鮮やかな光へ










もっと

もっと

もっともっと

















もっと光に近付く為に

もっと力いっぱい走っていけ






























「さんぞぉ――――っ!!!!」






寺院にはおよそ似つかわしくない大きさで。
一人の子供が、青年の名を呼んだ。

呼ばれた青年が顔を上げてみれば。



「さんぞー、おかえり―――っ!!」



そう言いながら、部屋の窓から元気良く飛び出す子供。

透明度の高い金瞳が爛々と輝いて。
長い大地色の髪が、尻尾のように揺れる。


窓を介して、内から外へ飛び出て。
子供は、大地に足をつける。
その一瞬後、こちらに向かって駆け出した。

両手を大きく広げて、いつもの笑顔で。
眩しい陽の光を、一杯に浴びて。



そして、腰に抱きついてきた悟空。
ぐりぐりと顔を押し付けてきて。
くんくんと三蔵の法衣の匂いを嗅ぐ。

そんな悟空の頭を、一度乱暴に撫ぜた後。
悟空が顔を上げた瞬間に、ハリセンを振り下ろした。




「いって―――!!」
「窓から出んじゃねえ、バカ猿!!」
「だって近かったんだもん!」




叩かれた頭を抑えて、悟空は三蔵を睨む。
しかし、痛みの所為で若干潤んだ瞳には。
これといった覇気は、何処にも見られない。

ただの拗ねている子供。
怒られてムキになっているだけ。








「早く三蔵、迎えに行きたかったんだもん!」










真っ直ぐ三蔵を見て、悟空は言った。
そしたら、窓が一番近かったと。
養子の言葉に、三蔵は溜息をついた。

こういう事は珍しい事ではない。
その都度、叱り付けてはいるのだが。



「もうすんじゃねえぞ」
「おうっ!」
「その返事は中身があるのか?」



返事だけは、いつもいい。
三蔵は二度目の溜息を吐きながら思った。

けれど、三蔵も三蔵で。
叱り付けてはいるけれど、嫌ではないのだ。
他の僧と違い、等身大の自分を迎える悟空の笑顔が。



「あるよ。あるけど……」
「けど、なんだ?」
「……やっぱ、窓が一番近いもん」
「中身が伴ってねえじゃねえか、やっぱ」


























「三蔵様、おっかえり〜」
「良かったですね、悟空。三蔵が帰ってきて」



執務室を開けた途端の声。

ふてぶてしく煙草を吸っている紅髪の男と。
三蔵に纏わりつく悟空に声をかけた、優男。



「何勝手に人の仕事場に入るんじゃねえよ」
「許可は貰いましたよ?」
「ほう……誰のだ?」
「悟空です」



当然の事ですよ、と言うように。
八戒は笑顔でそう告げた。

まだ纏わりついてきた、小猿に。
一発、ハリセンを振り下ろした後に。




「帰れ。俺は疲れてんだよ」




招かざる客を睨みつけ、言った。

もっとも、この図々しい人物二人。
それで大人しく引き下がる筈も無く。



「僕らは悟空に用があったんです」
「ここに入ったのは、ここに猿がいたからだよ」



こんな何も無い場所には用は無い。
悟浄は紫煙を吐き出しながら言った。

その煙草を、部屋に置かれた灰皿に押し付ける。



「ま、寺で堂々と煙草吸えるのここ位だし、助かったけどな」
「普通は灰皿ありませんよねえ」
「いいから帰れっつってんだろうが」



三蔵は扉の側に立ったまま。
そんな三蔵と数歩分隔て、悟浄と八戒がいて。

小猿はと言えば、その間で。
落ち着きも無く、ちょろちょろ動く。


笑顔のままの八戒と。
ふざけた笑みの悟浄と。
それを睨みつける、三蔵。

まさか空気が判らない訳でもあるまいに。
いや、判っていないのかも知れないが。
悟空が唐突に、言い出した。





「じゃ、皆で遊ぼうぜ!!」

「ざけんな、バカ猿!!」




パァンとハリセンの音が響く。



「何すんですか、この暴力坊主は」
「うえ〜〜、八戒〜っ」
「おーおー、取られるぜ保護者さん」
「死ね」



ガウン!!



「あっぶねーな! 死ぬじゃねえか!」
「言ったろ、死ねってな」
「ぜってぇヤだね」



再度、悟浄に銃口が向けられる。
寺院に似つかわしくない騒ぎは、もはや日常である。

執務室前を通る僧が、時折足を止めていたが。
触らぬ神に祟りなし、と。
聞かぬ振りをして、立ち去っていった。



「ああもう、煩ぇっつってんだろテメェら!!」
「三蔵の声が一番でかい!」
「黙れ、猿!!」



いつものハリセンは振り下ろされずに。
直々に、拳骨が悟空の頭を襲う。

悟空は避ける間もなくて。
それを真正直に受けてしまった。
頭部を抑え、小さな身体が蹲る。



「いってぇ〜〜っ」
「自業自得だ」
「いや、やり過ぎじゃね?」



殴る事はないだろう、と悟浄が言うが。
そんな悟浄の首根っこを、八戒が掴んで。



「三蔵、これも黙らせましょう」
「ちょっと待て! なんで俺?!」
「悟空だけ殴られるなんて、可哀想でしょう?」
「なんか要点が違うような…」



ついでに、貴方も煩かったから、と。
そちらの方が、まだ理由として合うような。

けれど、悟浄は判っている。
自分に向けられるのは、ハリセンとか拳骨とか。
そんな優しいものではないと。



「俺、まだ死にたくないんですけど」
「どうせ毎日死線にいるんです。今更でしょう」
「動くなよ。一発で殺してやる」




既に三蔵はトリガーに指をかけていた。


悟浄の背に、冷たい汗が流れる。
この二人は、本気なのだ。
このままだと、本当に明日を拝めなくなる。

――――しかし。








「三蔵も八戒も、悟浄いじめるなよーっ」








横から割り込んできた、悟空の声。

いじめられているように見えたのだろうか。
いや、結構実際にいじめられてるが。
助け舟には感謝するが、聊か情けない感のする悟浄だった。



「大丈夫か? 悟浄」
「おー……ま、サンキュな」



くしゃりと悟空の頭を撫ぜてやる。
子犬みたいに笑う悟空が其処にいて。

悟浄は少し調子に乗って、乱暴に撫でてみる。





「―――で、もういいだろ。帰れ」





三蔵が銃を収めながら言った。
間髪入れず返したのは、八戒。



「嫌です」
「テメェ……」
「さっき悟空が言ったじゃないですが。皆で遊ぼうって」



八戒の言葉に、悟空が振り向いた。
期待に満ち溢れた、嬉々とした顔。

八戒が、それに向けて微笑んで。



「嫌なら、三蔵は寝ていていいですよ?」
「んだと……」
「疲れてるんでしょ? なら無理強いはしません」



言外に、来るなと言っている。
三蔵の額の皺が、一層険しくなった。


































向かった場所は、小高い丘の頂上。

悟空が先頭を走っていって。
けれど、時折振り返って三人を見て。
また、駆け出して行くのだ。



「おーおー、ガキだねぇ」
「揃ってお出掛けも悪くないですね」
「止めろ、気色悪ぃ」



三蔵、悟浄、八戒の三人は。
横並びに僅かな距離を開けながら歩く。

向かう視線の先は、悟空がいて。





「はやくー!!」





大きく手を振って、悟空が呼ぶ。
果てには、跳ねたりもして。

その都度、髪が尻尾のように動く。
そして、三蔵たちがまた歩を進めると。
こちらを振り向きながら、再び走り出す。


悟空がある一点で立ち止まって。
蒼い蒼い空を背に、振り向いた。

その空の中、眩しい光が浮かんでいて。




悟空は三蔵の事を太陽だと言うけれど。
もっとずっと眩しいものを、彼らは知っている。

きっと悟空だけは、ずっと知らないままだけど。









「――――なぁ、早く来いよ!」











両手を広げて、笑って。
ここまでおいで、と。
誘うように。

背に負った光は、悟空を包み込む。
それを、身体一杯に浴びて。


悟浄が最初に走り出した。
一足先に、悟空の傍へと辿り着いて。
その小さな身体に、蹴りなんてかまして。



「体力バカのお前と一緒にすんじゃねーや!」
「んだよ、この河童ぁっ!!」
「―――……おやおや……」



じゃれ合いを始めた悟空と悟浄を見て。
今度は、八戒が走り出した。



「―――…………バカ共」



三蔵は歩む歩を止めないままに。
取り出して咥えた煙草に、火をつけた。









他の何より眩しい光は、幻ではなく、其処にある。

























伸ばした手は、夢じゃなく

何より眩しい光は、幻じゃなく


駆け寄れば、手を伸ばせば、其処にある









それにもっともっと近付きたいから


もっともっと、走って行く



















FIN.



後書き