりゃ落ちねえぞっ!」



そう言って悟空は、悟浄の腕に抱きついて。
暗がりでも判る金瞳は、強気なもので。
悟浄は堪えきれずに、笑い出した。

悟空が何か文句を言っているようだが。
それは悟浄の気には止まらなかった。







酒の所為もあるだろう、今夜は妙に気分が良かった。






















明日の見えないこの日々に

明日の命もわからぬ日々に


笑えるのなら、まだ立ち止まらないで行ける筈









隣で君が笑うなら

隣で君が歩いていくなら


何処までもそれについて行こう









………まだ笑えるから、一緒に歩いていけるから















FIN.



後書き