カイキゲンショウ?










「……あ? ユーレイ?」
「そうだよ、ホントにいたんだって」
「見間違いだろ、幽霊の正体見たり、枯れ尾花ってな」
「……意味判んねえ……」









だって信じてなかったから

茶化すような、ふざけたようなその台詞



今は思う

……………反則だ……

























町に辿り着いた時は、既に夜更けで。
高く上った月が、やけに明るくて。
満月の光は、本当に闇夜を切り裂いてくれる。

悟空が大きな欠伸を漏らす。
いつもなら、悟浄がそれを揶揄する所だが。
生憎その悟浄も、同じように欠伸を漏らしていた。



「満室……ですか」
「丁度、旅人が多い時期で……」
「それは仕方ありませんねぇ」



今いるのは、宿屋のフロントで。
先の言葉は、八戒のものだ。

それを聞き届けた三蔵が、眉間に皺を寄せた。


八戒が他に宿屋は無いかと訪ねる。
すると女性は、ありますけど、と言って。
不安そうな顔をして、悟空に視線を向けていた。


その視線に気付いた悟空と、目があって。





「なに?」





きょとんとした面持ちで言うと。



「いえ……あの…」
「悟空がどうかしましたか?」
「えっと……」



言っていいのか、悪いのか。
思案する女性の視線は、やはり悟空に向けられて。



「子供は泊まれないような場所……とかじゃ、無いですよね」
「あ、そういう所じゃないですから」
「多少の問題はこの際、我慢しますから」



女性に向かって、八戒がにっこりと微笑んで。
今度はその笑顔が、悟空に向けられる。

同意を促す(強制ではなく)笑顔である。



「飯喰えるとこなら我慢する」



いかにも悟空、と言った返答に八戒が苦笑する。



「この時間ですから、食堂があっても開いてないですよ」
「だってオレ、腹減ったもん」
「明日の朝一番に、僕が作ってあげますから」



いい子で我慢して下さい、と。
悟空専用の、優しい笑顔を浮かべて言う。



「三蔵も悟浄も、いいですよね」
「野宿するよりゃマシだろう」
「俺はどっちでもいーや」
「じゃ悟浄は外で寝て下さい」
「……やだ」



冬でもないのに、冷たい風の吹く外界。
それを思いながら、悟浄は一言だけ、返事をした。






















女性に教えてもらった宿に辿り着くと。
悟空が思い切り、嫌そうな顔をした。


………『出る』。

そんな感じのする、どんよりした建物。
土壁ではなく、木造で出来た壁。
ドアを開けると、耳障りな軋む音が大きく響いた。





「なあ、ここに泊まるの?」
「ここしか無いみたいなんですよねぇ」



悟空が三蔵の法衣の裾を掴みながら言えば。
八戒は困ったように笑いながら言う。



「やだよ、オレ……」
「だったらお前は外で寝てろ」
「それもやだ!」



冷たい三蔵の一言を耳にして。
悟空は法衣を掴む手に、力を入れた。


開いたドアの向こうは、薄暗くて。
月明かりが無ければ、きっと闇しかなかっただろう。
それを見た悟空が、三蔵の背に身を隠す。

実際、誰から見ても薄気味が悪かった。
けれど休める宿は、ここしか無い訳で。



「……大丈夫じゃねーの?」



それまで黙っていた悟浄が、ぽつりと漏らす。

悟空の視線が、こわごわと向けられて。
言葉の真意を問い出しているのが判る。



「だってよ、こっちにゃ坊主がいるんだぜ」
「あ、そうですね。モラルも何も無い人ですが」
「………貴様等……」



話す三人を、悟空は上目遣いで見て。
「マジ……?」という呟きは、八戒の笑顔で締められた。













やはり、宿全体の雰囲気の所為だろうか。
客なんて者は、一人もいなかった。
宿の主人も「奇特な方々だ」と平然と言ってのける。

誰もそれを否定する事などしなかった。
嫌々でも、この宿に泊まる事を決意したのだから。



「一人一部屋、取れましたよ」
「マジ?!」



叫びに近い、悟空の声。
一人部屋が嬉しい、なんて声じゃない。



「やだよ、こんなとこで一人なんて」
「なんだ、怖いのか? 弱虫ガキ猿」
「うっ、うるさい!!」



反論の声を上げている悟空だが。
その金瞳は、既に透明な雫を持っていた。


悟空の瞳から溢れそうになる、その雫。

悟浄はしっかりと、それを見つけていて。
案の定、揶揄の言葉が飛んでくる。



「泣き面して言っても、喚いてるだけにしか見えねーぞ」
「オレは怖いもんなんか無いんだよ!!」
「じゃ一人で大人しく寝れるんだな?」
「そ…そういう悟浄こそ怖いんじゃねーのかよ!」
「なんで俺がそんなもん怖がらにゃなんねーんだよ」
「オレだって怖くねえよ!!」



怖くない、と言い張る悟空だが。
浮かんだ涙が、彼の心を如実に表していた。
気を抜いたら、それはきっと零れ落ちてしまうだろう。

けれど、悟浄が揶揄ってくるから。
必至にそれを堪えて、言い返してくる。


けれど次第に、悟空の瞳から溢れる雫が大きくなって。
やばい、と悟浄が悟るのは遅かったようで。

背後から感じられる、威圧感。
ぎこちなく振り向けば。
笑顔でこちらを見ている八戒がいて。



「なんでそういう事をするんでしょうねぇ?」
「いや……その…」



細められた目は、笑っていない。

隣からも刺さる殺気。
視線を向ければ、銃を構えた三蔵がいて。
なんだかんだと、こいつも過保護なのだ。


悟空はまだ、悟浄の前で涙を堪えていて。



「怖くねーもん、怖くないっ!!」
「いや、うん、俺が言い過ぎた」
「こわくっ……怖くねぇもん……っ…」



取り合えず、悟浄へのお咎めは後回し、と。
八戒はそう言って、悟空に歩み寄る。
そして、殊更優しい声音で。



「悟空、それなら僕と一緒に寝ます?」
「………っふえ?」
「八戒、甘やかしてんじゃねえよ。ガキじゃねえんだ」
「いいじゃないですか。実際この宿、出そうですし」



八戒の言葉に、悟空が過剰に反応する。

と、その瞬間に悟浄と視線がぶつかって。
先刻の揶揄を思い出したのだろうか。





「一人で寝れるっ!!」





言って、八戒が持っていた鍵を引ったくって。
宿の奥へと、走っていってしまった。

子供と言うのは、妙な所でプライドが高いものだ。


何処かの部屋のドアが閉まる音がして。
これは閉じ篭ってしまったなと。

三蔵が面倒臭そうに溜息を吐く。
きっと直に出て来ると判っているのだろう。
こんな所で、悟空が一人寝できる筈も無い。




「せめて二人部屋を取るべきでしたね」
「どっちも変わらん」




八戒の言葉に、三蔵ははっきり言って。
一度、悟浄に鋭い視線を向けて。
八戒から鍵を奪い取り、奥へと歩いていった。

残されたのは、冷汗を流している悟浄と。
笑顔のままの八戒だけで。





数秒後、宿の雰囲気に相応しいと言えば相応しい叫びが響いた。








































月は既に、南天からは大きく逸れて。
西側へと徐々に沈んでいっている。

けれど、悟浄は一向に眠れなかった。
原因は他でもない、八戒。
恐ろしすぎて眠気も吹っ飛んでしまった。



「あそこまでする事ねーだろよ……」



一体何をされたんだか。
それは本人の胸の内に仕舞っておこう(笑)。



「あいつらは過保護すぎなんだよなー」



小猿一人に、何をそこまで。
そう思う悟浄ではあったが。
泣きそうな顔をしていたのには、罪悪感を覚える。

何もあんな顔をしなくたっていいだろうに。


そう言えば、悟空はどうしているだろう。

本当に一人で寝ているのだろうか。
…多分、それは無いだろう。
風の音にも敏感になっていそうだ。




(…様子見に行ってやるか)




寝ていたら、それはそれでいい。

起きていたらどうするか。
朝まで何かしら、付き合ってやろうか。
妙に意固地にさせたのは、悟浄なのだ。



(ま……少しくらいは、な)



面倒見のいい自分に少し笑う。
あの二人を過保護だと言ったけれど。
自分も対して、変わり無い。

悟浄は苦笑しながら、部屋のドアを開ける。
さて、悟空の部屋は何処だったかと思いながら。


しかし、目的の人物はすぐ見つかって。
夜着のまま、枕を抱えて。
一つの部屋の前を、ウロウロとしている。

確かあそこは、三蔵の部屋では無かったか。
やはり、一人寝は出来なかったようだ。





「――――オイ、悟空」





名を呼んでみれば、過剰に身体を震わせて。
おそるおそる、と言った風に振り返る。

金瞳が悟浄の姿を捉え、ほっと息を吐いた。



「……驚かすなよ」
「おー。で? 何してんだよ」
「べ…別にっ」



揶揄された事をまだ根に持っているようだ。
…無理も無い話ではあるが。



「三蔵のトコに潜り込もうってか?」
「こ、怖くなんかないからな! 寒いだけ!!」



荒げた言葉が、あまりにも大きな声だったから。
悟浄は慌てて、悟空の口を手で塞ぐ。



「馬鹿、三蔵に殺されてーのかよ?」
「……やだ」
「じゃ静かにしてろ」



誰の所為だよ、という声が聞こえたが。
悟浄は気に止めず、悟空の腕を掴んで。
自分の部屋へと、踵を返した。

悟空はきょとんとして、悟浄を見上げて。
一体何処へ行くのか、と問うている瞳。



「三蔵の奴、寝てるとこ起こすとキレるだろ」
「………うん」
「んじゃ、俺んとこ来い。眠くねえから」



そう言うと、悟空は素直に歩を進める。

夜中なのに、二人とも目が冴えていて。
悟空は最初は、眠そうな顔をしたけれど。
カードに興じている間に、睡魔は抜け落ちたようだ。



「ホレ、フォーカードだぜ」
「う゛」
「小猿ちゃんは何かな〜?」
「あっ! 勝手に見んなよ!」



悟空が持っていたカードを、悟浄が奪って。
絵柄も数字もばらばらの5枚。
むーっと悟空が頬を膨らませている。

眠気と一緒に、夜闇の脅えも無くなって。
カードを手にもう一回やろうと言って来る。



「もー一回だけ!」
「それ何回目だと思ってんだよ」



呆れながらも、悟浄は付き合ってやる。
このまま徹夜しそうだなと思いながら。


煩い保護者がいないものだから。
このまま朝まで、遊んでいそうだなと。
悟浄はそう思っていた。

が、悟空が突然、意識を逸らす。
金色の瞳が、窓の外へと向けられていた。



「何やってんだ?」
「………今……」



なんか、と悟空が小さく呟いた直後。

行き成り、小さな身体が抱きついてきた。
声にならない悲鳴と同時に。
悟浄はカード片手のまま、固まって。



「何やってんだよ、お前!?」
「だって、なんかいた!!」
「………あ?」
「外! なんか白いのがふわーって!」



悟空は窓を指差して言う。
けれど、そこには何も無い。



「なんもねーぞ?」
「ホントなんだってば!!」



泣きそうな顔をして言われてしまって。
悟浄は確認しようと、窓辺に近寄る。
悟空はじっと、悟浄にしがみ付いたまま。

窓を開けて、外を眺めてみるが。




「何もねーぞ」




悟浄の言葉に、だって、と悟空が呟く。



「どんなのだったんだ?」
「…白くて、ふわふわしてた。……で、…浮いてた」
「………ちょっと、待て」



悟空の最後の言葉に、悟浄は表情を凍らせた。

それはまさか、あの類ではないか?
確かに、それらしいものは出そうな宿ではあるが。
まさか本当に出るなんて事はないと思っていたのに。


悟空の動物的感性を言えば、信憑性はある。

けれど、見間違いという可能性だって。
夜行性の動物は多い、鳥にも梟がいる。
そうそう、そんな類のものに出てこられたって困る。



「……もう寝ちまうぞ、悟空」
「だ、だって!」
「ここで寝りゃいい。とっととこっち来い」



言って悟浄は、ベッドに上がる。
もう考える事は放棄した。
朝になれば、全て忘れてしまうのだから。

けれど、悟空はいつまで経っても窓辺にいて。
ベッドに近付くのを嫌がっているように見える。



「何してんだよ、早く来いって」



悟浄の言葉に、悟空は首を横に振る。
嫌だ、という意思表示だ。


悟浄が訝しげな表情をすると。
緩慢な動きで、悟空が指差す。
悟浄が座っている、ベッドに向けて。

正確に言えば、悟浄が座る位置の真後ろで。
悟浄は肩越しに、振り向いてみる。





「………へ?」





思わず間抜けな声が上がる。


悟浄の背後に立っている、白いぼんやりとした存在。
それは気配も何もなかったのに。
気付けば、際立った雰囲気をかもち出していて。

白い光が僅かに動くと。
それが人の姿をしているのが判った。
ぱっと見て、15歳前後の少年と言った所か。



「なんだよ……これ………」
「ご、じょぉ………」



少年が、動く。
音も無く、まるで浮くように―――いや。

足が、無い。







《ねえ》







高いとも、低いともつかない声。
悟空の声では無かった。
けれど言葉は、悟空に投げられたもの。

少年が悟空の目前へと舞い降りて。











《一緒に遊ぼうよ》











ふわり、と悟空の頬を包み込む、少年の手。
それを悟空は、どう感じたのだろうか。
ただ、良い感覚ではないだろうと悟浄は思う。

いつかの悟空の言葉を借りるなら、『生きてる匂い』が無くて。











叫びが、響き渡った。



























翌日、悟浄は街で聞いた。
あの宿は、本当に『出る』んだと。

15歳程の少年で。
同い年ぐらいの客や、小さな子供の前に現れて。
ただ一言、言うのだ。




――――《一緒に遊ぼうよ》と。





その言葉を素直に受けた子供(主に幼児)は。
行方不明になって、帰ってこないのが常だそうだ。


悟空には、黙っておく事にした。
昨晩の一件で、何かを本能で悟ったのだろう。
脅えきって、三蔵から離れない。

八戒から、何があったのかと聞かれた。
けれど悟浄は答えない。







情けない事に、二人揃って気絶した気恥ずかしさの所為で。



























知らなきゃなんでも言えるんだと理解した

適当な解釈だけで言ってられるんだと理解した



どうせ見間違いなんだろうと









「……昨日のアレ、何…?」

「…知らねーよ……」









出来る事は

早く忘れてしまう事。

















FIN.



後書き