cage










伸ばして


………届かないまま




下ろされた


…………幼い手














―――――………ねえ、泣かないで………―――――





































高い高い、山の上。
暗い暗い、檻の中。

その子はたった一人、いたんです。


とても綺麗な瞳をしていました。
ええ、とても綺麗でしたよ。
色も、光も。

大地と同じ色の髪。
まだまだ幼いのでしょうね。
顔の輪郭は、丸みを帯びておりました。

瞳は、なんとも綺麗な金色でした。
その金色に、私が仄かに映っていました。



そっと檻の中へと入りました。

その子は不思議そうに私を見つめ。
差し出された手は、まだまだ小さなものでした。








………それが、私とその子の出逢いです。








差し出された手に、私が乗ると。
子供は少し、驚いたご様子で。
けれどすぐに、笑みを見せてくれました。

ああ、なんと優しい笑みでしょう。
綺麗な瞳が、またきらきらと輝きます。


私が一声、呟いて見れば。
子供は不思議そうに、私を覗き込みました。

ああ、全てが不思議なのでしょう。
幼い子は、皆そうでしょう。
見るもの全て、心を躍らせるものなのでしょう。



ああ、幼子は可愛いものですね。

些細なことで、こんなに笑ってくれるのですから。



















その日は私、とても幸せで御座いました。

私の言葉は、幼子には通じませんが……
けれども、一向に構いませんでした。
私は、幼子の笑みが見たいのです。


















けれど、日が暮れていきます。
戻らなければ、私は闇夜は飛べません。


私が檻から出て行くと。
振り返ると、子供がじっと見ています。
寂しげな色を、綺麗な瞳に称えて……

檻に手を触れ、こちらを見つめ。
寂しいのですね、ごめんなさい。

けれど明日、また私は来ますから。








『……なあ、明日も来てくれる?』








ええ、喜んで参りましょう。













朱色に染まる空を舞い。
思い出されるのは、幼子。


あの子は、何故あそこにいるのでしょう。
何故、檻の中にいるのでしょう。
何故、一人ぼっちなのでしょう。

私がそれを問う事は出来ません。

言葉が通じない事もあるのでしょうが……
私が聞いて良いものとは思えずに。
それでも、傍にいようと決めました。



あの瞳は、本当に本当に綺麗なのですよ。
あの笑顔は、本当に本当に優しいのですよ。
あの手のひらは、本当に本当に温かいのですよ。

ですから、私はそれでいいのです。
あの子の傍に、いたいのです。





























時折、幼子は空を見つめます。

あなたも飛びたいのでしょうか。
この空の下、立っていたいのでしょうか。


その日は、ずっと空を見ておりました。
東から昇り、西へ沈む陽光。
幼子はずっと、その光を追っていました。

そっと、幼子が小さな手を伸ばします。
指し示す先は、輝く太陽。






『………なんでだよぉ………』






零れた雫が、地に落ちました。

私にとっては、当たり前の陽光。
けれどあなたには、酷く遠いものなのですね。




……あなたは、そんな風に泣くのですね。


……声を殺して……





























『例えばここが深い地の底だったら』



幼子が、まるで他人事のように言いました。



『―――――太陽なんて望まなかったのに』



あなたの瞳は、綺麗なのに。
涙を流すと、とても痛々しいものですね。

私は、それを止められない。
傍にいる事しか、出来なくて。
ごめんなさい、私は何も出来ません……









ここから出してあげられない………―――――





























幼子は、いつものように笑います。

陽の光から目を逸らし。
光を映すあなたの瞳は、きらきらと綺麗なのに。

それでも幼子は、笑います。



ある日、幼子は私を両手で包み。
檻の中、立って。
私を掲げ、こう言いました。






『オレとお前、友達だな!』






友達。
あなたと、私が。

………ええ、嬉しいですよ。
あなたと私は、友達なのですね。
とても嬉しいお言葉でした。



帰り際、振り返ると。
幼子は私に、手を振っておりました。

また明日も、参りますね。
























































幼子の下へ飛ぶようになり。
一体、幾日過ぎたでしょうか。

次第に、翼に力が入らなくなり。
あの子の下へ飛ぶことが、酷く辛くて。


けれど私は、飛びました。
あの子は、檻の中から出られない。
両の手足に、黒光りの枷をつけ。
時折、酷く寂しい顔をします。

その重みが、ほんの少しでも軽くなるなら。
私は、あなたの下へと飛びますから。


あなたの笑顔が、見たいから。








――――――ああ、でも、もう………――――――




























目の前にいるのに。
届かないのは、なんとも悔しいものですね…


目の前にある、檻。
あなたがいる、そこ。
ほんの少し羽ばたけば、届くのに。

もう、動かないのです。


蹲るあなたを、見つめながら。
ぼんやりとしか見えなくなり。


けれど、何故でしょう。
私は寂しくないのです。

あの子は、一人ぼっちになってしまうのに。
どうして私は、笑みが零れてくるのでしょう。
あなたを見ていると、嬉しいと思ってしまうのでしょう。







ごめんなさい。
あなたを一人にしていまいますね。

もう、あなたの笑顔を見れません。
けれど、何故でしょう。
私は悲しくないのです………









『オレとお前、友達だな!』









不意に蘇ったのは、その言葉でした。

あの時、あなたは笑っていました。
とても嬉しそうに、私を見て。
………だからかも、知れません。


ああ、なんとも身勝手なものですね。

あなたを一人にしてしまうのに。
私は悲しく、寂しくないのです…………






幼子が起き上がりました。
その瞳は、地に落ちた私に向けられて。

檻の間から、手を伸ばします。
それに触れる事が出来たら、なんと嬉しい事か。
けれど私は、もうそれさえも出来ません。


すぐ近くまで、届いているのに。
もう少し、はばたければ良かったですね……

そうすれば、あなたの温もりに抱かれたのに。



そっと、その手が離れていきます。
ほんの少しの距離、届かないままで。

聞こえたのは、悲痛な叫び。
声をあげ、泣き叫んで。


ごめんなさい。

ずっと傍にいることが出来なくて。
あなたをそこから出してあげられないままで……




























『例えば』







…………ごめんなさい、私はあなたを一人にします。







『例えばここが深い地の底だったら』







……ありがとう、私を『友達』と言ってくれて―――――








『――――自由も孤独も知らずに済んだのに――――』




























ねえ、泣かないで

大丈夫、いつかその手は届くから



今はまだ、それは私の願いでしかないけれど

大丈夫、いつかその手は届くから










………ごめんね、一緒にいられなくて

………ごめんね、何も出来ないままで




でもいつか――――あなたに光は届くから………




















FIN.


後書き