distant near











抱き寄せた時の、大地の匂い

抱き締めた時の、太陽の匂い












きっとあなたは、ずっとずっと遠い人

けれど傍にいる事が、許されるのだと言うならば――――……

































「八戒、あれ喰いたい!」




買い物中、小猿が露天を指差して言った。
その指し示す先の露天は、肉まんを置いていて。

つい一時間ほど前に昼食を取った。
それももう既に消化し終えてしまったらしい。
炒飯大盛りで何杯食べていたのだろうと考える。


―――と、そんな事など露知らず。



「なあ、買っていい? オレ腹減ったぁ」



左手で八戒の服袖を引っ張る悟空。
八戒は小さく笑って、困ったような顔をして。



「お昼ご飯、食べたばかりでしょう?」
「でも腹減ったんだもん」



なんとも消化力の良い事だ。


八戒は両手一杯に荷物を持って。
悟空は右腕に荷物を抱えて。

20分ほど前から始めた買物は、結構な量になっていた。






昼食後、少ししたら買物に行くと八戒が言うと。
悟浄はさっさと逃げてしまったようである。
荷物を全て持たされると判っているからだ。
三蔵が荷物もちなんて事も有り得なくて。

けれど、今回の買物は多くなりそうだと八戒が言うと。
それまでジープとじゃれていた悟空が、着いていくと言った。


多分、八戒なら甘えさせてくれるから。
悟浄もそうなのだけど、彼は子供扱いするし。
反面、八戒ならそんな事はしない。

「仕方ありませんね」と言って、我侭を甘受してくれる。






粗方必要な物を買い揃えて。
そろそろ帰路か、という所で。
先刻の悟空の台詞が上がったのだ。



(甘やかすなって煩いんですよね、三蔵が)



自分はなんだかんだで甘やかすくせに。
仏頂面の小猿の保護者を思い出しながら考える。



「なぁ、八戒。買ってもいい?」



悟空は同じ言葉を繰り返す。
上目遣いで、お願いモード。

八戒なら許してくれる、と。
前例から来る確信が、瞳に満ちている。



「三蔵にバレたら怒られますよ?」



取り合えず、いつもの台詞を言ってみる。



「平気。宿に着くまでに食うから!」
「僕が言っちゃうかも知れませんよ?」
「八戒そんな事しねぇよ」



返された言葉に、八戒はまた笑う。
確かに、そんな事を本当にする気は無いが。



「なぁ、買っていい?」
「…仕方ありませんねぇ」
「やったー!!」



八戒がいつものように、言ってやれば。
悟空は子供のように喜んで、露天に走った。

ほら、やっぱり甘やかしてしまった。
あんな風に喜ぶから、駄目とは言えない。
これしきの事で、惜しげも無く笑うから。


小さな身体は、人込みの中、すぐ埋もれてしまう。
けれど、目的の場所は見えるから。

そこへ行けば、嬉しそうに肉饅の袋を受け取る悟空がいた。



追い付いた八戒の姿を見止めて。
悟空は右手に買物袋、左手に肉饅の袋を持って。
笑みを隠しもせずに、八戒に駆け寄った。

隣に並ぶと、悟空は早々に袋を開けた。
ほこほこと暖かい温気が空気に溶けていった。




「幾つ買ったんですか?」
「三つ! だったんだけど、一個オマケしてくれた」
「おや。それは良かったですね」
「あそこのばあちゃん、いい人だな」




悟空の言葉に、八戒は振り向く。
先刻の露天には、初老の女性が立っていた。

その女性がこちらへ向くと、視線が合って。
にっこりと優しく微笑んできたものだから。
八戒も小さく笑って、少し会釈した。



「八戒、何してんの?」
「いえ……ほら、冷めちゃいますよ」



八戒の言葉に、悟空は肉饅を口に運んだ。
出来たてらしいそれは、少し熱いようで。
悟空は赤い顔をして、肉饅を食べる。

時々熱さを訴えるように舌を出して。
それでも、一個食べ終えるのに、そう時間は掛からなかった。



「あち……手ぇ赤いや」
「火傷しないように気を付けて下さいね」
「ん、わぁってる」



そう言うそばから、もう次を食べている。

悟空の口の周りに付いた食べカス。
気付かないまま、悟空は肉饅を頬張る。
その都度、小さなカスが増えてきて。


知らず、八戒は笑みを零してしまう。



気付けば、既に三個目の肉饅。
と、そこで悟空は、何かに気付いたように。
一度八戒を見上げて、袋に目をやった。

八戒がどうしたのかと見下ろしていると。



「これ、八戒のな!」



満面の笑みで差し出されたのは。
最後の一個の肉饅だった。

悟空が誰かに食べ物を分けて上げるなんて。
一瞬、明日は雹でも降るかと、些か失礼な事を考える。



「八戒、いつもオレに優しいから、お礼な」
「ありがとうございます。美味しそうですね」
「うん、すっげー美味いよ」



その言葉の直後。
八戒が唇を寄せたのは――――………










「ホントに美味しいですね」












近い距離で、微笑んで言ってみると。
それまで放心していた悟空が、我に帰って。
あどけない頬に、一気に朱色が走った。



「さ、行きますよ」



言って、八戒は悟空の肩を抱く。
途端、悟空はじたばたと暴れ出す。
買物の荷物と、肉饅は確保したままで。

じたばたとしている悟空だが、体格の差か。
力は悟空の方があるのだが、ままならず。
悟空は八戒の腕に収まったままだ。



「そんなに嫌がらなくてもいいでしょう?」
「あのなっ、そういう問題じゃない!」
「ああ、じゃあ嫌じゃないんですね」



八戒の言葉に、悟空の顔はまた赤くなる。



「顔が真っ赤ですよ、悟空」
「うっさい!」



羞恥を隠すように、牙を見せるが。
赤い顔では、覇気なんで全くなくて。


悟空の肩を抱き寄せて、しばらく歩くと。
抵抗を止めた悟空が、また肉饅を食べ始めた。
拗ねたような顔は、子供と同じだ。

八戒は方を抱く手に、僅かに力を込めた。



「八戒、ちょっと……」
「なんですか?」
「…歩き憎ぃんだけど……」
「いいじゃないですか、たまには」



邪魔な二人もいないし、と。
言葉に出さなかった言葉を、悟空は気付いたらしく。
「たまにはね」と小さな声で呟いた。


悟空が肉饅を食べ終えると、その手にカスがついていた。

結局四個目も、悟空が食べたのだが。
その四個目の皮が破れて、少し零れてしまい。
悟空の手に少々ついてしまったのだ。



「もったいねーや」



言って、悟空はその手に口を寄せた。



「手ぇ肉饅の匂いしてら」



くん、と自分の手を嗅いで見る悟空。
この場に三蔵がいたら、「意地汚い」とハリセンで叩く所だ。

悟空が手を八戒に見せて、言う。



「な、匂いするよ」
「ついちゃいましたもんね。でも……」



また肩を抱き寄せて。
大地色の髪に、八戒は顔を寄せる。


また突然近くなった距離に、困惑して。
悟空は大きな金瞳を、益々見開いて。

往来の中、二人立ち止まって。
身を寄せ合って、雑踏の中、其処だけが別の空間。





「肉饅より、もっといい匂いしてますね」





優しい手付きで、悟空の頭を撫でる。
手が離れると、悟空はぼんやりと八戒を見上げて。
撫でられた頭に、むず痒そうに手をやった。

赤い顔して、僅かに俯いて。



「……オレ、なんか匂いするの?」
「ええ。とってもいい匂いですよ」
「…どんなの?」



悟空の言葉に、八戒は小さく笑って。







「内緒です♪」







口元に人差し指を当てて。
八戒は、にっこりと微笑んで告げた。



「なんだよ、それ!!」
「あはは。ほら、行きますよ悟空」
「ちょ、ちょっと八戒〜っ!」



一歩先に歩き始めた八戒に遅れないように。
悟空は慌てて、足を動かした。

そんな姿に、八戒はほんのりと微笑って。
立ち止まると、悟空が隣に立って。
知らず、悟空の手が八戒の服袖を掴んでいた。











――――……少し、遠回りして帰ろうか。

























大地の匂いと、太陽の匂いと

ごく身近にあるものだけど、それは遠くて









けれど、こんな近くにある今は

優しく繋いだ手を、離さないままで









だってこんなに、愛しいのだから















FIN.



後書き