穏やかな日に













平穏な日々は退屈になる









それでもそんな時間が嫌いじゃないのは

他の誰でもない、キミが其処にいるから
























「えっと……ツーペア?」
「だな。ちなみに俺はフォーカード」
「どっちが強いの?」
「見て判んねえか? お前……」



ベッドの上で、いぶかしんで言う悟浄に、悟空は首を傾げた。


二人が今興じているのは、ポーカー。
やろうと言い出したのは悟浄だった。
しかしなんと、悟空はポーカーを知らなかった。

少し驚きつつも、教えてやる事にして。
悟空も新しい遊びに興味を示し。
かれこれ一時間ほど、この遣り取りが続いている。



「フォーカードの方が強ぇの」
「ツーペアは?」
「ワンペアより強い」
「ワンペアって……えっと…」
「判った判った、一からやり直しな」



考え込む悟空の頭をぽんぽんと叩いて。
散らばったカードを、悟浄はまた集めた。
悟空もそれに習って、カードを拾う。

それを傍観しているのは、八戒と三蔵。
三蔵は面白くなさそうに煙草を吹かしていた。



「もー一回行くぞ。これは?」
「ワンペア」
「よし、じゃ次」
「…ツーペア」
「じゃあ次は……」



一体何度、これを反芻した事か。
悟浄もそろそろ疲れてきているようだ。



教え始めた頃は、じゃれ合いながらだった。
悟空の覚えの悪さを、悟浄が茶化す。
そして悟空が頭にきて、悟浄に食って掛かる。

だが一時間もすれば、大人しくなり。
互いに教え、教えられと続けている。


悟空も簡単なものは覚えた。
勝ち負けはどうなのか、微妙な所だが。
一所懸命覚えようとしている努力は、多少なり報われたようだ。

だがフラッシュ辺りになると、判らなくなる。
フルハウスもよく判っていない。



「同じカードが二枚と、三枚」
「………えと……?」
「さっきも此処で詰まったろ」
「だって、判んねえんだもん」



開き直った子供に、悟浄は溜息をついた。



「……バカ猿」
「猿じゃない、バカじゃない!」



悟浄の呟いた台詞をしっかり聞き取り。
悟空はそれだけ、反論した。
後は頬を膨らませているだけだ。

見ていた八戒が、小さく笑った。



「二人とも、少し休憩していいんじゃないですか?」



言いながら八戒は、冷蔵庫へ向かい。
よく冷えたジュースを出し、コップへ注ぐ。

それから、三つのカップにコーヒーを入れた。



「はい、悟空」
「さんきゅ、八戒」



差し出されたジュースを躊躇いもなく受け取り。
悟空はジュースを半分ほど飲み干す。

コーヒーは傍らにいた悟浄に渡されて。
続いて、憮然としていた三蔵に渡される。
八戒は立ったまま、コーヒーに口をつけた。



「頑張りますね、悟空」
「うん! だって面白そうだもん」
「猿頭で覚えられるのか?」
「なんだよ、覚えられるよ」



三蔵の台詞に、悟空はむっとして言った。
そんな悟空を、八戒が「まぁまぁ」と宥める。

悟空はそれでも頬を膨らませていたが。
それ以上何か言うことはなく。
大人しくジュースを飲む事に専念している。


早くもコーヒーを飲み干した悟浄が、三蔵たちに向き直る。



「三蔵、お前最近ヒマそーにしてんな」



ついにクビか? 等と言ってみるが。



「暇人はテメェだろう。俺は忙しいんだ」
「じゃなんで此処にいるんだよ」
「猿が煩いからだ」



三蔵のその一言に、悟浄が吹き出す。
が、小銃を向けられて降参ポーズを取る。




「結局悟空には甘いですよねぇ」




のほほんとした八戒の声。
三蔵の眉間に皺が寄った。

だが小銃を向ける事も、何か言う事も無い。
相手が悪いと、理解しているからだ。
下手に敵に回さないほうが良いと。



「連れて行けと煩かったんだよ」
「まぁいいじゃないですか。仕事ばかりだと過労になりますよ」
「そーそ、たまにゃ遊ばねえとな」



こいつみたいに、と悟浄が悟空の髪をくしゃくしゃと撫ぜる。

子犬のように「む〜」と言う悟空が可笑しくて。
悟浄は調子に乗って、勢いよく撫でた。


三蔵がコーヒーを飲み終え、ほぼ同時に八戒も飲み干した。



「子供とのスキンシップは大事ですよ、お父さん」
「ふざけんな」



煩わしいだけだ、と。
あくまでそんな態度を取る三蔵に。
悟浄と八戒は、顔を合わせて笑う。

―――くい、と悟浄の服が引っ張られて。
後ろへ向き直ると、悟空がカードを持って見上げていた。




「続きやろ」




くいくいと悟浄の服を引っ張って催促する。

判ったよ、と仕方なさげに言うと。
嬉しそうな顔をして、カードを差し出した。
それを受け取って、何枚か並べる。



「日暮れまでには帰ぞ、悟空」
「はーい」



三蔵の台詞に、悟空が返事をするが。
中身は伴っていないと、三蔵は気付いていた。
























ふぁ、と悟空が欠伸を漏らす。
次いで、とろんとした瞳を手の甲で擦った。



「眠いんですか? 悟空」
「ん……へーき。悟浄、次」
「ん、おう」



催促され、悟浄はトランプを並べる。
あれから二時間ほど経つが、勉強会は続いていた。

三蔵は窓から外を見て、溜息を吐く。
太陽は既に、西の低い位置にあった。
だが悟空は、帰ろうとしない。



「あなただけ帰っても良いですよ?」
「……ざけんな」



いつもの完璧な笑顔の八戒を。
三蔵は射殺さんばかりに睨み付けた。

悟浄はちら、とそんな二人を見て。
次に、目の前で眠気眼の悟空を見る。


悟空が止めない限り、三蔵も帰る気は無いようだ。
結局、三蔵は悟空に甘かった。
本人はそれを認めようとしないが。

悟浄は笑が漏れそうになるのを噛み殺し。
悟空への指導を再開することにする。



―――――しかし。




「………おい、悟空?」




ちょっと目を離し、意識を逸らした隙に。
悟空はベッドに寝転がって、寝息を立てていた。

緩く肩を揺すって見るが、起きない。



「八戒、三蔵、寝ちまったぜ」
「あらら…」
「普段使わねえ脳ミソ使ったからだろ」
「まぁ、悟空にしては頑張りましたよね」



八戒が優しい手付きで、悟空の頭を撫でる。


眠る悟空の表情は、幼い子供そのもの。
八戒は人差し指を口に当て、二人に「静かに」と促す。

床に落ちていたシーツの埃を払い、悟空にかけてやる。
もぞもぞと悟空が動いて、シーツを握り。
子猫のように、丸くなって寝息を立てる。



「悟浄、起こさないで下さいね」
「へいへい、判ってますって」
「三蔵、煙草は消して下さい」
「…………」



八戒の言葉に、返事はなく。
三蔵は舌打ちし、煙草を灰皿に押し付けた。

悟浄も煙草に手を伸ばしかけていたが。
八戒に視線を向けられ、手を引っ込めた。
悟空が眠っている間は、吸えないようだ。



悟浄は溜息をつきながら、悟空に視線を移した。


暢気に眠る姿は、とても15には見えない。
もともと、年齢より下に見られる方だ。
無防備を曝している今は、尚更だ。

クス、と八戒が小さく笑いを漏らすと。
三蔵と悟浄が、同時に視線を向けた。



「ああ、スイマセン。可愛かったんで…」



つい、と言う間も八戒は笑う。



「だからってなぁ……」
「だって可愛いじゃないですか」
「俺に同意を求めるな」



話を振られた三蔵は、無視。
八戒は、今度は悟浄に会話を向けた。



「不思議だと思いません?」
「何が?」
「三蔵が育てて、こんなに可愛いなんて事が」
「………可愛いかどーかはともかく、確かに」


「死ぬか、お前ら」



チャキ、と小銃が悟浄へ向けられる。



「なんで俺だけなんだよ!?」
「煩い、死ね」
「言い出したのは八戒じゃねーか!」
「はいはい、煩いですよー、二人とも」



パンパンと八戒が手を叩く。

要因を作ったのは誰だ、と二人が睨むが。
八戒はそ知らぬ顔で、悟空の頭を撫でている。



「でも勿体無いですよね、三蔵には」
「どーいう意味だ」



聞こえるように呟く声に。
三蔵は青筋を立て、八戒を睨みつける。



「こんな可愛い子、生臭坊主には勿体無いです」
「底無し腹黒野郎の言う台詞じゃねえな」



どっちもどっちだろ、と悟浄は思ったが。
口に出してはいけないと判っている。

傍では、騒ぎの中にも関わらず眠る悟空がいて。
起きたら多分、腹減ったと言い出すだろう。
子供は暢気でいいな、と悟浄は胸中で呟く。



「あーあ……此処、俺んちなんだけどな……」



家主に意向を完全に無視している三人。

いつか胃に穴が開くかな、と思いながら。
この生活から抜けられない自分を、少し不思議に思った。








傍らでは、穏やかな寝息を立てる子供がいた。

























平穏無事な生活の中で

時折、退屈を見付ける事もあるだろうけど









それでも、そんな時間が嫌いじゃないのは

傍らにキミがいてくれるから



キミが傍にいてくれるなら嫌じゃない


















FIN.



後書き