possession









大人気ない

それだけ言ったら、それまでだ





だがそれ以前に、腹が立ったのだから仕方がない












………大人気ないとは判っていても



































――――口付けた途端、明らかに違う気配があった。

どう考えても、少年のものとは違う気配。
ほんのりと香る、匂いと。
キスの合間に感じた、苦み。










「――――……どした、焔?」




開放し、しばし悟空を見下ろしていたら。
きょとんとして金瞳が見上げてきた。

自分より、頭一つ半は足りない、彼の身長。
幼さを残した顔立ちは、不思議そうな顔をしていて。
繰り返し、どうしたのかと聞いてくる。



「いや……」
「って、そういう顔じゃないよ」
「……別に…」



言おうとしない焔に、悟空は頬を膨らませて。
彼の漆黒の髪を、緩い力で引っ張った。


悟空は昔から、秘密事というものが嫌いだ。
自身が何についても、秘密が出来ない所為もあるだろう。

焔はそんな悟空に、小さく笑みを零しながらも。
僅かに漂った匂いに、また顔を顰めた。



「なんなんだよ?」



また緩い力で髪を引っ張られる。


焔は、あまり表情の変化を見せない。
が、悟空はこういった事に目敏くて。
それがいつもは嬉しいのだが。
今回ばかりは、見逃して欲しかったかも知れない。

そうすれば、気の所為だとか、適当に片付けられるのに。



「……聞いていいか?」
「? なにが?」
「…ちょっとな……気になる事がある」
「回りくどいよ、早く言えってば」



拗ねたような顔をした悟空に。
半ば強引に、口付けを交わした。

不意をつかれた悟空は、動きを止めて。
けれど、次第に口付けに答えるようになる。
深くなっていく毎に、その瞳は艶を見せて。



「ふっ…ぁ、ほむ…ら……」



名を呼んで、縋りつくように。
悟空の腕が、焔の首へと回されて。

ゆっくりと唇を離していけば。
名残惜しげに銀糸が光った。



「……やっぱりな……」
「ふぇ…? ……なに?」



幾分、意識が飛んでいるようだ。
そんな悟空にまた、口付けて。
今回は軽い、触れるだけのキスだけど。

それなのに、僅かに感じられた気配。




「………煙草……」
「……え?」




焔の呟いた言葉を、上手く拾えなかったらしく。
悟空は小首を傾げ、再度問うて来た。








「煙草の匂いがする」








その言葉に、悟空は目を丸くした。
何処となく、その表情が青褪めて見えるのは。
空で光る月明かりの所為だけではないだろう。

“匂い”の所以が判るからだろうか。
悟空は慌てて、言葉を紡いだ。



「いや、あの、あのね、別に……なんにもね、ないんだよ?」
「………じゃあ、この匂いはなんだ?」
「う、移り香。移り香だと思う」
「なら、口の中は? いつもと違うぞ」



焔の言葉に、悟空は口元に手を当てた。

知らず、焔の表情が険しくなる。
オッドアイが厳しい感情を露にしていた。





「……あいつか?」





焔の脳裏を過ぎった男。
前世から、ずっと悟空の隣にいる奴。
悟空が太陽だと仰ぐ、たった一人の存在。

多少なり、移り香があるのは仕方が無いと思う。
けれど、口付けた隙に感じた、あれは。



「三蔵か? …まぁ、あいつしかいないだろうが」



ヘビースモーカーは悟浄も同じ事。
それは焔も判っている事だ。

けれど、悟空が隙を見せる相手は。
悟浄よりも、三蔵の方だろう。



「ちょ……ちょっと待ってよ、焔」
「―――他の奴の匂いをつけるな」
「だから、待ってってば!」



詰め寄る焔に、悟空は泣きそうな顔になる。
いつもなら、これで焔も止めるのだが。
ここまで言ったら、見過ごす事は出来なかった。

……悟空は、俺のものなのに。
はるか昔から、想い続けているのに。



「…嫌じゃなかったのか? 俺以外にキスされて」
「ちょっと待ってよ。違うってば」
「違う? じゃあ、どう説明する気だ?」



口付けた際、焔の首に回されていた、悟空の腕。
離れかけたそれを、強い力で掴む。

見下ろした金瞳が、僅かに潤んでいるのが判った。



掴んだ腕に、薄く朱が走る。





「違うってば、焔。違うんだ」





繰り返して言う瞳は、真髄だけど。
思い浮かんだ疑心は、簡単には晴れずに。

出来る事なら、信じたいとは思うけど。
500年の歳月を経て、変わらぬ絆に。
浮かび上がった疑惑は、消えてくれなくて。



「――――結局は、あいつなのか?」
「違うんだって! オレの話聞いてよ!」
「所詮、俺はお前の太陽にはなれないのか?」
「違う。違う。違うんだよ、焔!」



その言葉が、信じられるのなら。
こんな疑心を抱く事なんか、無い。

だけど。
自信が無いから。
この存在を、繋ぎ止めて置く事に。


違う、と叫ぶ声を聞きたくなくて。
腕の中に閉じ込めて、深い口付けを与えて。

悟空の目尻から、透明な雫が零れて。
唇を解放し、その涙を舐めとる。
僅かに、悟空の身体が震えを示した。




「や…ほむ……ら…」




掴んだままの、細身の腕。
逃げを打つように、腕を動かそうとしても。





「逃げるな、悟空」





焔の低い声音に、動きを止めて。
涙を溢れさせ、見上げて来た。

小さな拒否の声は、もう聞こえなかった。






















泣いて、縋り付いて、嫌だと何度も言って。


いつもなら、こんなに酷い事もしない。
行為の後、悲壮感といったものに、襲われる事も無い。

嫌だと本気で言われれば、止める。
泣いていれば、あやしてやる。
縋り付いて来れば、抱き締めてやる。


あの忌々しい気配に気付いた瞬間に。
また、奴に奪われるのかと思った。

500年、想い続けているのに。
自分と少年の距離は、酷く曖昧で。
あいつと少年の距離は、酷く近くて。







「俺は……お前を―――――………」







―――――ずっと、追い続けているのに……



























空が白んできた頃、腕の中の存在が身動ぎした。


行為の後、泣き疲れたように眠った悟空。
意識を失ったと言った方が正しいのか。
焔に抱き寄せられたまま、瞳を閉じた。

衣服は、シャツ一枚だけで。
寒さに目を覚まさなかったのは、焔の腕の中にいたからか。



「ん………?」
「目が覚めたようだな……」



明後日の方向を向きながら、焔が呟くと。
それを聞いた悟空が、顔を上げたのが判った。

けれど、視線を交わらせる事は無いまま。



「焔………」



悟空が、小さく呼ぶのが聞こえた。
けれど、焔は反応を返さない。





「焔……怒ってる…?」





不安げな声に、返事もせずに。
焔は、悟空を見ようとはしない。

それが尚、悟空の不安を煽る。



「ごめんな……でも、ホント違うんだ…」
「――――どう違う?」
「あの……な、…」



上手く言葉を紡げないまま。
悟空は、焔の腕に縋り付いて。

小さな身体が震えていた。
「嫌いにならないで」と泣いているように。



「あの…な……焔が言うような事じゃないんだ」
「なら、どう説明するつもりなんだ?」



数時間前にも同じ事を言ったな。
そんな事を考える自分は、酷く冷めているようだった。


悟空は、じっと焔を見ていたが。
焔がふいと視線を落としてみれば。
言い辛そうに俯いてしまった。







「………真似、してみただけなんだ」







小さな声で、悟空が呟いた。



「あの、な……皆が、いっつも子供扱いするから……」
「……は?」
「だ、だからさ。子供扱いされたくなかったから」
「………………はぁ?」



あの三人が、いつも子供扱いするから。


その中で、悟浄が言ったのだ。
「煙草の味も知らないガキ」と。

それを聞いて、ムッとして。
三蔵が火を点けたばかりの煙草を、奪い取ったのだ。
後は、当然……





思わず、焔は笑い出した。
自分の勝手な勘違いを棚上げしている訳ではないが。
悟空らしいと思えば合点の行く、その理由。

子供扱いされたから。
「煙草の味も知らないガキ」と言われたから。




「わっ、笑うな!」
「ああ、悪かったな」




悟空を抱き締め、おざなりに謝る。



「ほ、ほんと……焔、話聞いてくれないから……」
「ああ、悪かった。すまなかったな、悟空」



顔を真っ赤にして言う悟空に、口付けて。
二度目の、改めて謝罪を告げた。

勝手に勘違いをして、激高したことも。
悟空の話を聞こうとしなかった事も。
酷い事をしてしまったのも、全部ひっくるめて。


悟空が焔の髪を引っ張った。
そこに見えた、薄く走った朱色。

焔が手を添えてみると。
悟空が驚いたように腕を引っ込めようとした。
が、緩い力でそれを妨げる。



「許してくれるか?」
「次あったら、許さない」
「じゃあ、今回は許してくれるんだな」
「……仕方ないから、許す」



焔の胸に、顔を埋めて。
悟空は小さな声で言ってくれた。

耳まで真っ赤な事には、多分気付いていない。









「許したげる、だから焔――――……愛してるよ」











次いで、二度と妙な疑いはするなと、釘をさされた。


























どんな理由であれ、嫌なものは嫌で

だってその匂いは、あいつのものだろう?


……俺のものじゃないと言われるようで気に入らないんだ









でもお前は、やっぱりそう言ってくれるんだな


こんな俺に、「愛してる」と………―――――



















FIN.



後書き