accident










必死になって、痛い思いして

ねぎらいの一つも無いのは、割に合わないけれど















その痛いのさえ、忘れてしまう時がある

































ジープの上は相変わらず騒がしい。
後部座席でのどつき合いは、既に始まっている。
それに対し、三蔵もそろそろキレる頃。

ハンドルを握りながら、八戒は今更ながらに思う。
懲りない人たちですねぇ……と。




「ぜーったいイカサマだ!」
「誰がお前相手にイカサマすんだよ」
「だってストレート五連発なんておかしいじゃんかよ!」
「実力よ、実力。いちゃもん付けんじゃねえよ」
「いちゃもんじゃない!」




危険な事に、悟空が立ち上がる。
結構なスピードのジープの上で、だ。



「悟空、危ないですよ」



取り合えず、注意してみるが。
激高している悟空には、それは聞こえなかったようだ。


そして幾数分が過ぎただろうか。
八戒の隣で、ブチッという音がした。
いや、まさか本当に聞こえる訳は無いのだが。

三蔵の手に銀色の銃が握られる。
素早い動きで、それが後部座席に向けられる。





「うるせぇ!! 殺すぞ、てめぇら!!!」
「ぎゃ――――っ!!」





連射される銃声と同時に、飛び退く悟空と悟浄。
二人の間を、数発の弾丸が通過していった。



「……っぶねーな、この生臭坊主!」
「お前らがうるせぇからだ」
「だって悟浄がイカサマするから」
「だからしてねーっつの」



また同じ事を騒ぎ出す二人。
もう一度、銃声が響き渡っていった。










トランプも片付けて、騒ぎも収まって。
五分ほど経っただろうか。

それまである程度、安定を保っていた地面。
それが突然、凹凸の目立つものに変わった。


ジープの車体が左右上下に揺れ動く。



「……あ…あぶね……」
「大丈夫ですか、悟空?」
「へーき、とりあえず……」



危うく落ちかけた悟空が呟いた声に。
八戒は前方を見たまま、言って見た。
帰ってきたのは、少し頼りなさげな声。

振り落とされまいと、ジープにしがみつく悟空。
悟浄も同じように、両腕で車体を掴んでいた。
三蔵も時折、バランスを直すように身動ぎする。



「落ちないように気を付けて下さいね」



八戒の言葉に、悟空が小さく頷いた。


その直後。

少し大きめの石を踏んだようで。
ガタン、と車体が大きく跳ねた。






「わっ!!?」






上がった声に、悟浄が視線を向ければ。
ほとんどジープかか身を浮かせた悟空がいて。
慌てて悟浄は立ち上がり、悟空の腕を掴む。

そしてまたもう一度、ジープが跳ねて。
バランスを崩した悟浄は、悟空ともども、地面に落ちた。



「悟空、悟浄!」
「何してんだ、バカ共」



八戒がブレーキを踏んで。
距離も大して開く事無く、ジープは停車した。


悟空を抱きかかえた格好で地面に落ちた悟浄。
打った背中に痛みを覚えつつ、起き上がる。

ふと視線を落としてみると、悟空がいて。
目を回し、気を失ってしまったようだ。
爛々とした金瞳は見れなかった。



「あーあ……おい猿、起きろ」



駆け寄ってくる保護者二人を視界に入れながら。
悟浄は抱きかかえたままの悟空の頬を叩く。

しかし、反応は返ってこなかった。



「どっか打ったか?」



背中をぶつけたのは俺なんだけどな、と。
そんな事を考えながら、もう一度。
悟浄は悟空の頬をペチペチと叩いた。





「やべぇかな……」





悟浄が呟いた「やばい」と言うのは。
保護者二人に、命の危機に曝されないかと言う事。


想像通り、三蔵からは散々罵倒され。
八戒からは、完璧な笑顔でお説教された。

精神衛生上全く持って宜しくない事である。



「…撃たれなかったし、まだマシか……」



気功を喰らった訳でなし。
銃弾を貰った訳でなし。

精神面は疲労を訴えているけれども。


悟空があれから目覚めないままなので。
荒野のど真ん中で、野宿することになった。

八戒が看てみたが、特に外傷は無かった。
ひょっとしたら、打ち身はあったかも知れないが。
目立った傷は無かったとの事だ。




(だから俺が生きてんだろうな……)




もしも、悟空が怪我なんてしたら。
何故ちゃんと庇わなかったのかと言われて。
本当に三途の川を渡る羽目になるかも知れない。


あれでも必死だったのだ。
引き上げようとしたら、自分まで落ちてしまって。
地面に叩き付けられるのだけは、自分だけで済んで。

ほんの一瞬で、其処までやったのだから。



(割に合わねえな……それで一つもお褒めの言葉なしってさ)



あの二人が、悟浄相手にそんな事を言うか。
いや、言うわけが無い……
言ってもせいぜい厭味だろう。

悟浄は思わず、長い溜息を吐いた。































陽の光はとっくに見えなくなった。
細い月明かりだけが、荒野を照らす。

そんな中で、八戒は夕飯作りの真っ最中だ。
かなり遅い夕飯だと言えるだろう。
いつも食事を催促する悟空が、未だ眠ったままだからだ。



「ちょっと味が濃かったですかねぇ……」
「別にいいだろ、喰えりゃなんでも」
「駄目ですよ、健康に悪いです」



もう少し煮込めば…と呟く八戒と。
いつも通り、変わらず煙草を吸っている三蔵。

悟浄も三蔵と同じく、煙草を吸って。
その傍らには、毛布に身を包めた悟空がいる。
食事の時間が近付いても起きないとは、珍しい。


少なからず、心配にならなくもない。


何気なく、悟浄は隣の存在に目を遣った。
やはり目覚める様子は無い。

と、思ったのだが。





「ん……ぅ…」





もぞ、と悟空が身動ぎした。

起きたのかと顔を覗き込んでみた。
瞼がほんの少し揺れて。
ゆっくりといつもの金瞳が覗かれた。



「…ごじょ…?」
「目ぇ覚めたか?」
「…いたい……」
「どっか打ったかな」



会話をしながら、悟浄は保護者二人を伺う。
どうやら悟空の覚醒には気付いていないようだ。

もう少し黙っておこう。
悟空も静かにさせて置いた方がいい。
二人が気付いたら、「へーき」と起き上がろうだろうから。



「……も、よる…?」
「おう。とっくにな」



金瞳が星空へと向けられた。



「な、どっか痛いか?」
「……せなか…と、あたま…ちょっと」
「で、まだ眠いのか?」
「……ねむい…」
「じゃあまだ寝てていいぜ」



食事も出来ていない事だし。
それまで、安静にさせておくとしよう。

そこまで考えて、悟浄は小さく笑う。
三蔵や八戒を、過保護過保護と思っていたが。
自分も大して、変わりないようだ。



「悟浄、悟空起きましたか?」
「まだ寝てるぜ」



八戒の声に、悟浄そう返す。
傍らで、悟空が不思議そうな顔をして見上げていた。


ぼんやりと見上げてくる金瞳。
それを受けながら、悟浄は吸っていた煙草を踏み消した。

悟空が小さな声で、口を開く。



「な…悟浄は、いたくねぇの…?」
「ん?」
「……悟浄も…おちたし……」



言われて、悟浄は思い出した。
ジープから落ちて、背中を打ち付けた事。
思い出したら、また痛みが湧き上がってきた。

もう大したものでは無かったけれど。


心配そうに見上げてくる悟空。
なんだか、それが頼りなさげに見えて。



「平気だって、俺は頑丈なんだよ」
「……ほんと?」
「おう。なんともねーよ」



くしゃ、と悟空の頭を撫でてやる。


すると、少しばかり安心したようで。
はんなりとした笑が浮かび上がる。

いつもの元気で無邪気な笑みと違って。
まるで包み込むような、優しい光のように。




「悟浄、たすけてくれたから…」
「じゃねーと殺されるからな」




悟浄の言葉に、悟空がクスクス笑い出す。
そして悟浄も、小さく笑みを零した。



「へへ……なんか、おかし…」
「別になんにも面白くもねぇんだけどな」
「悟浄だってわらってるじゃん」
「お前のバカ面が可笑しかったからだよ」



悟浄の揶揄に、悟空が右手を上げた。
ぽすっと腰にそれが当てられる。

そしてまた、二人で静かに笑い始める。


一頻り二人で笑い終えた後。
悟空がほんの少し、寝転がったままで。
地面に座る悟浄に、身を寄せてきた。

悟浄が視線を落とした時には、既に。
ジャケットの裾を、小さ目の手が掴んでいた。



「…もうちょっとねる…」
「飯が出来たら起こしてやるよ」
「ん……さんきゅな」



悟空のその言葉の後に。
「もう寝ろ」と、目元を手で隠してやる。

寝息が聞こえて来るのは、すぐだった。










八戒が食事の用意が出来たと言っている。

眠ったばかりの子供に、さてどうするかと考えるのだった。





























多少の痛みは、別になんともないから

割が合わない事は、判りきってる事だけど











惚れた弱みと言われると、何も言えなくなる


だって仕方が無いじゃないか

何事も無かったのなら、本当にそれでいいんだから

















FIN.



後書き