DEATHGAZE











Desperate あがいてみればいい


無数の異なる神より最後に選ばれし者

廃墟で王の座を狙っているのかい?










Destruct どれを信じる?


麻酔とお前があればいい

未来は誰の元にも平等に襲いかかるのさ例外なく




































響き渡った銃声は、空に消え。
絶えず動き回っていた少年を、硬直させた。

その隙を、妖怪が見逃すことはなく。
グラ、とバランスを崩し掛けた幼い身体に。
妖怪の鋭い爪が、容赦なく襲い掛かる。


しかし、それは少年に届くことはなく。




「何やってんだ、バカ猿!」




凪いだ錫杖が、妖怪を弾き飛ばし。
悟浄は、崩れかけた悟空の体を支えてやる。



「わり…いや、足滑っただけ」
「………ドジ」



いつもの無邪気な笑顔を見せた後。
悟空は、先陣切って走り出した。

悟浄は、その背中を見ながら。
彼の動きが、いつもと違う事に気付いていた。






























いつも通り、自分の担当分だけ。
数ばかりで攻めて来る妖怪たちを片付けた。

悟浄は錫杖を消し、身体を伸ばして。
八戒は身体の埃を払い、避難させていたジープを呼び戻し。
三蔵は早々に煙草を取り出し、火をつけていた。



「今日はこれで終りかぁ?」



周囲を見渡し、悟浄が言った。



「…みたいですね。逃げた方もいらっしゃるみたいですけど」
「去る者追わず。どーせ雑魚だろ」



ポケットから煙草を取り出しながら、悟浄は言った。
八戒も、無駄な体力を使うつもりはなく。
空を仰ぎ、街までどれくらいだろうかと、一人ごちた。


そんな中、一つの声が足りなくて。

横たわる妖怪の骸の中。
三蔵は、ふと周囲を見渡した。



「……猿はどうした」



三蔵の言葉に、悟浄と八戒は顔を合わせ。
三蔵同様に、周囲をぐるりと見回す。

立っている場所は、何処までも続く平地。
地平線が目線の高さに広がっていて。
彼一人を見つけることぐらい、容易い事だ。



「お、いたいた」



その言葉に、八戒が視線を向けると。
妖怪たちの骸の真っ只中に。
如意棒を具現化したまま、座り込んでいる悟空がいた。



「何やってやがんだ、あいつは」
「腹減ったとかじゃねえの?」
「今日はまた、結構な数でしたからね」



笑いながら、八戒は歩き出した。
それに少し遅れ、悟浄と三蔵も歩き出す。

その気配に気づかない訳ではないだろうに。
悟空は座り込み、俯いたまま動かない。
前髪に隠れ、彼の瞳は伺えなかったが。



「…………悟空?」



三蔵たちよりも手前を歩いていた八戒が、名を呼ぶ。



「…どうした?」



後ろから悟浄が、八戒に問い掛けた。
返事はなく、翡翠は一点に向けられたままだ。

食いしばっている悟空の口元。
如意棒を握る手は、何かを必死に耐えていて。




「――――悟空っ!!」




八戒が声を荒げ、駆け寄った。
傍まで来た八戒に、悟空はようやく顔を上げた。

いつもより、少し弱々しい金色の瞳。
うっすらと滲み出ている汗。
幼さの残る顔立ちが、僅かに歪んでいて。



「…はっかい……へへ……」



安心させようと思ったのだろうか。
焦燥を露にする八戒に、悟空は笑いかけた。

それを見た悟浄も、急いで二人に駆け寄った。



「どうしたんだよ」
「悟空、何処かやられたんですか?」
「いや……えっと、その………」



詰め寄る二人に、悟空はどもる。
なんでもないと言っても、二人は聞く筈がなく。

遅れて三蔵も傍まで来ると。
座り込む悟空の傍らに、片膝をつき。



「その手を離せ」
「……え?」
「これだ」



ぐ、と三蔵は悟空の右腕を掴む。
そのまま、力任せに引っ張ると。

ベットリと紅のついた、小柄な右手。
誰が見るにも明らかな、血。
先刻まで手が触れていた、左の脇腹から溢れていた。



「……我慢、しようと思ったんだけど…」
「こんだけ血ぃ出ててかぁ?」
「これ、結構重傷ですよ。駄目です、そんな事したら」
「う……すぐ、止まるかなって……」



八戒に諌められ、悟空は俯いた。
それから小さく「ごめんなさい」と呟く。

三蔵が、掴んでいた悟空の手を離す。



「………バカ猿が」



三蔵が呟いた言葉に。
悟空は、俯いて、小さく笑った。

八戒が悟空の脇腹に手を当てる。
その際、八戒の手にも悟空の血がついて。
一瞬だけだったが、傷口にも触れたらしく。



「いって……!」
「あ…すいません、少し我慢――――」



顔を歪めた悟空に声をかけながら。
八戒は不意に、言葉を途切らせた。

そんな八戒に、悟浄がいぶかしんで。



「おい、早くやってやれよ」
「あ……そうですね。じゃあ少し我慢して下さいね」
「うん………」



八戒が気孔を施し始めると。
三蔵は立ち上がり悟空に背を向けて。

いつも通りに、煙草に火をつけた。








































昼間の妖怪の襲撃の所為、と八戒は言う。

今日辿り着ける筈だった街まで行けずに。
野宿になってしまった理由を、そう述べた。



「八戒、薪足りるか?」



夕飯の準備をしていた八戒に、悟浄が言うと。
八戒は、パチパチと燃える焚き火に目を向け。



「そうですね…念の為、もう少し」
「おう、んじゃ取ってくる。おい三蔵、お前も来い」
「テメェだけで行きやがれ」



悟浄の言葉に、三蔵は憮然と返す。



「この辺に使えそうなのが少ないんだよ。だから手伝え」
「肉体労働はお前の分野だろうが」
「たまにゃお前も働けってんだよ」



睨み合いを始めてしまう三蔵と悟浄。

八戒は溜息を吐いて、火の傍で蹲る悟空に近寄った。
悟空の金瞳は、言い合う二人に向けられていたが。
八戒が傍に膝をつくと、そちらに目線を向け。



「……オレ、行こうか?」
「あなたは駄目ですよ。安静にしないと」
「でも気孔もしたし」
「傷口は塞ぎましたけど、完治って訳じゃないんですよ」



だから駄目です、と。
念を押すと、悟空も渋々ながら頷いた。

それを確認して、八戒は三蔵と悟浄を見て。



「ほら、早く行っちゃって下さい」
「だってよ、この生臭坊主が……」
「悟空に行かせるつもりですか?」



「行こうか?」と言った悟空。
その台詞を、八戒が許可する訳はないが。

言ってみると、三蔵が腰を上げた。
悟空の事となると、彼は途端に甘い箇所がある。
悟浄も溜息を着いて、その場を離れていった。



「まったく…」



誰に向ける事もなく呟いて。
八戒は悟空の方へ、視線を向けた。

傷があった脇腹を抑え、蹲っている悟空。
傍らでジープが心配そうに鳴くが。
それも、今は聞こえていない。




「……ぅ……つ…」




漏れてくる呻き声。
必死に痛みを我慢している姿は、見ている方も辛い。






傷の原因を察しているから……尚の事。































昼間闘り合ったのは、広い荒野だったが。
あれから月が高くなるまでジープを走らせ。
お陰で、森に入るまでには進めた。

だが、この辺り一帯の木々は若々しくて。
水気を含み、どれも薪には向かない。


訳も無く苛立ち、悟浄は手近な木を蹴飛ばした。



「おい三蔵、場所変えようぜ。この辺にゃねえや」
「………ああ」



いつもなら、悟空と二人、騒ぎ合うのに。
悟浄はそんな事を思いながら、煙草を取り出した。

互いに1メートル程度距離を開けて歩く。



「チッ………なんで俺が」



三蔵がぼやいた言葉が、悟浄の耳に入った。


文句の一つや二つ、言ってやろうかと思ったが。
どうせ自分の負けだと、判っていた。

だから、それについては何も言わなかったが。
一つ、どうしても言いたい事がある。







「なんで撃ったんだよ」







悟浄の言葉に、三蔵は足を止めた。

それを知りながら、悟浄はまだ進み。
距離が開いたところで、振り返った。



「お前、狙っただろ」
「話が見えんな」
「とぼけんな」



敢えて主語は入れず、悟浄は押し通す。



「あいつのドジって言やぁ、そうなんだろうけどよ」
「だったらそうなんだろ」
「……狙ったじゃねえか」



悟浄の脳裏に浮かぶ、白昼の光景。















いつも通り、妖怪の大群が現れ。
嬉々として飛び出していった悟空。
何も変わらない、慣れた筈の光景。

助力というものはしない。
目の前に立ちはだかった奴が、担当区分。
目に付いたものは、蹴散らす。


そんな最中、悟浄の視界端に映ったのは。
いつもと変わらぬ表情で、銃口を向ける三蔵。

響いた銃声は、空に溶けて。
直後屑折れた、あの小柄な身体。


全て片付け、悟空に気孔を施し。
静かな顔付きで、すれ違いざまに八戒が言った。






「どう考えても、あの傷跡は、銃弾です」






そして垣間見た、悟空を見る三蔵の顔。
瞳は前髪に隠れ、見えなかったけれど。


笑みに歪んだ、形のいい口元。














「バカ猿が避け損なっただけだろう」



険しい紅に向け、三蔵はそう告げた。
悟浄がそれに納得できる筈もない。



「ふざけんじゃねえよ………!」



早足で距離を縮めて。
胸倉を鷲掴んだ。




「なんで撃った!!」




一番聞きたいのは、それ。

何故、狙った。
自分を誰より信頼する子供を。
確かに、狙っていたのだ。

悟浄の激昂に、紫闇は静かな色を見せる。




「テメェに説明しなきゃならん筋合いはない」




それは遠まわしに、行いを肯定したもので。
紫闇は今は、なんの感情も見せていない。

三蔵が悟空を故意に傷付けたとしても。
あの子供は、この男を責めたりしないだろう。
自分が避けそこなったんだと、言って。



「……イカレやがったか?」
「……いい加減に離しやがれ」
「納得いくわけねぇだろ!」



怒鳴り散らした声は、夜の森に響く。
耳聡い悟空に、聞こえるかも知れない。
けれど、そんな事は構わない。

何故そんな事をしたのか。
いつものように躊躇う事無く。
それだけをぶつけ続ける。


次第に悟浄の言葉に辟易し始めたのか。
暗い感情が、うっすらと紫闇に宿る。

それが判らないほど、付合いは短くない。
だが、そんな事はどうでも良くて。
悟浄は許せなかったのだ。
躊躇う事無く、自身を慕う子供を撃った、この男が。



「説明しろ」



胸倉を掴んでいた手を離して。
相対しあったまま、悟浄は低い声で告げた。



「俺が納得できるように、説明しろ」



その言葉に、返答はなく。
面倒臭いのだと、纏う空気が教えている。

三蔵が踵を返し、悟浄に背を向けた。
足元にあった数少ない枯れ木が、パキリと音を立てる。
一瞥するように向けられた紫闇は、昏い。






「――――どうせ、俺はあいつを置いて死ぬ」






告げられた言葉は、彼らしからぬもの。
だが、悟浄は黙って聞いていた。



「あいつは、俺についてくると思うか?」
「………死んでも、か?」



三蔵の言葉に、悟浄は返答をしかねた。


付いて行くだろうと思う。
三蔵がどう変わっても、悟空はきっと慕い続ける。
盲目的な程、三蔵に全て委ねているから。

だが、実際にはどうなのだろう。



「あいつが俺と共に逝く理由はない」
「……猿は、お前がいなかったら壊れるぜ」
「今はな」



だが、あと数十年経ったら。


今でこそまだ、子供の域を脱さないけれど。
歳月が経てば、それも変わっていくだろう。
変わらないものなど、ないのだから。

傍にいない可能性がない訳ではない。
自分一人で、生きて行くことも出来るだろう。



「あいつが逃げたら、連れて逝けない」
「だから、今殺してやろうと思ったのか?」
「それじゃ面白くねぇだろう」



面白くない。

楽しんでいるような、歪んだ口元。
悟空は、こんな三蔵は知らない。
そして、これからもずっと。





「逃げた所で……逃がすかよ」





ゾク、と悟浄の背筋に悪寒が走る。

狂気。
そんな言葉が、思い浮かぶ。








「痕が残ってりゃ、忘れられねぇだろ」








例え、何処へ逃げたとしても。
どんなに離れたとしても。
たった一つの痕だけで、捕らえて。

その感情が憎しみであれ、なんであれ。
痕が消えなければ、消える事はなく。











「あれは、鎖だ」










繋ぎ止めておく為の。
縛り付けておく為の。



それは、歪んだ愛情。




























「三蔵、悟浄!」



野営地に戻ってきた二人に。
火の傍で寝転んでいた悟空が起き上がり、名を呼んだ。

焚き火の火が、幼い笑顔を照らす。
まだ傷が痛むのか、その場から動くことはなく。
三蔵は悟浄に薪を押し付け、火の傍へ歩み寄った。



「なぁ三蔵、腹減ったよ」
「黙ってろ、猿」



悟空が三蔵の法衣を引っ張って。
空腹を訴える姿は、見慣れたもの。

なのに、悟浄には違う光景に見える。
それは、あの男の昏い感情を知ったからか。
悟空の無邪気な笑顔が、それに不釣合いで。


けれど、あの笑顔は嘘ではない。



「……悟浄、どうかしましたか?」
「あ? ……いや、別に」



いぶかしげな八戒に、それだけ返し。
悟浄は適当な場所に薪を置いて。
自分も火の傍へと、腰をおろした。

目の前には、表情を見せない金糸の男と。
無邪気に彼に笑顔を向ける、子供がいる。


どうして、その笑顔を向けられているのが、彼なのか。

何故、自分ではなかったのだろう。
そうすれば、あんな傷は負わずに済んだのに。











金の瞳は、ただ一心に一人だけを見つめている。




































夢のように君を導く輝きが降り注げばいいけど…









死の灰か何か? 運命の時に救われるか賭けようぜ



最後に笑うのは誰か









最後に笑うのは誰か―――――――


















FIN.



後書き