Gensi-ni-Kaere










―――なんの為に生まれてきたの?

―――なんの為に生きてるの?





………大義名分がなければいけないの?










―――なんの為に其処にいるの?

―――なんの為に傍にいるの?





………理由がなければいけないの?










































時々、声が聞こえることがある。

それは彼の、あの太陽の声でなく。
もっと違う、もっと不確定なもの。
周囲にあるもの全てから聞こえる声。



樹木。
流水。
宋風。

この大地にあるもの全て。



幼い頃は、なんだか判らなかった。
彼の声でないことだけは確かで。

時折、怖いと思った事もある。
それがなんだか、判らなかったから。
怖くて、彼にしがみついていた事もある。

鬱陶しがってはいたけれど。
彼は、突き放したりしなかった。




そうしたら、また声は強くなる。

誘うように、包み込むように…………





ようやく一人遊びになれた頃。
寺院の裏山を駆け回る事も多くなり。
木の根元で、休息を取ることも増え。

鮮やかな形を成し始めた、声。
すぐ傍から聞こえた、彼のものと違う声。





「…………だれ?」





判らなくて、問うてみても。
形ある答えは、まだなくて。

ただ、不快感は得られなかったから。
聞こえる声をそのままに。
また、瞳を閉じた事もある。


目覚めた時には、彼が傍にいて。
「なんで?」と起き上がって聞けば。
「面倒臭い」と返される。

いかなる理由であれ、嬉しかった。
大好きな彼が、すぐ傍にいるのだから。



二人の青年と出逢い。
徐々に、はっきりと判る声が聞こえる。


まるで恐れているかのように。
ともすれば、引き擦り込まれそうで。
優しさを垣間見せる声なのに。

ふとした瞬間、何処か冷たい何かを感じた。





………きっと、彼の声ではないから。





そう、結論を終わらせていた。
求めているのは、こんな声ではなく。
たった一人の、彼の聲だけで良かったから。

他の声は、聞こえなくて構わなかった。





そう、思った日を境に。
声は聞こえなくなる。


……不自然さを露にして。





































「なぁ、呼んだ?」





少し荒れた道を走るジープの上。
悟空は悟浄を見て、尋ねた。

言われた悟浄は、間抜けに口を開けて。
やや遅れて、「知らねえよ」と返された。



「幻聴でも聞こえたのか? お前」



茶化すように言ってくる。

しかし、悟空はそれに突っかからずに。
今度はハンドルを握る八戒に声をかけた。



「なぁ、呼んだ?」



悟浄と全く同じ問いかけをすると。
バックミラー越しに、翡翠が向けられて。



「いえ、僕じゃないですよ?」



不思議そうな顔をして答えた。


ちら、と助手席に金瞳を向けるものの。
彼の声ではなかったと。
それは自分自身が、一番よく判っている。

それなら、一体誰の声なのか。
悟空はジープに座り直して。
通り過ぎる風景に、目を向けた。


過ぎ去っていく青々と茂る木々。
遠くなっていく、通過した荒れ道。
透き通っていく、風。




「……またなのかな……?」




呟きが聞こえたのだろうか。
三蔵が不機嫌そうに、こちらを見た。

その瞬間に、一度、聞こえる声が叫び声になった。


聞こえる声が、鮮やかなものになっていく。

幼い頃に聞いた声。
まだあの頃は、形をなし始めていただけで。
聞き取れたのは、多分初めて。





『還っておいで』





聞こえてくるのはそんな声。
何度も何度も、繰り返し聞こえる。



ふと遠くへと金瞳を向けて見れば。
誰かが、誘っているような気がした。

けれど、其処には何も無い。
何も無くて、何か在る。
優しくて、包み込んでくれる何かが在る。


ジープから降りて、其処へ行けば。
きっと、何かが抱き締めてくれる気がするけれど。

それは、望んだ事じゃない。






















『還っておいで』

どこに?



『還っておいで』


どうして?



『還っておいで』

……いや。



『それはどうして?』

どうしてかえらなきゃいけないの?



『貴方は私たちの愛する子』

うん、なんとなくわかるけど。



『なら、還っておいで』

それはいや。



『其処にいたらいけないの』

そこって、どこ?



『その光の傍は、駄目』

それは、あのひと?



『貴方を私たちから奪った光』

うばったりなんかしていない。



『貴方は知らないだけだから』

だったらしらないままでいい。



『今も、昔も』

むかしなんておぼえてない。



『貴方の傍には、その光』

なんでそれがいけないの?



『貴方を私たちから奪った光』

どうしてそれがいけないの?



『貴方は私たちの愛する子』

いっしょにいたいのはいけないの?




『ああ………!』


そばにいたらいけないの?




『憎むべきは』


すきになったらいけないの?




『私たちから貴方を奪った』


あのひかりは、とてもやさしいものなのに、







『その忌々しき光のみ――――!』








―――――あいしてしまってはいけないの!?


























「八戒、止めて!!」




突然響いた、悟空の声に。
八戒は無意識のうちに、ブレーキを踏む。

突然掛せられた、慣性の法則。
抗う間もなく、四人は前のめりになる。
三蔵と悟浄は、車体に手をついて身を支える。



「何なんだよ、このバカ猿!」



悟浄が決り文句を吐いて、睨みつけると。
其処にいたのは、知らない悟空。

三蔵と八戒が、後部座席へ振り返る。



「……ちょっと、ごめん」
「おい!」
「動いちゃ駄目」



静かな金瞳で、けれど有無を言わさぬように。
告げられた声に、悟浄は身を堅くした。

ジープを降りて、一人。
周囲をぐるりと見渡した後に。
ジープより、数歩手前に進む。




「悟空……?」




八戒の声は、聞こえていたけど。
振り返ることもなく、前を見据える。

後方から感じる、一つの視線は。
他の誰でもない、三蔵のもので。
誘う声の中、聞こえる聲が鮮やかで。



傷付けたりなんか、させない。

三蔵は、勿論。
悟浄も、八戒も、ジープも。

誰も、傷付けたりなんか、させない。



具現化した如意棒を握れば。
一体どうしたのかと、悟浄が動くが。

静かな金瞳で、「動くな」と告げる。














『どうして庇うの?』

あんたたちとおなじ。



『どうして共にいたいと言うの?』

それもきっと、おなじ。



『どうしてあの光なの?』

りゆうなんて、しらない。



『どうして、私たちではないの?』

……それは、わからないけど……



『貴方は私たちの愛する子』

うん、わかってる。



『私たちが貴方を生んだ』

うん、しってる。



『それなら何故、あの光なの?』

りゆうがあるなら……おれがしりたい。





『ああ、やっぱり奪われた』


きずつけたらゆるさない。




『ああ、やっぱりそうだ』


あんたたちが、おれがだいじだっていうように、




『ああ……やっぱり、あの光が在るからだ』


あのひとが、いまのおれのぜんぶだから、




『忌々しきは、あの光』


おれから、あのひとをうばうなら、











『ああ、それなのに――――!!』




















―――――もう、そこへはかえらない。































ザザ……と、木々が擦れる音がする。
いつもは、心地いいはずの、その音。
けれど今は、胸の内が冷えていくだけで。

強い風が吹き抜けていく。
大地色の髪を揺らし、消えて行く。





―――――ただの我侭だ。

けれど、譲れなかったから。
今、傍らにある全てのもの。
何があっても、離れたくなどなかったから。





風が止み、木々の音が消える。
声は既に聞こえなくなり。
届くのは、ただ一人の聲のみで。


如意棒を消し、重力に従い手を下ろす。
いつも爛々とした金瞳は、静寂を持ち。

そっと、その金瞳を一度、閉じた。



振り返れば。

何が起きたのかと、睨みつける紅と。
心配そうに、じっと見つめる翡翠と。
聲と共に届く、三蔵の紫闇の瞳。


軽い足取りで、ジープの後部座席へ戻り。
睨んでくる悟浄の視線を気にせずに。

悟空は、助手席の三蔵に後ろから抱き付いた。



「………何やってんだ、猿」
「こうしたかったから、してる」
「沸いてんのか」
「ちょっと、そうかも」



二つの視線が向けられるけど。
それは意に介する事はないままで。

三蔵にの腕を外される。
動かないジープの上で、三蔵が立ち上がり。
悟空の横にいた悟浄に、目を向けて。





「退け」





遠慮もなく告げられた言葉に。
悟浄は引き攣りながら、その場を空け。
出来たスペースに、三蔵が移動する。

助手席には、悟浄が移動した。



「……だいすき」
「沸いてんじゃねえよ」
「……だって、好きだし」
「何度も聞いた」



何度だって言いたくなるんだと。
言った自分は、どんな顔をしているだろう。
いつも通り、笑えているのだろうか。

判らないけれど、追求されなかったから。
それに甘えて、三蔵に身を寄せた。



「うぜぇ」
「うん、ごめん」



言いながら、離れない。


走り出したジープ。
ミラー越しに、二つの視線。
正直、どうでも良くて。

――――聞こえてきた、声。








『どうして光の傍にいたいの?』








通り過ぎていく風景に目を向ける。
三蔵の法衣を、両手で握る。

見上げれば、深い紫闇と。
何よりも眩しい、金色の光。
聞こえてくるのは、他に無い聲。














………りゆうなんて、いらない。



――――……ただ、そばにいたいとおもった。





























―――なんの為に生まれてきたの?

―――なんの為に生きてるの?





………陳腐な理由はなくていい










―――なんの為に其処にいるの?

―――なんの為に傍にいるの?





………オレが傍にいたいと思ったから

















FIN.



後書き