fair wind









吹き抜ける風が果てのない空へ疾る













遠くの地平線の向こうに、何があるなんて知らない



ただ追い風が、その向こうへと疾れと背中を押す














――――…………キミの隣で






















走っていくジープの上で。
いつも騒がしい後部座席が、やけに静かだった。

八戒がちら、とバックミラーを覗くと。
煙草を吹かす悟浄の姿があって。
間をおいて、座席に寝転がる悟空がいた。




「……寝ちゃったんですか? 悟空」




八戒が穏やかな声で問う。
悟浄は咥えていた煙草を手にとる。



「ちょっと前にな」
「でも、今日は随分と静かでしたけど」
「眠かったんじゃねえの? ずーっと半目だったぜ」
「まぁ、野宿が続いてますしねぇ……」



そろそろ疲労も表に出る頃だろう、と。

そう言う八戒自身はと言えば。
いつもと変わらぬ、穏やかな笑みを浮かべていた。


助手席で、三蔵がマルボロに火を点けた。



「騒がしいよりマシだ」



日頃、二人の煩さに辟易している彼の事。
些細だろうとなんだろうと、もとより煩いのは嫌いだから。
後部座席が静かな事は、彼にとって良い事なのだろう。

ミラーで後部座席を見据えながら。
どうせなら、お前も黙れ、と。



「俺は八戒の質問に答えただけだぜ」



視線を意味を察し、悟浄が反論した。



「ならもう喋るな」
「あはは、まぁ良いじゃないですか」



青筋を浮かべ、何か言おうとした悟浄を遮って。
八戒が割り込むようにして言った。



「あんまり騒ぐと、悟空が起きちゃいますよ」



悟浄と三蔵の視線が、悟空に向けられた。


いつもの煩さや大きなイビキは何処へやら。
穏やかな顔つきで、夢の世界の住人になっている悟空。

確かに、起こすのは可哀想だろう。



「出来れば、今日中に街に着きたいですね」
「そうだな。俺も疲れたし」
「でも無理っぽいんですよね、距離的に」
「今日一日走れば、夜には着く」
「なんにもなきゃ、な」



悟浄の言葉に、八戒は苦笑した。

“質より量作戦”は相変わらず続いている。
だからこそ、疲れは溜まる一方だ。
弱いばかりの奴らが、大量に押し寄せてくるのだから。


そう言っている傍から。
前方を見据えた八戒が、ジープを止めた。
突然のブレーキに、ジープががたんと揺れる。

その揺れの所為で、悟空が身動ぎした。



「あーあ、起きちまった」
「無粋な人たちですねぇ。折角平和だったのに」
「………うぜぇな…また数だけか」



三蔵らがジープを降りると、悟空が身を起こした。



「なに? どしたの、皆」
「団体さんのごとーちゃく」
「またぁ? うっわ、またすげー数……」



そう言いながら、悟空は欠伸を漏らす。
隠さないのが、うんざりしている事を表すようだった。

のろのろと悟空がジープから降りた。


ジープが白竜の姿に戻る。
そして、定位置である八戒の肩へと降り立った。

前方の地平線を埋め尽くす人影。
禍々しい妖気を、惜しげも無く撒き散らして。
けれど、大して強くも無いのは、四人とも判っている。

もっとも、それは彼らの私見だが。





「玄奘三蔵一行! 今日こそ経文とその命、貰い受ける!!」





もうそんな口上も聞き飽きてしまった。
まだ眠気の抜けない悟空が、また欠伸をする。



「やれぇぇぇっ!!!」



指揮らしい妖怪が、声を上げると同時に。
咆哮を上げながら、百近い妖怪たちが突進してくる。

三蔵たちは動かないままで。


最初の距離よりも、半分ほどになっただろうか。

悟空が如意棒を握り、走り出す。
それに続いて、悟浄も錫杖を握り締めた。




「うおりゃああぁああっ!!!」




如意棒を伸ばし、凪ぐ。
小柄な体に反し、強い力で弾き飛ばされて。
妖怪たちが叫び声を上げて地に落ちる。


周囲を少し、綺麗にした所で。
悠長な事に、悟空は三度目の欠伸をした。

それが当然、妖怪たちの感に障り。
目尻を吊り上げ、牙を剥いてくるが。



「ったく、煽んじゃねーよバカ猿」



鎌を振り、その妖怪どもを片付けて。
錫杖を肩に担ぎ、悟浄は悟空の隣へ歩み寄る。



「だって眠ぃんだもんよー」
「ま、こんなの相手じゃ欠伸も出ようってもんか」



目元を擦る悟空の横に、悟浄が立つ。



「もっと強い奴いねえかな」
「例えば?」
「紅孩児みたいなのとかさ!」
「…いて溜まるか、そんなの」



無邪気に答える悟空に、悟浄は溜息を吐く。
確かに、雑魚相手より良いかもしれない。
だが悟浄としては、流石に其処までは勘弁して貰いたい。

暢気に会話を交わす二人の周囲を、妖怪たちが囲む。
しかし、当人たちは何処吹く風とばかり。



「そういや、三蔵と八戒は?」
「サボってんじゃねえの」
「ずっりぃ、オレ眠いのに!」



何故自分が文句を言われるんだと思う悟浄だが。
向けられるべき本人達が此処にいないのだから仕方が無い。

そう思って程なくしてから。




「よいしょっと」




一体の妖怪が、地面の投げ飛ばされた。
それが悟空と悟浄の脇に無様に転がる。



「怪我はありませんか? 悟空」



思った通り、八戒のご登場だ。
その後ろを三蔵がゆっくりを歩いて来る。

飼い主を見つけた小猿の表情が嬉々として。
先刻までの不満だらけの顔は何処へやら。
三蔵のもとへと駆け寄っていく。



「なあ、オレ眠い〜」
「働いてからにしろ。それからなら幾らでも寝とけ」



法衣の裾を掴んで言う悟空に、三蔵はいつも通り素っ気無い。
その反応に、悟空が子供のように頬を膨らませた。

そんな悟空を、八戒が宥める。



「ほら悟空、さっさと終わらせましょうね」
「終わったら寝ていい?」
「ええ。だから早くやっちゃいましょうね」



ぽんぽん、と頭を撫でられる悟空。

その手が離れて、今度は背を押される。
押したのは八戒ではなく、悟浄だった。




「おら、行くぞ猿!!」
「猿ってゆーなエロ河童!!」




元気に飛び出す子供二人に。
八戒は笑い、三蔵は溜息を吐いていた。






























「マジで寝てやがる……」





暢気に寝息を立てる悟空を見下ろし、悟浄が呟いた。


あれから全て片付けるまで、小一時間程。
大半を悟空が吹っ飛ばしていた。
よほど眠く、さっさと休みたかったのだろう。

そして、再びジープに乗り込んで数分。
悟空はあっという間に夢の中だ。



「よっぽど疲れてるんですね」
「じゃあ今日一日飛ばすか?」
「そうですね、一時間程度なら取り戻せます」



言って八戒はジープの速度を上げた。
ヴン、と音を立て、風が吹き抜けていく。

それまで確認できていた景色が擦り抜ける。
もっとも、景色を見る者は一人もいないが。



「この速度で行けば、日が沈みきる前に着けますね」
「安全運転はどーしたよ?」
「大丈夫ですよ、多分」



どうせ事故ったって、簡単に死なないし。
そんな八戒の台詞に、悟浄が確かに、と笑う。



「ね、三蔵?」
「その程度で死ぬなら、とっくに殺してる」
「誰がテメーに殺されてやるかよ」
「はいはい。貴方は美人の上で腹上死、でしょ」
「こいつは刺されて死ぬのがオチだろ」
「ああ、それもそうですね」

「お前らなぁ……」



好き勝手言う二人に、悟浄青筋を立てた。

殴ってやろうかとも思った悟浄だが。
間違いなく、気孔と銃弾で三途の川を見るだろう。



悟浄が黙れば、自然と会話は続かなくなる。
八戒も無理に会話をしようとはしなかった。


悟浄がハイライトとライターを取り出す。
しかし、ガスが切れていることに気付く。
三蔵に向かって右手を出すと、無言のまま放られた。

火を点け、三蔵同様に投げ返す。
走行中に関わらず、それはしっかり三蔵の手に収まった。



「おーおー、速いねー」
「そりゃ速くしてますからね」



のほほんとした八戒の台詞。

悟浄は紫煙を思い切り吸い込み、吐き出した。
煙は呆気なく、風に巻かれ消えて行く。


よく煙たがる小猿は、眠ったまま。
悪戯して起こすのも、今日ばかりはやめておこう。







ヒュ、と風が吹き抜けた。

進行方向ではなく、後ろから。
悟浄が何気なく、後ろを振り向いてみるが。
当然、其処には広い大地があるだけで。


遮蔽物が無いから、遠くまで見える。
一時間程前は妖怪たちが覆っていた、綺麗な地平線さえも。









「………平和だねぇ…」









確かに、そうかも知れない。
のんびりと、地平線を見、風を知る時間があるなら。

それは一つの平和と呼べるものかも知れない。



























駆け抜ける風の行き先なんて知らない

広がる地平線が何処まで続いてるかなんて知らない









追い風が背を押すよ

その風が何処へ疾るかなんて知る事は無いけど









――――……今はただ疾り続けていよう


――――……キミの隣で















FIN.



後書き