come down tree







木の上で子猫が鳴いている

一人ぼっちで取り残されて、泣いている













広い広い空の下

遠い遠い大地の上




帰れなくなって、泣いている

































悟空と二人連れたって。
悟浄は、家から少し離れた丘に向かっていた。

長い大地色の髪が、悟空が跳ねるたび揺れて。
悪戯心が湧いて、それを少し引っ張ると。
悟空は「何すんだ」と睨んできた。














『タイクツだから、悟浄、遊んで』




家に押しかけて来て、第一声。
別段、珍しい事でもなかった。

三蔵は相変わらず仕事で。
八戒はタイミング悪く、買い物中。
白羽の矢は、勿論、悟浄に立てられた。



『ヒマ、タイクツ、なぁ遊ぼ』



ぐいぐいと服の裾を引っ張って。
家から出て、外へ行く事を催促された。

別に、家にいなければならない理由はなかった。
















悟浄の家は、長安の街から少し外れていた。
近くに遊具があるような場所はない。

けれど、悟空はそれでも構わず。
何が面白いのか、虫を見つけては追い駆け。
野生の動物を見つけては、悟浄に報告する。



「悟浄、猫! でっかい猫!」
「猫なんて何処にでもいるだろ」
「でもすっげーでかいの! 見ろよ、あれ!」



悟浄が面倒臭そうな顔をすると。
悟空は悟浄の腕を引っ張って行く。

この手の力が結構強くて。
興奮している所為で、手加減がない。
拒んでも痛いだけなので、ついて行く。



「あそこ。あそこ」



茂みに隠れ、悟空が指差した先には。
大きな猫が一匹、丸くなっていて。
その脇で、六匹の小さな猫がじゃれ合って遊んでいた。

どうやら、親子のようだ。



「ちっちぇのもいるー…」
「ありゃ親子だな」
「そっかー、親子かぁ……」



猫を見つめる悟空の瞳は、何故か嬉々として。
時々、可愛い、という声が漏れて来る。


親猫が目を覚ました。
それまでじゃれ合っていた子猫たち。
親が起きたと知ると、今度は親に甘えかかった。

そんな姿が、悟空となんだか似ていて。



「やっぱお前は動物だな」
「どーいう意味だよ」



しっかり聞き取った悟空に睨まれた。

















見晴らしのいい丘へ辿り着くと。
悟空は一目散に、丘の天辺へ駆け出した。

天辺にそびえる、数本の木。
昼寝には丁度いい場所だと、悟浄は知っていた。
八戒からのお説教から逃れる時、時折ここにいる。


悟空とは既に、距離が出来て。
悟浄はそれを慌てて追い駆ける事もなく。
走る悟空の背を見ながら、歩き出した。

そんな悟浄に、悟空が焦れて。



「早く来いってばー!」
「へいへい、判ってますよ」



小猿ちゃんは元気だね、と。
聞こえないようにと、小さく呟いた。

悟空は丘の天辺より少し下にいて。
悟浄が追い付いてくるのを待っている。




「早くってばー! 悟浄ー!」




悟空は両手を振って催促した。
はいはい、と悟浄は手を上げ、聞こえていることを示した。



「じゃ、早く来いよ!」
「俺はのんびりしてぇんだよ」
「なんだよ、遊んでくれるなじゃいのかよー!」
「誰も遊んでやるなんて一言も言ってねぇぜー?」



悟浄の言葉に、悟空が顔を赤くさせる。



「ウソツキ河童―――!!」
「言ってねぇんだから、嘘吐いてねーよ」



素早く飛び掛ってきた悟空の拳を掌で受けて。
腕を掴んで、地面に転がした。

悟空はすぐに起き上がったが。
それ以上、悟浄に食って掛かることはしなかった。


悟空は、埃を払って立ち上がり。
今度は悟浄の横を歩き始めた。

悟浄の歩幅は、悟空よりも大きい。
そのお陰で、すぐに僅かな距離が開き。
置いて行かれまいと、悟空は歩くペースを上げた。



「悟浄、悟浄」
「ん?」
「歩くの速い」



置いて行かれないように、悟浄の服を掴む悟空。
それをしばらく見つめて。



「お前が遅いんだよ」



揶揄いの表情を浮かべ、そう言った。



「オレ遅くねえよ!」
「じゃチビだからだろ」
「なんでチビと関係あるんだよ」
「俺の方が足が長い」



事実、身長差の分、歩幅も差が出た。

悟浄が止まると、悟空も止まる。



「ほれ、こんな違うんだぜ」



悟空の頭は、悟浄の胸足り。
その差の分、腰も低い位置にあり。
同じく、足の長さも違った。

ただでさえ小さい事をコンプレックスに感じる悟空。
それを改めて認識させられるような気がして。



「いい気になってろ! すぐ追い抜いてやっからな!」
「おー、やって見ろ、チビ猿」
「絶対抜かしてやっからな! そしたら今度はそっちがチビだぞ!」
「さーて、いつの事になるのかなーっと」



ムキになって行く悟空の声に反し。
悟浄は至って、飄々として返事をしていた。

勿論、それが悟空を煽ると知りながら。




天辺につくと、悟浄は木陰に寝転がり。
悟空は拗ねた顔をして、悟浄の髪をくいくいと引っ張った。

いつものケンカ地味た言動の後も。
遊んで欲しいというのは変わらず。
構って貰おうと髪を引っ張っている。



「…いてぇって、猿」
「猿言うな」
「じゃあバカ猿だ」
「バカでも猿でもないやい」



また悟空の手が、髪を引っ張る。


本当は、さして痛くも何ともなかった。
それでも「いてぇよ」なんて言うと。
構ってもらっていると思うのだろうか。

そんな些細な事に、悟空は笑った。



「なぁ、寝るの?」
「んー……どーすっかねぇ」



寝てしまおうかな、と。
思った時だった。

悟空が顔を上げ、周囲を見回した。



「………どした? 悟空」
「ん……今なんか聞こえなかった?」
「なんかって?」
「だから、なんか」



要領を得ない悟空の言葉に溜息を吐き。
悟浄は仕方なく、起き上がった。

周囲は数本の木しかなくて。
後はゆるやかな斜面があるだけだ。
特に何も見付かることはなく。



「気の所為じゃねえのか?」



それ以外、言える言葉はない。
だが悟空は、



「だって聞こえたよ」



そう言って、立ち上がった。

周囲へと目を配らせ、遂には空に向けられる。
悟浄も釣られて空を見る。
しかし、其処には鳥さえも飛んでいない。


だが。




「いた!!」




悟空が一本の木の枝を指差し、叫んだ。
その指差す先へ、悟浄も視線を向けたが。



「……何処よ?」
「あそこ、あそこだって」
「…いや、見えないんですけどね」



目を細めて眺めてみるが。
其処にいるらしい“何か”が悟浄には見えなくて。
悟空が聞いた“何か”も聞こえない。

つくづく、こいつの感覚は動物並だと。
指差す悟空を見下ろしながら思っていると。



「猫がいる!!」




悟浄を見上げて、木の枝を指差したまま。
悟空は“何か”を口に出して言った。





『……に〜……』





“何か”が判ってようやく。
悟浄にも、か細い声が耳に届いた。



「……子猫?」
「なんであんなとこに?」
「……そりゃ、多分……」



此処から見る限りでは。

子猫は、まだ親離れしていない大きさで。
周囲を見渡しながら、鳴き続けて。



「……降りられなくなったんじゃねえか?」



見上げながら、悟浄は言った。

虫か何かを見つけて、興味で昇り。
結局、降りられなくなってしまったと。


悟浄の言葉を聞くなり。
悟空が突然、靴を脱ぎ捨て、木に手をついた。



「おい、何する気だ」
「何って、あいつ助ける」
「助けるって………」



悟浄が何事か言う前に、既に。
スルスルと、悟空は木を上っていく。

木は濡れている様子はない。
裸足になっているから、そう滑らないだろうが。
万一があったら、保護者に嬲られるのは悟浄だ。


悟空への心配がない訳ではないが。
正直、そちらの方が悟浄は恐かった。



「おい、降りて来い! 俺が行く!」
「いいよ、悟浄が行ったら多分折れるよ」
「じゃなくて、危ねーんだよ!」
「悟浄が行く方がもっと危ないよ!」



子猫が乗っている枝は、かなり細く。
確かに、悟浄が行ったら折れるだろう。

だが、悟空でも支えられるかどうか。
子猫ゆえに乗っていられる、頼りない枝。
なんでよりによって其処なんだ、と悟浄は思った。


そう思っているうちに、悟空は猫の傍に辿り着く。



「ほら、こっち……」



悟空は幹にしがみ付くまま、手を伸ばす。

しかし、子猫は怯えているらしく。
ずりずりと、枝端の方へと離れてしまう。



「そっち危ないから…こっち……」



精一杯、悟空が手を伸ばす。
それでもやはり、届く事はなく。


悟空は躊躇いながら、幹から手を離した。

細い枝に、悟空の体重がかかり。
頼りない枝から、嫌な軋み音が上がる。

下で見ている悟浄は、冷や汗を流した。



「恐くないから……」



悟空はほんの少し、身体を前に寄せ。
揺れた枝に、子猫が必死に縋り付いた。




『みぁ………』




悟空が右手をゆっくりと差し出し。
左腕で、身体を安定させる。

子猫がそっと、悟空の手に歩み寄る。
少し、子猫の頬が触れると。
悟空はすぐ、小さな身体を掬い上げた。



「おっ……しゃぁ…」



喜びと同時に、悟空は安堵の息を吐く。
下で見ていた悟浄も、ようやく肩の力を抜いた。

悟浄はほっと息を吐き。木の上にいる悟空に向かって。



「もういいだろ、早く降りて来い」



その言葉に、悟空が頷く。
悟空の腕の中、子猫はまだ震えていた。

早く降ろしてやらないと、と。
悟空は幹の方へと、戻ろうとするが。



「…………?」



動かない悟空に、悟浄は眉根を寄せた。



「何やってんだ、猿」
「いや……えっと…その……」
「さっさと降りて来い!」
「そーしたいんだけど………」



歯切れの悪い悟空の言葉。
悟浄を見下ろし、困ったような顔をして。

悟空の左腕が、枝に添えられたまま動かない。

悟浄が目を凝らし、よくよく見れば。
悟空の肩が、ほんの僅かに震えていて。




「まさか……」




猿なのに? と思っていると。






「………降りれない………」






予想通りの言葉が降ってきて。
悟浄は思わず、顔を引き攣らせた。



「バカ猿――――っ!!」
「だってだって!」
「後先考えねえからそうなるんだよ!」
「だって……こんななるなんて思わねえよ〜!」



悟空の言葉は、最後がほとんど泣き混じり。
それに混じって、子猫が「早く降りたい」と急かすように鳴く。


悟空はなんとか降りようと試みるが。
少し動くだけで、頼りない枝が揺れる。

幹に戻る事すらままならない。
どうしよう、と次第に悟空が泣き顔になり。



「しょうがねえから、飛び降りろ!」



悟浄の言葉に、悟空が目を見開き。



「無茶だよ、折れそうなんだもん!」



飛び降りる。
反動をつけて、枝から飛ぶ。
それすら、この枝では不安なもので。

悟空は悟浄を見下ろし、涙目になり。
自分だけならともかく、子猫もいるんだと。



「いいから飛び降りろ!」
「だから危ねぇんだってば!」
「そのまま其処にいたいのかよ!?」



悟空の言い分はほとんど聞く耳持たず。
悟浄は飛び降りろと、何度も繰り返す。




「こっちで受け止めてやっから、来い!」




悟浄の言葉に、悟空は息を呑んで。
腕の中の子猫を、しっかり抱いて。
揺れる細い枝に、降ろしていた右足を乗せた。


枝が揺れる所為で、視界も揺れる。
上手く悟浄のところに降りれる自身がない。

それでも、じっとしている訳にはいかなくて。

全てを悟浄に任せる事決め。
上手く受け止めてくれる事を信じて。
目を硬く閉じたまま、飛び降りた。








――――――ドサッ








落ちてきた悟空を、悟浄は受け止めた。
その余韻を残したまま、その場に座り込む。




『……みぃ』





目を閉じたままの悟空の頭を悟浄が撫でて。
悟空の頬を、子猫がペロッと舐めた。

そっと金瞳が開かれる。



「ったく……世話焼かせやがって……」



溜息混じりの悟浄の言葉。
けれど、表情は優しいもので。

悟空は悟浄の腕に抱かれたままで。
ほっと息を吐いて、また目を閉じ。
子猫を抱き締めたまま、悟浄の胸元に頭を乗せた。








二人の間で、子猫が嬉しそうに鳴いた。






















降りられなくなった小さな子猫

一人ぼっちで鳴いている


誰かに気付いて欲しいから









広い広い空の下

遠い遠い大地の上


気付いたのなら、一人じゃないと教えてあげて


















FIN.


後書き